私って“弱者”なの…? 自分の弱さを認めたがらないエリート女性【富永京子×上野千鶴子】 

ウートピ / 2019年7月16日 20時59分

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社会学者の富永京子さんがこのたび上梓した『みんなの「わがまま」入門』(左右社)。

校則や仕事のルールから社会や政治まで、なんだかモヤモヤすることがあるけれど、文句を言うのは「怖い人」って思われそうだし、恥ずかしい。そんな世の中の“空気”を考察し、身近な「わがまま」と社会をゆるやかにつなげるための方法を説いた本です。

それにしても、「わがまま」って何? 世の中への不満を訴えることが「わがまま」なの?――この本を読んで、そう疑問を覚える人も多いはず。著者の富永さんと、東京大学の入学式祝辞も話題になった女性学のパイオニアである上野千鶴子さんのトークイベント(東京・青山ブックセンター)でも、上野さんが舌鋒鋭く、その疑問に切り込む場面が見られました。

社会運動を研究しながらも自身は社会運動をしないスタンスの富永さんと、かつて学生運動に参加し、その闘争の中で「おにぎりを握る」など女としての役割を強いられたことに傷ついた“私怨”からフェミニストになったと言う上野さん。

「社会運動はわがままか?」に対する二人の認識の隔たりから、社会運動に対する世の中の空気の変化と、現在の忖度社会の深刻さ、女性たちにかけられた“呪い”の深さが浮き彫りになりました。対談の内容を抜粋し、4回に分けてお届けします。

【第1回】起業は褒められて「みんなのため」が冷笑されるのはなぜ?
【第2回】生まれも育ちも選べないのに…「自己責任」って思っちゃうのはなぜ?

「成長しなくちゃ!」と駆り立てられてる

上野千鶴子さん(以下、上野):私たちの時代は、「私がこんな目に遭うのは、社会が悪い」「オヤジがうざい」って、自分が悪いという意識はなかった。私が体感しているのは、2000年代に入ってからゼミに来る子たちに自傷系が増えたこと。

富永京子さん(以下、富永):病んでいる、自傷している学生ですね。

上野:いわゆる「メンヘラー」ね。そういう学生が、例外と言えない程度に目に付くようになったという体感があります。

富永:私が感じるのはもう少しハイな人たちの存在で、学生から「もっと成長するにはどうすればいいか?」という質問をよく受けるんです。学生のうちに何をすればいいかという「成長への意欲」みたいなものが、「躁」のような状態としてきている気がするんですよ。そして、私にもそういうところがあると思います。

上野:「駆り立てられる」わけね。元東大生の中野円佳さん(フリージャーナリスト)がこう言ってました。「私たち、ネオリべ(ネオリベラリズム=新自由主義)世代の優等生です」って。でも、自分が男の子と同じ優等生のつもりで社会に出てみたら、女に対しては山のように不条理がまだ残っていて愕然(がくぜん)としたと。特に出産・育児をしはじめた途端に、自分が弱者に転落するということを経験したと言っていました。

自分を“弱者”と思っていない女子学生

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