女子スポーツ発展の裏に現代にも通じる「女の苦悩」あり【いだてん】

ウートピ / 2019年7月13日 16時10分

動きやすいユニフォームを作り、女子生徒たちが古い固定観念から解き放たれ、スポーツを自由に楽しめるように尽力する。

ところが、女性が脚を露出するユニフォームに文部省がイチャモンをつけてくる。前近代的な考えの保護者たちも「けしからん」と怒りまくり、先導者である勘九郎を退職に追い込む。

当時は「女性はスポーツに向かない」と決めつけられていた。女が飛んだり跳ねたり走ったりすれば「はしたない」「嫁にいけない」などと非難される時代でもあった。

勘九郎を慕っている竹早の女生徒たち(黒島結菜・北香那ら)は、教室に立てこもり、断固として勘九郎退職に反対する。「女らしさって何ですか?」「歯を見せないで笑うこと?」「脚を出さないで走らせること?」と叫ぶ。ここに込められているのは「女性の選択の自由」であり、「押しつけの女らしさへの抵抗」でもある。

この放送が、ちょうど「#KuToo(靴と苦痛をかけている)」が話題になったタイミングでもあった。職場でのパンプスやヒールの強制をなくしたいという思いで声をあげた女性に、共感が寄せられた。日常的な靴擦れや外反母趾などのトラブルを抱えてまで、ルールや女性らしさを強要されることに異を唱えたのだ。

かなり前に撮影しているはずの大河と、今の動きが重なるとは! 現代女性の鬱屈(うっくつ)や不満を掬い上げる、奇跡のタイミングである。

嫁いで産んでが女の「ご幸福」ではない

そして、日本女性で初めて五輪に出場した菅原小春の物語。身長170㎝、当時にしてはかなり大柄な菅原は、運動能力がずば抜けて高く、テニスでも陸上でもその才能を発揮した。しかし、大会に出場して勝っても、嬉しくないともらす。

なぜなら世間から投げつけられる言葉に傷ついていたからだ。「走れば化け物、跳べばバッタ、黙って立っているだけでも六尺さん」と。もともと岡山にいた菅原の能力を見出したのが、実は杉咲である。手紙を送り続け、五輪を目指して東京へ出ることを勧めたのだ。

そして、類まれなる能力を持ちながらも、中傷に傷つき、国際大会に出場するのを躊躇(ちゅうちょ)していた菅原を励まして支えたのが、二階堂トクヨ(寺島しのぶ)である。日本の女子体育の在り方を研究し続け、女性の体に合う体育教育を模索してきた人だ。男社会の日本スポーツ界でひとり気炎を吐いてきた背景がある。惚れた男が妻子持ちと知り、結婚を断念し、「女子体育と心中する覚悟」を決めて、二階堂体操塾(現・日本女子体育大学)を創立した。

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