「母は他人への共感で生きた人」内田也哉子さんが母・希林さんから受け取ったバトン

ウートピ / 2019年9月14日 12時0分

常に他人への共感で生きていた母

——「9月1日」をめぐる「旅」を通じて、希林さんの「新たな側面を発見した」ということはありましたか?

内田:この人は死の直前までも、周りの人のことに思いを馳(は)せていたのだろうなと思いました。生きているときからずっとそうでしたから。でも、私はそういう母を見ていて寂しい思いをしていました。

母は、周囲や他人に対しては、時間も心も、多くのエネルギーを投入するタイプでしたが、逆に家族に対しては、ある一定の距離感を持って接していたんです。私ともあえて距離感を取っていた、というのは本人からも何となく聞いていました。距離が近すぎるあまりに、子どもが息苦しくならないように、つぶさないように、衝突しすぎないようにしていたんだと。

だから、私の子育てについても「あなたは子どもと近すぎるわよ」「もっと放っておきなさい」とよく批判してきました。

そんな母だったものですから、私は私で早くから孤独を覚えてしまったし、与えられた「自由」を重荷に感じていました。そのことに何度も葛藤しました。

実際に、家族以外の、それこそ仕事で今日初めて会うような人が、「実はこういうことがあってね」なんて撮影の待ち時間に話し出したりすると、母はすっかりその人の話に共感してボロボロ泣いていたりするんですよ。

でも、母が、自分自身のことで悲しみ、悔しさを噛(か)みしめ泣いているような姿は、人生で一度も見たことがなかった。どれだけ理不尽なことが起きても、そうなんです。常に他人への共感、シンパシーで生きている人でした。

だからこそ、死を目前にして、無力な自分になっているにもかかわらず、あんなにも力強いメッセージを子どもたちに送り続けようとする意思を持っていたことが、我が母ながらすごいなと思ったし、軽い気持ちではなかったはずだと思いました。

そういう意味で今回、「母の新たな側面を発見した」ということはなかったですね。母は最後まで一貫していました。

※第2回は9月15日(日)公開です。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、撮影:宇高尚弘、撮影協力:EDGEof)

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