<Wコラム>朝鮮王朝おもしろ人物列伝(15代王・光海君)~暴君の汚名を着せられた隠れた名君
Wow!Korea / 2016年6月15日 17時42分
朝鮮王朝27人の王の中で暴君と称される10代王・燕山君(ヨンサングン)と、15代王・光海君(クァンヘグン)。しかし、近年では光海君の業績を見直そうとする動きがある。果たして、光海君は暴君なのか。それとも名君なのか。歴史を紐解いてみる。
■混迷する後継者争い
朝鮮王朝13代王・明宗(ミョンジョン)には跡継ぎがいなかったため、自身の跡継ぎを11代王・中宗(チュンジョン)の孫の中から選出する。こうして、王となったのが14代王・宣祖(ソンジョ)である。
自身の出自をとても気にしていた宣祖は、自分の跡継ぎには正室から生まれた嫡男を指名したいという気持ちを強く持っていた。しかし、 正室の懿仁(ウィイン)王后は子供を産まなかった。
王の後継者がいつまでも不在なのは問題だったため、宣祖は側室の息子の中から跡継ぎを選ぶ必要にかられた。その候補になったのが、長男の臨海君(イムヘグン)と二男の光海君だ。
本来、朝鮮王朝では「長男が後継ぎとなる」という原則があり、臨海君が後を継ぐのが当然だった。しかし、臨海君は性格が粗暴で王の資質に欠けていた。
1592年、後継者選びが決まる前に豊臣秀吉による朝鮮出兵が起きた。朝鮮王朝は圧倒的な軍事力をもつ豊臣軍の前に敗北が続き、王である宣祖は都を捨てて逃げ出して、臨海君も捕虜にされてしまう。
一方、二男の光海君は地方で義兵を募ったりなど、大きな功績を残した。その結果、宣祖は光海君を後継者に指名しようとした。そこに待ったをかけたのが、中国大陸の大国・明だ。当時、朝鮮王朝では王の後継者を決める際に、明にお伺いを立てなければならなかった。しかし、明は「長男が健在なのに、二男が跡継ぎになるのはおかしい」と主張したのだ。
■王の地位に迫る危機
1598年、豊臣軍の撤退によって朝鮮出兵は幕を下ろしたが、後継者の選定についてはまだ明から許可がおりなかった。
そうした状況の中、最初の正室である懿仁王后が亡くなり、宣祖は再婚して仁穆(インモク)王后を二番目の正室に迎える。
この仁穆王后が1606年に念願の嫡子である永昌大君(ヨンチャンデグン)を産んだ。宣祖はようやく生まれた待望の嫡男を、すぐにでも王位に就けたいと強く思った。しかし、彼はその願いを叶えることができないまま、1608年に世を去ってしまう。
王が後継者を指名しないまま亡くなれば、王妃が次の王を指名するのが通例だったが、仁穆王后もまだ2歳の永昌大君を王にするのは躊躇した。こうして、光海君が15 代王として即位するのだった。
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