特集2017年4月14日更新

今もなお4万人が避難生活 熊本地震から1年

2016年4月14日21時26分、熊本県益城町で震度7を観測した熊本地震の「前震」から1年が経ちました。16日の「本震」も含めて2度の最大震度7を記録した熊本地震は、関連死も含めると200人を超える死者を出し、今も4万人を超える人々が避難生活を送っています。当時と現在の状況、復興支援などについてまとめました。

最新ニュース

飯田丸五階櫓の石垣崩落現場でクレーンのゴンドラに乗った作業員が遠隔操作する無人重機(右)(19日、熊本市の熊本城で)

熊本城、石垣撤去に無人重機…作業員安全確保で

読売新聞 / 2017年5月28日 9時50分

 熊本地震で被災した熊本城の飯田丸五階 櫓 ( やぐら ) の石垣撤去作業に、今月から、災害現場で使われる無人重機が投入された。  櫓は柱のように残った石垣に支えられた状態で、作業員の安全確保のために使用を決めた。 [全文を読む]

4月14日夜にM6.5の「前震」、16日未明にM7.3の「本震」が発生

どちらの地震でも震度7を観測

まず、昨年の4月14日21時26分にマグニチュード(M)6.5の「前震」が発生して益城町で震度7を観測。さらに、4月16日1時25分にM7.3の「本震」が発生して益城町と西原村で震度7を観測しました。
一連の地震活動として震度7が2回観測されたのは初めてのことで、余震回数が内陸型地震としては2004年の新潟県中越地震を超えて過去最多となるなど、「想定外」の規模の地震活動となっています。

震度1以上の地震が4200回超

4月9日までに震度1以上を観測した地震は4291回発生。内訳は、震度7が2回、震度6強が2回、震度6弱が3回、震度5強が5回、震度5弱が12回、震度4が117回、震度3が410回、震度2が1166回、震度1が2574回となっています。

被害や避難の状況

震災関連死を含め犠牲者は228人

都道府県 死者 重傷 軽傷
熊本県 225人 1,130人 1,552人
大分県 3人 11人 22人
福岡県 1人 16人
佐賀県 4人 9人
宮崎県 3人 5人
合計 228人 1,149人 1,604人

4月13日時点で震災関連死を含めた死者数は228人。物的被害では住宅の全壊が8,697棟、半壊が34,037棟、一部破損は155,902棟となっています。
また、土石流、地すべり、がけ崩れなどの土砂災害が190件発生し、最大で47万7000戸が停電、44万5857戸が断水するといった被害のほか、高速道路をはじめとした道路の通行止め、鉄道の運休などが相次ぎました。

避難の状況

熊本、大分の2県でピーク時に19万6325人が避難していました。現在では全避難所が閉鎖されているものの、4月13日時点で熊本県内の179世帯408人に避難指示、366世帯816人に避難勧告が出されたままです。

今もなお4万5000人が避難生活

避難者数が最大約18万4000人に上った熊本県内では、なお約4万5000人が仮設住宅などで暮らしている。14日は熊本市で県主催の追悼式が行われ、安倍首相も参列する。

最近の復興状況、支援、及び現状の課題

4月から本格的な復旧工事がスタートした熊本城

天守閣で屋根瓦が数多く落下し、石垣は各所で崩落するなど、大きな被害が出た熊本城。地震から1年が経過してようやく本格的な復旧工事が始まりました。
熊本市民や県民の心の拠りどころであり、地震前には年間約170万人の観光客が訪れていた熊本城の復旧は、熊本地震復興のシンボルとも言え、復旧工事を待ち望んでいた市民、県民は多いはずです。工事の進み具合に応じて安全を確保しながら公開範囲を広げていく予定ということですが、元の姿に戻るには20年以上かかるとされています。

桜満開に合わせて桜並木の名所「行幸坂」を特別開放

熊本地震からまもなく1年を迎える9日、熊本城のサクラが見頃を迎えている。地震の影響で立ち入りが制限されている行幸(みゆき)坂も特別に開放され、多くの人でにぎわった。

「地域防災計画」見直しは2自治体のみ

産経新聞が行った、熊本県内の被災17自治体を対象にしたアンケートによると、災害時の対策などを定めた「地域防災計画」の見直を終えたのはわずか2自治体のみだったことがわかりました。復興・支援活動が今も続いている現状、将来の対策にまで手が回っていないという現状のようです。

アンケートは3月22~31日に実施。地域防災計画をすでに「見直した」のは2自治体で、残る15自治体は「今後見直す」と回答した。地震から2カ月後に実施したアンケートでは、17自治体のうち15自治体が計画を見直す考えを示していたが、実現した自治体は極めて少なかった。
震度7の揺れを2度観測した益城町は「大規模に見直す」と回答。福祉避難所で地震直後に高齢者や障害者らを十分サポートできなかった反省から、避難所運営計画も根底から見直す。また、今年度の一般会計当初予算は、復旧復興関連事業によって15自治体で過去最大になり、13自治体が財源確保で「困ったことがあった」と回答。苦しい財政事情の中「貯蓄」に当たる財政調整基金を取り崩したり、「借金」に相当する起債を増やしたりして捻出していた。

今でも続く復興支援

9日には「なでしこジャパン」が復興支援マッチ

4月9日、サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」が熊本県民総合運動公園陸上競技場でコスタリカと国際親善試合を行い、3-0のスコアで快勝しました。この日のために競技場の修繕作業を早めたのだそうです。

試合は復興支援マッチとして行われ、被災地の少年少女400人が招待された。会場は震災後、救援物資の集積拠点になった場所。約1年半を要す予定だった修繕も、この日のために急ピッチで間に合わせた。

このなでしこの親善試合には、男子の日本代表監督、バヒド・ハリルホジッチ監督もスタジアムに訪れ、試合観戦や子どもたちとの交流を行いました。

昨年の訪問以降、ハリル監督は試合、会見など公式な場で着用するスーツの胸元に必ず熊本県のPRマスコットキャラクター「くまモン」のピンバッチを付けている。残り3試合となった2018年ロシアW杯アジア最終予選を被災地のために戦うこと約束しながら「私は熊本の象徴であるくまモンをどこにでも連れて行っている。W杯を決めてくまモンをロシアに持ってきたいと思う」と宣言した。

俳優・佐藤健が「観光復興応援本」を寄贈

地震直後に被災地で炊き出しを行うなどしてきた俳優の佐藤健が熊本の復興を応援するために企画した本、「るろうにほん 熊本へ」が完成。本書は、佐藤自ら県内各所を回ってグルメスポットや観光名所など熊本の魅力を紹介している本で、熊本県下すべての高校などに寄贈され、売上の一部は熊本の地元自治体に寄付されるそうです。

本書を企画したいきさつについて「震災をきっかけに観光客が減ってしまって、実はそれが一番困っていると聞いた。僕たちも、震災直後ということで良かれと思って(熊本へ)行かなかったと思う。大変な時期だからこそ、来てほしいし、行ったほうがいいと伝えたかった」と話した。

食を通して熊本を応援するイベントが16日に開催

4月16日に「食と人を通して熊本を応援しよう!」というイベントが東京・表参道で開催されます。

震度7が2度の益城町、被災時の子どもたちは

熊本地震から1年を前にした2017年3月26日、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレンは、東京都千代田区で熊本地震緊急・復興支援報告会「被災地の子どもと地域の1年の歩み~熊本地震から1年、セーブ・ザ・チルドレンの活動を通じて~」を開催しました。
2度に渡って震度7を被災した熊本県益城町の小・中学校の校長先生や学童保育支援員、保育所所長・保育士の方々、また子どもたちによる震災時の様子やその後の活動について報告するというものでした。

「地震のショックのケアには4~5年かかる」

最初に発表したのは益城町立飯野小学校の柴田敏博校長。被災後学校を避難所として提供したという柴田校長が最も気をつけたのは「子どもたちの心のケア」だったそうです。避難所では移動もままならないため、ゲームくらいしかすることのない子どもたちが多く「依存症になる心配もあった」そうです。青空教室を開催したり、セーブ・ザ・チルドレンの申し出で作った「子ども広場」で遊ばせたり、また音楽教室を開き、合唱の練習をしてそれを大人たちにも聴かせたりすることで大人・子ども双方にも元気を取り戻せるようにしたそうです。

また定期的に「プチ避難訓練」を行い、また地震が起きた時に子どもたちがパニックにならないようにも努めたそうです。
「地震でショックを受けた心を癒やすためには4~5年かかる。そのためにもケアを続けていくことが必要」と柴田校長。

その他にも、中学校の校長先生や学童クラブ・保育所の保育士の方々による発表がありましたが、彼らが口々に訴えていたのが、地震による子どもたちの心のダメージ。地震後、落ち着きがなくなり、声が大きくなったり、円形脱毛症やじんましんのできる子どもたちも出てきたそうです。また昼は平気でも夜になると怖がりトイレにも1人で行けないという状態の子どもたちもいました。

「みんなといることで安心が生まれる」

亀裂や陥没でガス・上下水道などが使用不要になり、体育館や渡り廊下など校舎に多大なダメージを負ったという益城町立益城中学校。同校の松本正文校長は、「みんなといることで安心が生まれる」と、導線や衣食住の確保をした上で学校行事やボランティア活動などを行いました。こういった活動を行うことで不安が消え、ボランティア活動で感謝の言葉をもらいエネルギーが出たと生徒も喜んでいたそうです。

また同中学校の吹奏楽部は全国大会で優勝するほどの実績をもっていましたが、地震で出場を危ぶまれたものの「地震を言い訳にしたくないし、音楽を通して熊本を元気にしたい」とこれを乗り越え見事2連覇を達成しました。

「いつ地震が起きてもいいような準備を」

またその後、被災した小・中学生の4人による発表も。当時小学5年生だったという中原湊くんは、「今まで経験したことのない揺れ方で、状況がよく把握出来ませんでした。今でも道路はでこぼこが多くて通学に時間がかかります。お年寄りも多いし、早く直して欲しいです。それにいつ地震が起きてもいいように、家族の人たちで避難先や非常食、集合場所を確認するなどのなどの取り組みをして欲しいです」と訴えました。

当時中学1年生だった松浦亜依衣さんは、「熊本市の動物園でライオンが逃げ出したというデマが流れて、私だけでなく友達も不安になりました。それにネットで「5月17日にまた大きい地震が来る」という予言にも不安になる人が多かったです。不確かな情報は、現地の方を不安にさせます。自分が被災した時のことを考えると、そういう投稿はしてほしくないですよね。」と話していました。

被災を受けながらも、大人・子どもも含めた努力でこの1年を歩んで来た益城町。給食センターが被災し、最初の1カ月はパン中心の簡易給食、6月から弁当給食という状況でしたが、熊本市の協力もあり、12日に益城町の小中学校ではで1年ぶりに給食が再開したそうです。
また、この給食に使う食器は、今回の報告会の主催者であるセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが贈呈したとのこと。セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの熊本地震における復興支援活動については、下のリンクも参照下さい。


もう1年経ったか、という感の熊本地震。ただ本文でも触れたように益城町ではようやく給食が再開、建物なども回復には数年かかるという状況のようです。今回取材した益城町の報告会で一番心に残ったのは、被災した当時小学5年生の男の子の言った「いつ地震が起きてもいいように、避難先や非常食、集合場所を確認するなどの取り組みを」と言う言葉。地震という、いつ起きるはわからない災害に対して、普段からの準備がどれほど大事なことか。知識としてわかっていても、それをどれだけ実行に移しているか、考えさせられました。