佐藤栄作のニュース

浅香光代が認めた「隠し子の父親は元首相」は、佐藤栄作?それとも…

アサ芸プラス / 2014年04月16日17時00分

そして同じ内閣で官房長官を務めていたのが、なんと佐藤栄作なんです」(前出・関係者) S氏の正体は佐藤栄作? 確かにあまりにも大物すぎてにわかには信じ難いが‥‥。実は以前、永田町では別の噂も流れたという。 「その人物は、すでになくなっているK氏。自民党内で要職を歴任した人物で、浅香とも生前には接点があった。私生活では艶福家で有名でしたが、不思議とスキャンダル [全文を読む]

田中角栄 日本が酔いしれた親分力(10)目指すはひとつ、首相の座

アサ芸プラス / 2016年07月13日05時55分

この胆力こそが、男の野望を実現する原動力なのだ! 田中角栄は、佐藤栄作首相に呼ばれ、首相官邸の首相執務室を訪ねた。1965年(昭和40年)5月末であった。 佐藤は、田中をソファーに座らせるなり、顔をほころばせ、上機嫌で言った。「6月3日の内閣改造で、君に幹事長をやってもらうことに決めたよ」 田中は「幹事長」と聞き、浅黒い顔を引き締め、頭を下げた。「ありがた [全文を読む]

鳩山・安倍…戦後の歴代総理大臣 33人中13人が親戚だった

NEWSポストセブン / 2016年07月12日11時00分

安倍家と麻生家の両家を軸に系図を辿ると、吉田茂、鳩山一郎をはじめ、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、三木武夫、鈴木善幸、宮沢喜一、細川護煕、橋本龍太郎、鳩山由紀夫と、戦後の総理大臣のうち13人が繋がり、まさに日本政界のエスタブリッシュメント(支配階級)を構成する閨閥が構成されている。 この閨閥は皇室ともつながり、住友財閥、森コンツェルン(昭和電工)、日産コンツ [全文を読む]

佐藤栄作逮捕を「幻」にした政権と特捜部で交わされた密約

NEWSポストセブン / 2015年09月03日07時00分

捜査はさらに政界中枢へと伸び、最高検察庁は同年4月20日、自由党幹事長・佐藤栄作の逮捕許諾請求まで決めた。 しかし翌21日、吉田茂政権の法相・犬養健は検事総長に対し、国会で重要法案審議中であることを理由として検察庁法に基づく指揮権を発動、逮捕請求を延期させ佐藤逮捕は頓挫した。法相の指揮権(※注)発動は初であり、以後も例がない。汚濁した政界に向けて振り上げら [全文を読む]

沖縄返還交渉 密約を破った佐藤栄作が招いたニクソンの逆襲

NEWSポストセブン / 2015年08月21日16時00分

* * * 1965年8月19日、戦後初めて総理大臣として那覇空港に降り立った佐藤栄作首相(当時)は、「沖縄の祖国復帰が実現しないかぎり、我が国にとっての戦後は終わっていない」と宣言した。政治家としての強い決意が感じ取れるが、返還が実現したのは1972年で、それまで7年の歳月を要した。 沖縄返還交渉において、佐藤首相とニクソン米大統領の間に密約があったこ [全文を読む]

大前研一氏 菅官房長官の「粛々に」発言の意味を解説する

NEWSポストセブン / 2015年06月26日16時01分

ところが、この“事実”を安倍首相の大叔父である当時の佐藤栄作首相も、その後の自民党政権も、外務省も一切、国民に説明していない。自民党の悪しき外交慣習として、文書に残っていないか、残っていたとしても隠している。 だから沖縄で米軍基地反対運動が続くわけだが、アメリカにしてみれば、なぜそんなことで騒ぐのか理解できないというのが本音だろう。 わかりやすい例は、オ [全文を読む]

田中角栄にも指導した100歳のプロゴルファーが語る人生の真髄「一流の皆さんの共通点は…」

週プレNEWS / 2017年04月02日06時00分

中には些細なことでキャディーを怒鳴りつけたり、見下した態度をとる政治家もいましたが、佐藤栄作さん、宮澤喜一さんなどは、まことに優しい紳士でした。「無駄口をきかない」「言い訳しない」「切り替えが早い」、これが一流の皆さんの共通点でしょうか。 ―プロゴルファーになられてから、アマチュア時代とはゴルフに対する考え方や取り組み方が変わりましたか? 内田 いや、何 [全文を読む]

「大メディアの偏向報道」の底にあるのは「無知」 青山繁晴・百田尚樹の「大直言」対談③

デイリー新潮 / 2017年02月10日15時59分

■トランプと佐藤栄作 トランプ大統領が、就任後もツイッターで頻繁に発信をし続ける一方で、記者会見に積極的ではないことの背景には、既存のメディアへの不信感がある、というのが一つの定説となっている。トランプ大統領自身、その不信感を隠そうとはしていない。選挙戦中にあれだけ自分のことを悪く言った奴らを信用できるか、ということなのだろう。 既存の大メディアへの不信感 [全文を読む]

田中角栄 日本が酔いしれた親分力(5)法案成立のため敵の懐にも足を運び

アサ芸プラス / 2016年06月29日05時55分

田中は当時、建設大臣であった佐藤栄作にも頼みこんだ。吉田学校の先輩である佐藤栄作は、大きな眼をぎらりと光らせ、「わかった。君のために、ひと肌脱ごう」 と力を貸してくれた。 ついに、ガソリン税法は、53年7月、参議院本会議で可決され、同月23日公布となった。 大蔵省側のメンバーは、戦後初めて立法府に敗れて歯ぎしりした。〈田中め‥‥〉 田中は、喜びに燃えてい [全文を読む]

【沖縄返還】多くの尊い命と引き換えに叶った「奇跡の祖国復帰」

まぐまぐニュース! / 2016年05月16日01時30分

次ページ>>沖縄県民を勇気づけた佐藤栄作首相の言葉 沖縄の「グアム」化を避けた昭和天皇のご提案 この事情を踏まえてであろう、昭和天皇は沖縄県民に対して格別のお気持ちを抱かれていた。それは昭和62(1987)年に病に倒れられた際に、「(沖縄訪問は)もうだめか」と言われ、次の痛恨の御製を詠われた事から窺える。 「思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果さむつとめあ [全文を読む]

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