安藤昇のニュース

"愚連隊の王者"安藤昇氏逝く...波乱万丈の生涯とは

東京ブレイキングニュース / 2016年02月26日17時37分

2015年(平成27年)12月16日、元ヤクザの組長で、俳優、小説家、歌手、プロデューサーなど、多くの顔を持つ安藤昇氏が89年の波乱万丈な生涯を閉じた。 鬼籍での新名は、常(じょう)然院(ねんいん)義(ぎ)鑑(かん)道(どう)昇(しょう)居士。葬儀は家族の遺志により密葬とされたが、2月28日に近親縁者を集め『安藤昇を偲ぶ会』が催される。■ほほの傷を見て「ヤ [全文を読む]

明治以降の文壇で一番ケンカが強い作家は誰だろう?

メディアゴン / 2015年06月16日07時00分

安部は俳優・安藤昇が昔、渋谷で料金の極めて高い警備保障会社を経営していた頃の舎弟である。安藤昇は知人のナイトクラブで暴れる力道山に手を出せない警官に代わって、力道山を拘束し、謝罪させている。石原慎太郎も三島由紀夫にボクシングを教えた一人だが、スポーツとしてボクシング観戦などに出かけていたようだ。安部はボディーガードとして人を殴る方法を三島に伝授した。文豪・ [全文を読む]

ヒットマンを一言で言えば普段ブラブラして何もしない人

NEWSポストセブン / 2016年03月31日07時00分

鈴木:安藤昇が横井英樹襲撃事件(※注)を起こしたのは32歳のときです。実行犯は25歳。それに比べたらおじいちゃんだから、みんな腰が重い。 【※注/1958年6月、実業家の横井英樹氏が金銭トラブルに絡んで安藤組の組員に銃撃された事件。実行犯と、安藤昇組長らが逮捕された】 溝口:ただ、弘道会にはかつて「十仁会」というヒットマンを抱えた秘密組織がありました。現 [全文を読む]

【戦後アウトローの実像】元祖愚連隊「安藤組」元組員インタビュー

東京ブレイキングニュース / 2015年04月06日16時30分

俺は思う事があって、組織には入らないで、愚連隊みたいな事を40歳位まで続けてその後は会社興して今は息子に譲って悠々自適の生活かな」――当時の安藤組は学生が多かった、と記述があるのですが、実際はどうだったのてす?「幹部の人達は大学卒業とか組員は現役の大学生が多かったね、俺は違うけどな」――有名な方も多く出されていますよね?「一番有名なのはやはり社長の安藤昇[全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(16)元・組長が語る“高倉健”という人物

アサ芸プラス / 2015年01月19日09時55分

戦後の暴力史に名を刻んだ元安藤組・安藤昇組長は、組を解散後に俳優の道を選ぶ。重厚な斬れ味と端正な顔立ちは映画界にとっても貴重な存在であり、やがて「不良性感度」を重視する東映へ迎えられる。東映に移籍した年、時代は「任侠映画」「高倉健」を中心に回っていた。そして、事件が起こった──。 「健さんを初めて見かけたのは、俺が東映に移籍する前後だから、彼が任侠モノで当 [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(7)東映への移籍秘話

アサ芸プラス / 2015年01月14日09時55分

松竹のとき、「血と掟」「男の顔は履歴書」などに出演して知りあった同作主演俳優の安藤昇の紹介であったという。 安藤昇が俊藤浩滋プロデューサーにスカウトされ、東映で初めて「懲役十八年」(昭和42年2月、加藤泰監督)を撮ることになったとき、文太は安藤に誘われ、京都撮影所についていったのがきっかけだった。 「安藤さんにくっついていって、俊藤さんから『君はなんちゅう [全文を読む]

追悼・菅原文太 先輩だった高倉健との「本当の仲」(1)くすぶっていた時代に健さんと出会った

アサ芸プラス / 2014年12月18日09時55分

「血と掟」「男の顔は履歴書」などの出演で知りあった安藤昇の紹介で、東映に移籍したのは昭和42年秋のことである。もっぱら松竹で撮っていた安藤昇が、“任侠映画のドン”俊藤浩滋プロデューサーにスカウトされ、東映で初めて「懲役十八年」(昭和42年2月、加藤泰監督)を京都撮影所で撮るとき、安藤から、 「おう、文ちゃん、遊んでるんなら一緒に京都に行かないか」 と誘われ [全文を読む]

タコメーターについて:杉作J太狼XS「美しさ勉強講座」連載44

ブッチNEWS / 2017年03月10日19時25分

ま、どうしてそうなったかというのはいま考えることではないんだけど、原田芳雄さんだとか、松田優作さんだとか、内田裕也さんだとか、安藤昇さんだとか、勝新太郎さんだとか、山城新伍さんだとか、むかし俺たちがあこがれた男たちはそうではなかったな。石原裕次郎さんなんかも自社の作る映画の主演ゲストに飯島洋一さんを呼んだりしてた。飯島洋一さんのことインディーズ映画ファン [全文を読む]

20代は、「仕事倍返し」で上司から主導権を奪取

プレジデントオンライン / 2016年12月08日09時15分

元ヤクザで俳優の安藤昇さんは、「相手に敵意がないことを示すのが礼儀だ」ともいっています。ヤクザの世界は命がけですが、それは落語家やサラリーマンも同じ。そうすれば、いらない敵をつくらなくて済みます。 また、入門して最初に師匠にいわれたのが、「俺を快適にしろ」という言葉です。続いて、「不合理、矛盾に耐えること。それが修業」だとも。 私はワコール勤務時代に、合理 [全文を読む]

病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第2回・梅宮辰夫」(1)女を泣かす梅宮で売り出せ

アサ芸プラス / 2016年10月26日05時57分

どうか、そちらの世界でもお元気で」 2月28日、青山斎場で行われた安藤昇の「お別れの会」で、遺影に語りかける梅宮辰夫(78)を見た筆者は、その弱々しい声と、歩行補助器にすがる姿に呆然とした。本来ならば外出すら許されない状態で、それでも梅宮は、多くの安藤主演作に出演した義理から献酒の挨拶に立った。 だが、その義理堅さは梅宮を尋常ならざる事態に追い込む。参列の [全文を読む]

週刊アサヒ芸能「創刊60年の騒然男女」政治・事件スクープの表裏!<血と銃弾>(1)

アサ芸プラス / 2016年10月22日17時53分

猪野健治氏による「東京市街戦争“新橋事件”と松田義一」(63年8月4日号)を皮切りに、飯干晃一氏のルポルタージュや、藤田五郎氏の「ドキュメント東京暗黒街」(69年11月27日号~)、安藤昇氏の「やくざと抗争」(71年9月9日号~)などの連載を次々と掲載した。読み応えのあるヤクザ・ドキュメントこそが、「アサヒ芸能」の評価を高めていった原動力だ。 日本最大の [全文を読む]

映画・小説化で盛り上がる!「国士舘高校・大学」ハチャメチャ最強伝説!(3)天ぷらうどんを投げつけた

アサ芸プラス / 2016年09月09日05時54分

結果、その根性を買われて、ある組事務所からスカウトされました」 ちなみに、戦後の愚連隊として知られる安藤昇氏率いる「安藤組」で「ステゴロ最強」の異名を持つ花形敬氏も国士舘(旧制中学)の出身。芸能界からはOBの桜金造(59)が、こんな武勇伝を打ち明けてくれた。「大学1年の時、学食で天ぷらうどんを食べながら履修届を書いていたら先輩がやって来て、『お前、何今頃書 [全文を読む]

「イケメン」よりも「いい男」!映画ファン必見の名著『ボンクラ映画魂』が復刊!

日本タレント名鑑 / 2016年03月30日11時25分

今は亡き往年のスターたちの仰天エピソードも多数 実際に杉作氏が役者たちに会った話も多く、安岡力也にエロ本を買っているのを見つかった話、先ほど逝去した安藤昇と記念撮影する際に、安藤の薦めで1つの椅子に2尻した話……などなどいい話が満載だ。時が経ったためか、前の刊行時よりも多くのスター、男たちがいなくなってしまっているのは誠に残念である。しかし、大幅に加筆修 [全文を読む]

任侠映画の名作 「スイカにシャブ」場面に現役ヤクザも唸る

NEWSポストセブン / 2016年03月30日07時00分

当時、原作自伝を書いた主演の安藤昇は、安藤組の解散・引退から1年ほどしか経っておらず「ほぼヤクザ」だった。 安藤と交流のあったヤクザはこの映画を、「安藤さんはとにかくチャカが好きでチャカを知ってる人だった。軽々しくバンバン撃ちまくるような映画に比べて、静かにグッと銃を持つ安藤さんの姿は、ズッシリとした本物のチャカの重量感を感じた」と語る。 40代現役幹部が [全文を読む]

松方弘樹に梅宮辰夫、昭和の大スターが直面する体調問題……本当の病状は?

日刊サイゾー / 2016年03月03日09時00分

梅宮は2月28日、昨年12月に死去した元「安藤組」組長で俳優の安藤昇さんのお別れの会に出席。献酒の挨拶に立ち「昭和のスターがいなくなった。そちらの世界でもお元気で」と遺影に語りかけたが、その姿は痛々しいものだった。 足を引きずり、歩行補助器を使って現れ、予定していた囲み取材はキャンセル。一緒に参列した芸能関係者は「インフルエンザによる高熱で、今にもぶっ倒 [全文を読む]

前科7犯・逮捕歴22回! 伝説の武闘派ヤクザ・花形敬の墓に行ってみた

tocana / 2016年02月21日11時00分

昨年12月17日、元ヤクザで俳優、小説家と多彩な顔を持つ男・安藤昇が肺炎により死去した。満89歳。安藤はかつて東京・渋谷を拠点とする愚連隊・安藤組を組織し、その最盛期には530人もの構成員を束ねる組長として君臨。またその一方で、俳優として映画『血と掟』など、多数の作品に出演したほか、自身の経験を生かす形で、作家として『やくざと抗争』などの著作を残している。 [全文を読む]

山口組分裂で溝口敦氏 「警視庁が『保護願い出して』と連絡」

NEWSポストセブン / 2016年01月12日11時00分

──ヤクザが変わったといえば、元安藤組組長で映画俳優としても名を馳せた安藤昇が昨年12月16日に亡くなった。 鈴木:溝口さんは安藤さんと交流はあったんですか。 溝口:私はない。 鈴木:あっ、そうなんですか。興味なかったんですか。 溝口:興味ない。ああいう色男はあんまり好きじゃない。自分の顔に酔ってるような人は(笑い)。 鈴木:そうなんですか。私は交流があ [全文を読む]

2015年、芸能界総ざらい!言っちゃいけない話ばっかり大放談スペシャル!!【後編】

日刊サイゾー / 2015年12月31日20時30分

先日、元ヤクザの俳優、安藤昇さんが亡くなりましたけど、ああいうときTwitterなんかで安藤さんへのお礼みたいな文句を書いて白々しく知人アピールしている人がいました。あれは見る人が見たら顰蹙で「故人への感謝をなんで世間にTwitterで叫ぶのか。大して関係してなかったくせに」と、安藤さん最後の弟子が怒ってましたよ。 [全文を読む]

伝説のヤクザが「闇市・ヤクザ戦国時代」を語る

WEB女性自身 / 2015年11月05日06時00分

元安藤組組長・安藤昇氏。終戦直後、渋谷を拠点に愚連隊のリーダーとして名を上げ、500人の構成員を率いた。 64年に組を解散。映画俳優に転じた「伝説のヤクザ」だ。 「敗戦で秩序や価値観が一変したのは、裏社会も一緒。力のある組織だけが生き残る ヤクザ戦国時代 だった 」 日本にヤクザが誕生して500年。安藤氏がヤクザとして生きた 戦国時代 こそが「500年興亡 [全文を読む]

伝説の刺青師が明かす“日活&東映スター”交流秘話「女優と“博徒”の家に遊びに」

アサ芸プラス / 2015年06月14日09時57分

親しくなったのは安藤昇。同じ海軍の予科練の出身だと判ると、「先輩、先輩!」と声をかけられた。河野は特攻隊員として、安藤も人間魚雷の乗組員として、もう少し戦争が続いていれば出撃命令が決行される寸前だった。 五社監督は、91年に63歳で亡くなるが、無頼な生き方で知られ、その背には一面の茨木童子の刺青が彫られていた。死後、五社の生涯を追ったテレビ・ドキュメンタリ [全文を読む]

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