榎本健一のニュース

<放送作家40年・日本コント史の裏側>「ひょうきん族」と「全員集合」は視聴率争いなどしていなかった

メディアゴン / 2016年04月08日07時40分

榎本健一(えのもとけんいち・1904〜1970)。愛称エノケンと呼ばれた不世出のコメディアンが太平洋戦争前後に大活躍した。芝居が出来て、歌が歌えて、イケメンで、アクションも出来て、笑いが出来て、これぞコメディアンと言うべき人である。コメディアンというのは今挙げた表現形式をすべて出来る人、というのが筆者の考えである。だからこそ、榎本健一は「日本の喜劇王」とも [全文を読む]

【テレビの開拓者たち(1) 萩本欽一】欽ちゃん、テレビを語る!

Smartザテレビジョン / 2017年03月29日06時00分

チャップリンや榎本健一など喜劇映画の俳優に憧れ、コメディアンを目指した萩本欽一。1966年に坂上二郎と結成したコント55号では、舞台を駆け回る激しい笑いで国民的スターに。「コント55号の世界は笑う」('68 ~'70年フジ系)、「ぴったしカンカン」(’75 ~’84年TBS系)など、多くのレギュラー番組に出演する一方、1971年ごろからはソロ活動も増やす。 [全文を読む]

「真田丸」で日本中を熱狂させた三谷幸喜の注目作の舞台「エノケソ一代記」 WOWOWで放送!

PR TIMES / 2017年03月08日18時04分

[画像: https://prtimes.jp/i/1355/3609/resize/d1355-3609-348491-0.jpg ] 本作は昭和の喜劇王エノケンこと榎本健一になりすまし、全国巡業した喜劇役者エノケ“ソ”とその一座の物語。舞台となる昭和30年代はテレビが家庭に普及しておらず、エノケンの偽者が各地で出没した。このエノケソもそのひとりという [全文を読む]

<該当者は誰?>お笑いで「スーパースター」になる5つの条件

メディアゴン / 2017年01月03日07時40分

日本であれば、榎本健一さん(エノケン)がすべてのものを持っていた。もう少し、時代が下がれば、植木等さんはすべてを持っていた。そして、「フーテンの寅さん」こと渥美清さん。後年は映画でしか姿を見なくなってしまったが、渥美さんはすべてを持っている。とくに動き。自然な流れの中も芝居でいわゆる体技で笑いが取れるという点では森繁久弥さんと双璧をなす。関西では松竹新喜劇 [全文を読む]

PPAPの元ネタは荒井注!?「昭和の爆笑ギャグ」プレイバック

日刊大衆 / 2016年12月01日11時30分

体技の榎本健一、声帯模写の古川ロッパ、新作落語の柳家金語楼の3人は、戦前から戦後にかけて大人気を博したが、当時の演芸の中心は舞台だったため、今となってはわずかに残された映像などで、その全盛期の芸を推測するしかない。 戦後復興が進んだ昭和20年代にギャグの先陣を切ったのはトニー谷。怪しい英語を散りばめたキャラクターに大衆は釘づけとなった。「レディース・アンド [全文を読む]

三宅裕司 元気がない時は笑って泣いて芝居を見るのが一番

NEWSポストセブン / 2016年10月22日07時00分

小学生の頃、エノケンこと榎本健一さんが主宰していた『雲の上団五郎一座』を見て、家族みんなで笑った。あの幸福感は今でも、芝居を作り上げていく過程でたびたび思い出します。 小倉:ぼくは人生幸朗師匠のボヤキ漫才に笑わせてもらいましたね。笑って息ができなくて、息をしようと思うとまた面白いことを言うから息つぎできなくて、もうぼくはこのまま死ぬかもしれない…と思った [全文を読む]

帰省ラッシュ!渋滞の車の中も楽しくなれる曲

okmusic UP's / 2016年08月18日18時00分

大正時代、浅草オペラで榎本健一氏が歌ってヒットした歴史的名曲。今回は原曲のドイツ語版の歌唱をご紹介します。コミカルな伴奏と甘く柔らかく軽やかな錦織氏の歌声を合わせると、まるで遊園地のメリーゴーランドにのっているよう。ぜひ車内のみんなで一緒に楽しんでください。(選曲・文/山本陽子) [全文を読む]

<ナイナイ岡村さんへのラヴ・レター>他の芸人にはない「体技で笑いを取る才能」があなたにはある

メディアゴン / 2016年03月07日07時50分

東京・浅草を拠点として活躍した「エノケン」こと榎本健一さん(1904年生)。俳優、歌手、なんといっても笑い。全てをこなせるスーパースターでした。エノケンは走っている車に駆け寄って右のドアから入り、左のドアから平然と抜け出す荒技が出来たそうです。これは、運動神経が優れていてアクロバティックなことが出来るということだけを示しているのではありません。走行中の車の [全文を読む]

KERA、27年ぶりのソロ新作は父に捧げるジャズ・アルバム

okmusic UP's / 2015年11月29日13時00分

秋元康がプロデュースを手がけた前作『原色』(1988年)製作時から密かにプランを練っていたという本作は、オーセンティックなものでは無く、榎本健一や二村定一のような一種のフェイクジャズ。ジャズ・ミュージシャンだった父に捧げるジャズ・アルバムに仕上げたという。 本作はスタンダード・ナンバー「シャイン」、「ラヴァー、カム・バック・トゥ・ミー(恋人よ我に帰れ)」、 [全文を読む]

「お笑いに興味を失って…」解散説噴出のとんねるず・木梨憲武“芸術家・文化人路線”の功罪とは?

おたぽる / 2015年11月18日09時00分

実際、石橋さんが政治家秘書役を真面目に演じた『レッツ・ゴー!永田町』(日本テレビ系)が“大コケ”してしまった黒歴史もあります」(業界関係者) 一方の木梨憲武を見ると、近年の俳優活動は2010年に『わが家の歴史』(フジテレビ系)において榎本健一を演じ、2004年には『にんげんだものー相田みつお物語ー』(テレビ朝日系)においては、相田みつお役を演じている。伝説 [全文を読む]

桂歌丸が戦争の空気に危機感! 戦争がもたらした落語界の暗い過去...子供を産まない女性を糾弾する国策落語まで

リテラ / 2015年11月01日12時00分

実際、榎本健一(エノケン)、古川ロッパと並び三大喜劇人として人気を集めた柳家・柳家金語楼は戦中、落語家の鑑札を取り上げられ、俳優への転業を余儀なくされている。彼の自伝『泣き笑い50年』(日本図書センター)には、当時の警視庁とのやり取りがこう綴られている。 [全文を読む]

<放送作家・高橋秀樹の本気提案>テレビ番組企画「カヴァーズ(COVER's)」を公開提案!

メディアゴン / 2015年09月25日16時00分

それから榎本健一(エノケン)の舞台『最後の伝令』台本が残っています。 「ショウ番組リメイク」かつて、テレビでバラエティと言えば歌あり踊りありコントありの歌舞音曲、テレビショウが主でした。その黄金期のテレビショウをリメイクしましょう。基本的に役者が演じるショートギャグ集『ゲバゲバ90分』音楽も笑いもできる素養をもったサザンや、ウルフルズが音楽ギャグやコントを [全文を読む]

<「コメディとコント」の違いって何だ?>コントは稽古の痕跡を見せずにアドリブでやっているように見えるのが最上

メディアゴン / 2015年09月07日07時10分

日本の大衆芸能におけるコメディは榎本健一が嚆矢である。浅草で旗揚げした彼の劇団「カジノ・フォーリー」や「プペ・ダンサント」「ピエル・ブリヤント」のは、座付のコメディ作家として菊谷栄がついていた。菊谷の脚本である「最後の伝令」は、アメリカのサイレントコメディ映画「陽気な踊子」(1928・フランク・キャプラ監督)の翻案である。「最後の伝令」の原脚本を入手したが [全文を読む]

<NHK「これがホントのニッポン芸能史」>「今、落語を勉強している」と語るビートたけしのコント観・芸能観

メディアゴン / 2015年07月15日07時10分

古くはやはり榎本健一(エノケン)と、台本作家・菊谷栄の劇団カジノ・フォーリーである。エノケンさんの時代は著作権などの意識がほとんどなかった頃であり、アメリカのコメディ映画を舞台だけ日本に変えた翻案ものが盛んに上演された。名作との伝説が伝わる菊谷栄脚本の「最後の伝令」は、1928年(昭和3年)製作・公開されたフランク・キャプラ監督のコロンビア映画「陽気な踊子 [全文を読む]

<合掌・桂米朝、享年89>「地獄八景亡者戯」を聞いて妄想する娑婆より豊かな「地獄の興行」

メディアゴン / 2015年03月21日00時48分

榎本健一、二村定一、清水金太郎、伴淳三郎、渥美清、由利徹、東八郎の軽演劇。美空ひばり、越路吹雪、雪村いづみ、江利チエミの歌謡ショウ。忌野清志郎と尾崎豊のロックンロールにジョンレノンが飛び入り。森繁久彌と徳川夢声のトークショウは構成・脚本が向田邦子。志ん生と、文楽と、談志と志ん朝の4人会、小さん師匠にも入ってもらおう。膝代わりはアダチ龍光の手品。チャップリン [全文を読む]

<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑲「浅草軽演劇」と「吉本新喜劇」と「松竹新喜劇」の関係

メディアゴン / 2014年11月16日23時36分

古川緑波、榎本健一の時代を大将はこう表する。 「緑波さん、エノケンさんの時代は、アメリカを勉強していた時代だ。アメリカで封切られた映画は、3ネックライタって日本に入ってくる。著作権なんて、考え方のない時代だったから、その映画の脚本を取り寄せて、優れた脚本家が日本流に翻案してそのままやる。音楽も譜面を先に手に入れてそのままやる。だから、舞台を見てから、映画を [全文を読む]

<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑫『なんでそうなるの?』のコント55号

メディアゴン / 2014年10月26日23時18分

「そうそう、そういう短いコントは斉藤さんが編集で作ってくれたの」 「動きが、遅くなってるって言いますけど、コントであんなに早く動けるのコント55号だけなんじゃないですか」 「いや、僕は往時は知らないけど、エノケン(榎本健一)さんと、ロッパ(古川緑波)さん、それからこの目でしっかり見てるのは、のり平先生(三木のり平)と八波むと志さん、この玄冶店はすごい」 [全文を読む]

【書評】厖大な日記に基づいて描く下り坂の喜劇王・古川緑波

NEWSポストセブン / 2014年09月18日07時00分

エノケン(榎本健一)と並ぶ人気喜劇俳優ロッパが「哀しすぎる」とは。読んでみて納得した。ロッパの全盛時代は昭和十年代で、戦後は活動を続けてはいたが、戦前の人気は回復出来ず、死(昭和三十六年)の直前は失意のなかにあったという。 「エノケンとロッパの時代」をかろうじて知る世代としてはこの事実に驚いた。映画にはたくさん出演していたし、舞台、ラジオでも活躍していた。 [全文を読む]

ジャニーズが独自に進化させたミュージカル その半世紀に及ぶ歴史をたどる

リアルサウンド / 2013年11月19日16時19分

元々日本には大正期の浅草オペラ、昭和初期の榎本健一らの軽演劇、宝塚のレビューなど「ミュージカル的なもの」がすでに存在していたが、海外の作品を日本人キャストで上演する形態の最初は63年の東宝製作による『マイ・フェア・レディ』(主演=江利チエミ、高島忠夫)だったと言われている。 同じ頃にアメリカのミュージカルを自分の手で輸入しようと試みたのが、そう、ジャニー喜 [全文を読む]

復縁もアンチエイジングもカエルがかなえてくれる!? 幸せ"かえる"十番稲荷神社

サイゾーウーマン / 2012年03月17日10時00分

日本の喜劇王で麻布出身の「エノケン」こと榎本健一さんが鳥居を奉納した(現在は残っていません)ことでも知られていますし、狛犬は戦前のアイドル歌手、音丸さんの奉納によるもの。十番稲荷神社は、こうしたスターを生み出してきた証のある神社でもあるのです。 なかなか忘れられない元カレがいるなら、カエルの上に結ぶ願文で復縁を願うのもいいかもしれません。復縁を願える神社は [全文を読む]

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