田宮二郎のニュース

医者が守るのは命?金?名誉?絆!?記憶に残る“医療ドラマ”10選!

日本タレント名鑑 / 2015年09月22日09時55分

主人公「財前五郎」の名前の元となった俳優「田宮二郎」さんが主演をつとめました。出世欲があり、時には弱者を権力でねじ伏せる財前を、あえて主人公に据えた原作も素晴らしいのですが、1966年の田宮二郎さんの映画版と1978年のドラマ版は、特にその迫力がすさまじいのです。田宮さん演じる財前という人間のすごみが画面からあふれ出て、体が震えるほどでした。 何度もテレビ [全文を読む]

俳優・山本學、田宮二郎さんとの最後の握手は痛かった

NEWSポストセブン / 2017年01月12日11時00分

劇団俳優としてキャリアをスタートした、テレビドラマで活躍していた山本學は、テレビドラマ『白い巨塔』(1978年)で田宮二郎が演じる財前五郎と対立する医師、里見脩二を演じた。田宮との共演の思い出を語った言葉からお届けする。 * * * 山本學は1964年のテレビドラマ『愛と死をみつめて』(TBS)で人気を博した後は脇役を中心に多くの作品に出演した。「スケール [全文を読む]

<芸人の素人イジりに疑問>地上波テレビに強まる「閉じた」感覚[茂木健一郎]

メディアゴン / 2016年04月13日07時30分

茂木健一郎[脳科学者]* * *「クイズ・タイムショック」(テレビ朝日・1969〜1986)で、田宮二郎さんが司会をされていた頃の動画を見ると、ほんとうにびっくりする。ごく普通の一般の方が出て、回答されているんだけど、田宮さんの接し方が、丁寧で、リスペクトに満ちているのだ。「ぴったしカン・カン」(TBS・1975〜1986)でも、一般の方が出ていらしたよう [全文を読む]

38年の沈黙を破り田宮二郎“猟銃自殺“の真相を遺族が告白! 夫人は「白い巨塔が原因」、長男は「植毛がきっかけ」

リテラ / 2016年02月18日12時00分

映画、ドラマ、さらにはクイズ番組の司会者としても大活躍した往年のスター・田宮二郎が自殺をとげたのは今から38年前のこと。人気ドラマ『白い巨塔』(フジテレビ)の放映中に、自ら足で猟銃を引くという壮絶な最後だった。 その死をめぐっては、「M資金」詐欺に手を出したための多重債務など、さまざまな噂が取りざたされてきたが、ここにきて、未亡人と長男が相次いでその理由を [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(9)「田宮の遺書に書かれていた家族への想い」

アサ芸プラス / 2016年01月29日01時57分

永遠の安らかな眠りを祈るばかりです」 田宮二郎という激烈な生を過ごした俳優は、今こそ再評価されるべきだろう。それこそが没後の沈黙を初めて解いた幸子夫人の願いでもある。 [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(8)「夫婦の間に決定的な亀裂が…」

アサ芸プラス / 2016年01月28日01時57分

78年3月26日、田宮の代表作「白い巨塔」がクランクインする。その撮影が始まってほんの1週間後、幸子夫人は、田宮の精神の病が再発したとわかった。「田宮は『白い巨塔』の前半で躁状態のピークを、そして後半でうつ状態のピークの両方を迎えたことになります」 奇しくも、全31話の前半は大学病院の教授の座を狙う野心的な役であり、後半は医療裁判の敗北や病魔に侵される苦境 [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(7)「家族に“貧乏”という思いだけはさせたくない」

アサ芸プラス / 2016年01月27日01時57分

それでも、今から38年前に起きた「田宮二郎」の事件こそは、戦後の芸能史において特筆すべき出来事ではなかったか‥‥。夫の死から沈黙を続けた未亡人が初めて語る「最期の真実」が今、ここに最終章を迎える──。〈富士山の光が目の前一杯に拡がってゆきます。生まれて初めて、胸が躍った僕の心を幸子は察してくれたのだろう。いくつかの難問をのり越えて、2人は神前に夫婦の絆を誓 [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(6)「ドラマ<白い巨塔>にかける田宮の思い」

アサ芸プラス / 2016年01月22日01時57分

「今の田宮の体を見れば一目でわかると思います。別人でしょ? ウチは休ませたいんですよ」 幸子夫人は、田宮が「スター千一夜」の司会を担当した頃から世話になったプロデューサーに懇願した。夫人のあずかり知らぬところで、田宮とフジテレビに新たな契約が生まれたのだという。 そこで夫人は、フジテレビと喧嘩別れせずに新たなドラマの依頼を断る“大人の条件”を出した。「作品 [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(5)「変化していく田宮の外見と言動」

アサ芸プラス / 2016年01月21日01時57分

田宮の死から1年前、77年のこと。幸子夫人は田宮企画の代表として、ひとつの決断をする。社員を集めて、こう言ったのだ。「間もなく田宮企画は1年間、もしかしたら2年か3年、閉めることになります。退職金は倍で出しますし、給料も今までどおり払います。ただ、声をかけたらすぐに戻って来てほしい」 その方針に至るまで、いくつもの“伏線”があった。まず、田宮に最も近いマネ [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(4)「現場で孤立感を深めていった田宮」

アサ芸プラス / 2016年01月20日01時57分

日本で初めて、映画からテレビに主戦場を移したスターが田宮二郎である。映画界追放を受けた苦悩はありながら、結果的に「時代の流れ」に先んじた形となり、多くの俳優があとに続く。主演ドラマやCMで華々しい活躍を見せたものの、唯一、夫人だけは冷ややかに“幻の栄光”を見つめていた──。〈五社協定、五社協定と言うが、あれじゃタコ部屋の強制労働みたいなものではないか?〉 [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(3)「テレビに活躍の場を移した田宮の葛藤」

アサ芸プラス / 2016年01月15日01時57分

〈現代は時間との戦いです。クイズ、タ~イムショック!〉 69年1月に始まったNET(現・テレビ朝日)の「クイズタイムショック」は、テレビ司会者として田宮の新たな魅力を引き出した。さらに、映画界から締め出された田宮は、決してうまくない歌を歌い、全国のキャバレー回りをして家族を守ろうとした。 しかし、夫人はそうではなかった。「田宮が目標としていたのは『風と共に [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(2)「大映への“不信につぐ不信”」

アサ芸プラス / 2016年01月14日01時57分

田宮にとって永田は、そして永田が率いた大映は、全てを捧げる対象であったという。そのため、年下の新人女優が自分よりギャラが高くても、不満をぐっとこらえた。 まだ20代の前半でありながら、家を建てたのも夫人のほうが先だった。「今思えば、私が母と住んでいる家に田宮が越して来た頃こそ、最も笑いが絶えない日々でした。私は田宮が連れて来る10人分、15人分のメニューを [全文を読む]

田宮二郎の妻“没後38年目の初激白”(1)「命を絶った理由とは?」

アサ芸プラス / 2016年01月13日01時57分

78年12月28日、俳優・田宮二郎の猟銃で命を絶つという衝撃が師走の街を駆け巡った。明けて1月6日に放映される「白い巨塔」の最終回を待たずに、43歳の苛烈な生涯を終える‥‥。その死を間近で見つめた妻は、これまで1度も〈深層〉を語ることなく過ごしてきた。そして今、意を決し、長い沈黙の封印を解く──。「田宮の生涯にとって大きな損失となったのは‥‥大映を追われ、 [全文を読む]

【独特過ぎて逆に面白い】紅白の裏で放送していた番組(超マニアック編)

しらべぇ / 2014年12月28日12時00分

一方、昨年「地獄花」を放送した千葉テレビは・・・ 22:15 映画 「暴れ犬」 田宮二郎 草笛光子 金井克子 田宮二郎主演で9作品が制作された「暴れ犬シリーズ」の4作目。田宮演じるガンマニアの鴨井大介が繰り広げるアクションやファッションセンスが注目された。当時の人気を考えると大晦日に放送されてもおかしくはないのだろうが、タイトルだけを聞くと「なぜ紅白の時 [全文を読む]

芸能人マネージャー志望や俳優・タレント志望の若い人が「知っておきたい」芸能界事情

メディアゴン / 2014年11月20日11時35分

田宮二郎は映画会社とのトラブルから干され、「クイズタイムショック」(1969〜1986)の初代司会者としてテレビに出演し、「白い影」(1973・TBS)などのテレビドラマで人気を博しました。また、売れている歌手は、ギャラが安く拘束の長いテレビドラマに出演することはありませんでした。石井ふく子プロデューサーが当時人気絶頂だった水前寺清子を口説き落とし、テレビ [全文を読む]

蘇る!山口百恵「赤いシリーズ」の“衝撃”(1)百恵は飛び抜けて光っていた

アサ芸プラス / 2014年05月01日09時58分

脚本家のジェームス三木は、シリーズ第1弾の「赤い迷路」(74年)から参加しているが、同じTBSで金曜9時の交互枠だった「白いシリーズ」(田宮二郎主演)との違いを意識した。 「田宮二郎と山本陽子の大人の恋がテーマだった『白いシリーズ』より、もう少し幅広い世代に観てもらおうとしたのが『赤いシリーズ』だったね」 そして大映テレビの春日千春プロデューサーにより、冒 [全文を読む]

早世のマドンナたち⑥ 太地喜和子 親友カルーセル麻紀が見た水没死直前の予兆(1)

アサ芸プラス / 2012年07月26日10時54分

自殺した田宮二郎の顔にキス 〈やはり、喜和子も女優として役に魅入られてしまったのか‥‥〉 フジテレビのプロデューサーだった小林俊一は、太地喜和子の突然の訃報にそんな思いを抱いた。 92年10月13日未明、喜和子は酔ったまま夜明けの海へドライブに出かけた。しかし、車が海に転落するという事故に見舞われ、同乗の3人は車から脱出したが、逃げ遅れた喜和子は帰らぬ人 [全文を読む]

男がとろけた「芸能界・魔性の女」を徹底追跡!(6)毒婦を味わう傑作シネマ

アサ芸プラス / 2017年02月02日12時57分

同じ大映の若尾文子(83)は、田宮二郎と共演の「『女の小箱』より 夫が見た」(64年)が傑作。田宮は企業の乗っ取り屋で、乗っ取られる側の会社の社員の夫人が若尾。田宮は若尾を利用して乗っ取りを進めるが、ここで若尾が突然言う。「私を取るのか、会社を取るのか!」 結局、田宮は嫉妬した恋人(岸田今日子)によって絶命するが、こうした「男の死」があってこそ、魔性の女 [全文を読む]

男がとろけた「芸能界・魔性の女」を徹底追跡!(3)男と女の十大事件簿

アサ芸プラス / 2017年01月30日12時57分

78年12月28日に猟銃で自ら命を絶った田宮二郎(享年43)は、晩年に山本陽子(74)と男女の関係にあったのではとささやかれた。山本は田宮没後の会見で否定したため、真相は藪の中。 それから21年後、自宅で首をつったのが沖田浩之(享年36)である。沖田と山本は21歳差を超えて恋人宣言をしたこともあったが、くしくも山本は、2人の“関わったオトコ”を失ったこと [全文を読む]

第16回「かつてSMAPと呼ばれた男たち2017」

ソーシャルトレンドニュース / 2017年01月27日19時15分

それは、かの田宮二郎の遺作となった『白い巨塔』の時代からそうで、同ドラマは大学病院を舞台にしながら、そこに描かれたのは医者という“人間”だった。主人公も医療ミスをするし、人間的な弱さもある。その意味で、同じく医療ドラマの初回にキムタクに失敗させた橋部敦子サンの脚本は見事だったし、それを受け入れたキムタクも素晴らしかった。 僕は、キムタクドラマが成功する鍵は [全文を読む]

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