後藤新平のニュース

台湾人が問う、日本の「植民地支配」は本当にあったのか?

まぐまぐニュース! / 2016年06月08日20時00分

後藤新平が主張する、台湾の慣習に従いつつ文明開化や殖産興業を成し遂げるという、イギリスを範とした「植民地経営」方式と、後に総理大臣となった原敬が主張する、九州や四国と同じような「内地延長主義」方式である。この植民地論争については、本連載において、詳しく説明する。次ページ>>筆者が「台湾は日本の植民地ではなかった」とする理由とは いずれにしても、下関条約後、 [全文を読む]

台湾の「日本好き」が過去最高に。なぜここまで相思相愛なのか?

まぐまぐニュース! / 2016年07月28日05時00分

後になって、台湾籍日本人の書道家である陣内伯台氏が、セメントで埋められてしまった伊藤博文と後藤新平が揮毫した石碑を、丹念に時間をかけて復元させ、拓本をつくり六士先生の遺族に贈呈しました。私は陣内氏が苦心してつくった拓本を見たことがあります。彼に伊藤博文と後藤新平の2人の書道における筆力を尋ねたところ、「プロに負けない」と高く評価していました。 蒋介石の時 [全文を読む]

台湾が親日な理由は彼らにあった。台湾の発展に尽くした日本人列伝

まぐまぐニュース! / 2016年03月16日19時30分

次ページ>>台湾の発展に力を注いだ「維新の三傑」の息子とは 児玉源太郎、後藤新平、新渡戸稲造 明治31(1898)年、日本の台湾統治は、まだ3年目であり、あちこちに反抗勢力が残り、治安の確立も、産業の発展も立ち遅れていた。ここで第4代提督として任命されたのが、後に日露戦争でも活躍した児玉源太郎である。児玉は、後藤新平(後の東京市長)を民政長官に起用した。 [全文を読む]

台湾人は忘れない。命を落としてまで台湾に尽くした5人の日本人

まぐまぐニュース! / 2017年03月30日04時30分

明治35(1902)年に台湾総督府民政長官・後藤新平に請われ、台湾での林業開発を指導することとなった。 台湾の鉄道敷設に命をかけた日本人たち 12年かけて完成した森林鉄道 当時、台湾では南北を結ぶ縦貫鉄道の建設が進められていた。その資材調達先として注目されたのが、阿里山であった。しかし、河川は流れが急で水量が不安定なため、水運を用いることはできない。そこで [全文を読む]

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

そこへ救いの手を差し伸べたのが、かの後藤新平だった。 後藤の援助で、正力は弱小紙の読売新聞を買収する。そこから彼は、類い稀なる経営センスを発揮し、同紙の部数を伸ばしていく。他紙がどこもやらなかったラジオ面を創設したり、アメリカからベーブ・ルースら大リーグを招聘して親善試合を催したりと、数々のアイデアを仕掛け、いつしか読売新聞は、朝日や毎日と並ぶ全国紙になっ [全文を読む]

大倉喜八郎 角栄に重なる「死の商人」の成り上がり人生

NEWSポストセブン / 2017年01月12日07時00分

伊藤博文や後藤新平らは、要人との密会に東京・向島にあった喜八郎の別荘を使っていた。大物政治家との親密ぶりは、まさに“政商”と呼ぶにふさわしい。 喜八郎の財を頼ったのは日本の政治家だけではない。ブレンサインさんは言う。 「中国の清朝末期、モンゴルの王公たちに大金を貸していたんです。そうやって大陸での大倉財閥の影響力を強めていきました」 なかでも知られるのが「 [全文を読む]

犬が去り豚が来た。日本撤退後の台湾を襲う大陸からの招かざる客

まぐまぐニュース! / 2016年10月31日19時19分

台湾経営が軌道に乗ったのは、98年に着任した第4代総督児玉源太郎と民生長官後藤新平のコンビによってである。後藤は全島に800人の調査員を派遣して、土地の測量と権利者の登記を行った。 台湾大学の歴史家呉密察教授によれば、中国人社会において、「民衆の財産所有権を政府が初めて法令によって保証し、台湾を資本主義社会の道に踏み込ませた」と評価している。後藤はさらに交 [全文を読む]

ソフトバンク、孫社長の「誤算と変心」…なぜアローラ氏は梯子を外されたのか?

Business Journal / 2016年07月07日06時00分

医師で政治家の後藤新平の言葉に「三流の人は金を残す。二流の人は事業を残す。一流の人は人を残す」とある。人とは自分が辞める際にバトンタッチをするに足る後継者という意味である。そもそも企業とはゴーイング・コンサーン(継続する会社)でなければならない。そのためには後を任せることの出来る後継者を育成しなければならない。 ところが、程度の差こそあれ、人間には誰でも [全文を読む]

台湾地震で恩返しする日本人と、政治利用を目論む中国人

まぐまぐニュース! / 2016年02月11日20時00分

日本時代の台湾の都市整備とインフラ建設の主軸となったのは、当時、民生長官だった後藤新平であり、のちに後藤は関東大震災後、復興のための帝都復興院総裁にも就任し、震災後の東京復興に尽力したのです。 これだけを見ても、日本人と中国人の技術力、真摯さの違いがわかると思います。 いずれにせよ、一刻も早い救出を望むばかりですが、その一方で、この地震を政治利用しようとす [全文を読む]

【書評】現代の東京のうしろに見え隠れする貧富の差の大きさ

NEWSポストセブン / 2015年12月08日07時00分

また、中国大使館は後藤新平の屋敷があったところ。フランス大使館は尾張徳川家の屋敷だったところ。消えてしまったとはいえ、現代の東京のうしろに、かつてのお屋敷が見え隠れしている。 著者は鉄道、地理に詳しく、これまでも資料を駆使した東京本の労作を書き続けている。本書も実に丹念な仕事。資料を読み込み、さらに現地をきちんと歩いている。 ※週刊ポスト2015年12月1 [全文を読む]

「不誠実」で失敗の過去に学ばなければ、日本は必ず潰される

まぐまぐニュース! / 2015年11月28日01時00分

任期中に加藤高明、本野一郎、後藤新平、石井菊次郎の四人の外務大臣に接したが、イギリスの協力要請に対する対応は常に同一態度、すなわち、直ちに拒否するか、後程回答すると述べて拒否するか、未だ考慮中と述べて時間切れを待って拒否するかの何れかであった 当時の日本政府には、「同盟国イギリスを助けよう」という気持ちは「まったくなかった」ようです。 外務次官ニコルソンさ [全文を読む]

日本最古と言われる群馬の木造湯宿建築は創業から320年以上

NEWSポストセブン / 2015年11月24日07時00分

群馬・四万温泉で創業から320年以上の歴史を誇る「積善館」には、後藤新平ら政治家や日本画家の田崎草雲、歌人の柳原白蓮など多くの文人墨客が訪れている。 元禄4(1691)年に建てられ、日本最古の木造湯宿建築とされる本館の玄関は県の重要文化財に指定され、建築当初の太い梁や柱が現存する。昭和11年に桃山様式の粋を集めて建てられた山荘は国の有形文化財で建具などの意 [全文を読む]

台湾で味わう昭和ノスタルジー。台北の古民家カフェレストラン「青田七六」

GOTRIP! / 2015年09月16日06時06分

かつて、台湾が日本の一部だった時代には、後藤新平が近代的な上下水道を完成させ、八田與一(はった よいち)が烏山頭ダム(うさんとうダム)と用水路を建設するなど、目覚ましい発展を後押ししていた経緯があります。 また、現在でも残っている「拓殖大学」は、台湾を開拓するための人材を育成する教育機関として開校された大学で、数多くの日本人エリートが海を渡り当時の台湾の [全文を読む]

世界的建築家・安藤忠雄氏による経営者向け講演会「仕事をつくる」2015年9月13日(日)グランフロント大阪にて開催

@Press / 2015年08月31日13時30分

1979年に「住吉の長屋」で日本建築学会賞、1993年 日本芸術院賞、1995年 プリツカー賞、2003年 文化功労者、2005年 国際建築家連合(UIA) ゴールドメダル、2010年 ジョン・F・ケネディーセンター芸術金賞、後藤新平賞、文化勲章、2012年 リチャード・ノイトラ賞など受賞。 1991年 ニューヨーク近代美術館(MoMA)、1993年にパ [全文を読む]

松下幸之助氏の「失敗」の教訓 世襲にこだわった後継者選び

Business Journal / 2015年05月20日06時00分

一流の人は人を遺す」というのは、南満州鉄道初代総裁などを務めた後藤新平の言葉だが、企業は「ゴーイング・コンサーン」(継続企業の前提)であることが必要だ。 理由は至って簡単で、破綻や倒産は多くのステークホルダーに迷惑をかけるからである。筆者は、企業経営者にとって最も重要な責務は、会社を潰さずに長続きさせることだと信じている。そのために不可欠なのが、自分の持っ [全文を読む]

『台湾人と日本精神』著者 戦時欧米国と日本の決定的違い解説

NEWSポストセブン / 2015年05月01日16時00分

しかし、台湾を「化外の地」と呼んで放置してきた清国とは違い、大日本帝国は台湾に乃木希典、後藤新平、明石元二郎など、日本国首相になってもおかしくない一流の政治家や軍人、行政官を派遣し、台湾の近代化を推進した。台北市の下水道整備は東京よりも早かったほどである。私が通った公学校(小学校)の各教室にはスピーカーがついており、放送学習が行なわれていた。これも本土の [全文を読む]

台湾の大人気絶品グルメ「麺線」の専門店に行こう!東京・新橋の「台湾麺線」

GOTRIP! / 2014年11月26日06時57分

かつて、台湾が日本の一部だった時代には、後藤新平が近代的な上下水道を完成させ、八田與一(はった よいち)が烏山頭ダム(うさんとうダム)と用水路を建設するなど、目覚ましい発展を後押ししていた経緯があります。 また、現在でも残っている「拓殖大学」は、台湾を開拓するための人材を育成する教育機関として開校された大学で、数多くの日本人エリートが海を渡り当時の台湾の [全文を読む]

国立国会図書館のパブリックドメイン古書 『NDL所蔵古書POD』第二弾 「三省堂書店オンデマンド」から販売開始!

PR TIMES / 2014年06月20日10時21分

≪第二弾 作品リスト≫『百猫画譜』 仮名垣魯文 編 1878年刊/1,115円『フランダースの犬』 ウイダ(ルイス・デ・レミイ) 著 1908年刊/1,580円『自分で出来る美人の心得』 芳翠山人 著 1912年刊/1,170円『人形の奇遇 : 少年少女冒険小説』 押川春浪 著 1912年刊/2,039円『出雲神話』 後藤蔵四郎 編 1915年刊/1,69 [全文を読む]

二宮清純に聞く「球界の黄金ペア」

アサ芸プラス / 2013年05月30日09時59分

明治~大正期に活躍した政治家の後藤新平の言葉に「金を残す人生は下。事業を残す人生は中。人を残す人生は上」という言葉がありますが、仰木監督はまさに人を残した名監督。プロに入った頃、野茂はトルネード投法、イチローは振り子打法と、ともに個性的なフォームで、コーチの中には「基本ができていない」と否定的に捉える向きが少なくなかった。もし、選手の才能を認めて長所を伸 [全文を読む]

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