足利尊氏のニュース

頼朝、尊氏、信玄 肖像画が別人だった理由を教科書会社解説

NEWSポストセブン / 2014年11月23日07時00分

ところがこの肖像画の人物は今では歴史学者の研究によって、頼朝ではなく足利尊氏の弟の足利直義(ただよし)とする説が有力になりました」 東京書籍の小学生向け『新しい社会 6上』では、この肖像画に代わり鎌倉の鶴岡八幡宮に伝えられた「伝源頼朝坐像」を源頼朝として掲載している。その姿はだいぶふっくらし、我々の慣れ親しんだ頼朝とは全くの別人だ。 別人と判明した人物は源 [全文を読む]

東京から約1時間!でも降りたことある?静岡駅周辺の知られざる穴場&グルメ巡り

ガジェット通信 / 2016年10月31日19時37分

室町時代は足利尊氏に尊崇され、戦国時代は今川氏に庇護された清見寺。家康が幼少期に駿府で人質時代を過ごした時、ここの住職に学んでいる。その後、徳川の天下となると、清見寺は朝鮮通信使や琉球使節のための施設として使われるように。 秀吉の朝鮮出兵からギクシャクした両国の中を平和に、という家康の狙いは、この寺で実現されたのだ。 家康が植えたと言われる臥龍梅(がりゅ [全文を読む]

尊氏はこんなにムチャクチャだった。学校で教えてくれない南北朝時代

まぐまぐニュース! / 2016年02月17日08時00分

南北朝の争乱 1336(建武3)年、足利尊氏は京都に新しい天皇を立て、建武式目を定めた。これは、京都に幕府を開き、鎌倉時代初期の北条泰時らの政治を手本とする、幕府政治再興の方針を明らかにしたものだった。一方、後醍醐天皇は吉野(奈良県)にのがれ、ここに2つの朝廷が並び立つ状態が生まれた。両者は別々の年号を使った。 吉野に置かれた朝廷を南朝、京都の朝廷を北朝 [全文を読む]

乱のデパート室町時代から新たな展開! 新書『観応の擾乱』に発売前から期待が高すぎて止まらない

おたぽる / 2017年06月08日21時00分

つ、ついに来た!! 中公新書の7月の新刊として告知された、亀田俊和著『観応の擾乱 - 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い』。まだ、発売前であり誰も読んでいないというのに、早くも話題沸騰の注目の本となっているのだ。 亀田氏はこれまでも『南朝の真実:忠臣という幻想』(吉川弘文館)や『高一族と南北朝内乱』(戎光祥出版)といった、歴史クラスタならば必ず [全文を読む]

西郷どんは4日後に戦争突入。歴史上の人物は40歳頃ナニしてた?

まぐまぐニュース! / 2017年04月18日17時57分

翌1335年に足利尊氏が離反。正成は天皇に尊氏との和睦を進言するも却下され、ならばと迎え撃つための策を進言するも却下され、それでも天皇に尽くして、望みのない戦場へ投入されて、1336年湊川の戦いに敗れて自害。42歳でした。 足利尊氏の40歳は1345年。1338年に征夷大将軍に任ぜられ、後醍醐天皇の南朝と抗争を続けつつ、身内の足利直義と高師直が対立を深め [全文を読む]

後醍醐天皇の御霊を慰め670回目の春。京都天龍寺に今年も咲く桜

まぐまぐニュース! / 2017年03月23日16時00分

奈良県の吉野で没した後醍醐天皇の菩提を弔うために、足利尊氏・直義兄弟に勧めで建立されました。 法堂の天井に描かれている雲龍図は、平成9年に加山又造が描いたものです。龍は法の雨(仏教の教え)を降らすという意味や、龍神が水を司る神であるということから建物を火災から護るという意味があります。そのため京都の主要な禅寺の法堂の天井には龍が描かれています。 天龍寺の曹 [全文を読む]

壮絶な432名「一斉切腹」で幽閉!歴史から「抹殺」された天皇がおられた!

Business Journal / 2016年10月30日06時00分

しかし、その後、足利尊氏と後醍醐天皇は対立し、室町幕府を開設した尊氏は、光厳天皇の弟である光明天皇を即位させ、そこで光厳天皇は上皇となりひとまずの安心を手に入れた。ただし、後醍醐天皇が自身の廃位と光厳天皇の即位を否定したために、皇統譜には含まれないことになってしまった。その後も、足利尊氏や南朝側に拉致・幽閉されるなど、苛烈な人生を余儀なくされる。 ただし [全文を読む]

歴代足利将軍の菩提寺!5分で知る等持院の見どころ

Walkerplus / 2016年09月23日17時23分

1341(暦応4)年、足利尊氏が天龍寺の夢窓国師を開山に迎え創建。のちに尊氏、義詮(よしあきら)将軍当時の幕府の地にあった等持寺が移され、足利将軍歴代の菩提寺に。霊光殿に歴代将軍の木像が安置されるなど、現在も230年以上の歴史を伝える貴重な文化財が保存される。庭園は、夢窓国師が作庭した京都の名園の一つ。東西に分かれ、西の庭「芙蓉池」は衣笠山を借景にした池泉 [全文を読む]

落書きから見る歴史 いたずらが「第一級史料」を生み出す?

しらべぇ / 2016年09月22日05時30分

そういう経緯から、それまで後醍醐天皇の臣下だった足利尊氏が挙兵した。死を遂げるまで後醍醐側だった楠木正成ですら、「足利尊氏と和睦するべきだ」と主張している。つまり二条河原の落書は、この当時の大混乱を見事に書き表した文章なのだ。■カンボジアに日本の武士がもうひとつ有名な落書きを挙げれば、「アンコールワットの日本語文章」がある。これは17世紀、カンボジアにやっ [全文を読む]

TVは勉強の敵にあらず。家族で「大河」を観る子は勉強が好きになる

まぐまぐニュース! / 2016年09月07日19時00分

足利尊氏、新田義貞、後醍醐天皇、楠木正成、高師直など、個性豊かな歴史上の人物が次々と登場して、鎌倉時代から南北朝時代を経て室町時代に至るまで、わくわくしながら見たものでした。足利尊氏に興味を持ち、関連する本も何冊か読みました。一年間見ていると、その時代についてかなりくわしくなります。 大事なのは、よい番組を選んで見ることです。そのためには、そのときたまたま [全文を読む]

時代劇研究家が選ぶ大河ドラマBEST10 6位~10位

NEWSポストセブン / 2016年08月20日16時00分

【6位『太平記』(1991年)】主演/真田広之(足利尊氏)、原作/吉川英治、脚本/池端俊策・仲倉重郎 激動の南北朝時代を生きた室町幕府初代将軍・足利尊氏の活躍と苦悩を描く。大河初のふるさとコーナーが人気に。「日本史上でも屈指の混沌とした時代が、情熱的に描かれている。歴史の端境期のどさくさに現れた英雄から悪党まで、野心を抱えた有象無象が歴史の表舞台に現れては [全文を読む]

「真田丸」「トットてれび」の好演で小日向文世&満島ひかりが大河の主演候補に!?

アサ芸プラス / 2016年05月29日17時59分

「いま噂されているのが『足利尊氏』です。鎌倉時代末期から南北朝時代の動乱期を描いた『太平記』(91年)で、室町幕府初代将軍の足利尊氏を真田広之が演じ、視聴率26%を記録しています。確かに尊氏の肖像は小日向さんの雰囲気がありますからハマリそうです。ただ、再来年は64歳ですし、実際問題、熟年期しか描けないですから、大河の主演が成立するかは正直微妙ですね。逆に満 [全文を読む]

猛将・足利尊氏 武勇が災いし矢傷からの細菌感染で死去

NEWSポストセブン / 2016年05月19日07時00分

足利尊氏公(1305~1358年。享年52)の死因は何だったのか? 鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ室町幕府の初代征夷大将軍。尊氏は南北朝時代の歴史書『梅松論』に「戦場では命の危険をおそれず笑いながら勇猛に戦った」との記述があるほどの猛将で、幕府創設後も多くの戦いに赴いた。 だが1358年、対立していた弟・直義の残党との戦いの最中、矢傷によって細菌感染。背中にで [全文を読む]

片岡鶴太郎 『軍師官兵衛』で鼻を赤く塗った理由

NEWSポストセブン / 2017年04月09日16時00分

* * * 片岡鶴太郎は1991年の大河ドラマ『太平記』で狂気の権力者・北条高時を演じて主人公の足利尊氏(真田広之)と対峙、作品前半を大いに盛り上げた。 「最初の撮影は足利でのロケで、闘犬のシーン。真田さんが犬に引きずりまわされているのを『まわれ、まわれ』と喜ぶ芝居があるんですが、セリフを読んでいると声が高くなる。ちょっと狂気っぽいような。その案に監督も [全文を読む]

小中学校で「聖徳太子」や「鎖国」が消える?そのワケは?

JIJICO / 2017年03月06日09時00分

歴史の記述が変わることは珍しくない 研究が進み新しい説が定着して、歴史の記述が変わる例としては、かつて「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」と暗記した「鎌倉時代」の始まりが、頼朝が守護・地頭を設置した1185年からとされるようになったことや、長く「足利尊氏像」として教科書に掲載されていた絵が、現在は「騎馬武者像」とされていることなどもあります。 今回報じら [全文を読む]

【世界遺産】ふだんは見ることもできない、非公開の京都の寺院に泊まる旅5軒

TABIZINE / 2017年02月12日12時00分

【1日目】 13:30 チェックイン 15:00 仏殿にて坐禅体験 15:45 方丈にて写経体験 17:00 夕食(普茶料理解説) 【2日目】 7:00 仏前にて坐禅・読経体験 8:00 朝食 9:30 自由散策 11:30 チェックアウト <施設> トイレ/有・洗面所/有・風呂/有・シャワー/有 冷暖房/有、ベッド/無(和式布団を利用) 、無料WiFi [全文を読む]

もし本能寺の変がなかったら…信長は天下を取っていた?

しらべぇ / 2016年12月19日10時00分

室町幕府の衰退は諸大名や各寺社勢力の財力が幕府を上回ったから起きたのであり、そうした仕組みを作ったのは足利尊氏。この人は軍人としては超優秀だったが、政治家としては二流以下だった。すなわち、尊氏の失政の後始末を信長がやったと表現しても間違いではないのだ。■信長の「善政」信長はひたすら財力を増やすことで、抵抗勢力を次々に打ち負かした。彼の政策の基本は「自由貿易 [全文を読む]

【京都】美しさに言葉はいらない。嵯峨嵐山で涙する紅葉の並木道

まぐまぐニュース! / 2016年11月26日10時00分

後醍醐天皇の菩提を弔うために足利尊氏が夢窓礎石に造らせたものです。まさに天下人になったかのような眺めです。 遠方には庭と一体となって見える亀山を借景に取り入れているのでとても雄大な景色です。また曹源池庭園の西側の紅葉のトンネルも美しく絶好の紅葉スポットです。 ● 天龍寺 紅葉 日本一の名庭を彩る紅葉はココ!? あまりの美しさに涙が出る「もみじの並木道」 二 [全文を読む]

ランチも土産も!この秋5時間で巡る嵐山おすすめ観光コース

Walkerplus / 2016年11月02日17時30分

看板メニューの「プレミオピスタチオ」(550円)は、イタリアのジェラートコンテストで2度入賞した実績を持つ一流の味わいなので一度は味わいたい! 【↓次のスポットへは徒歩5分】 ■ <2(所要時間60分)>嵐山を借景にした見どころ満載の名刹“天龍寺” 1339年、後醍醐天皇の冥福を祈るため、時の将軍・足利尊氏が亀山離宮を禅寺に改めたのが始まりとされる天龍寺。 [全文を読む]

四季折々の景観が楽しめる景勝地!3分で知る嵐山・嵯峨野まとめ

Walkerplus / 2016年10月24日20時08分

嵐山を借景とする庭園が有名な天龍寺は、足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るために創建した寺院。天井の雲龍図も迫力がある。雲龍図は、土・日・祝日と、春と秋の特別公開のみ参拝できる。 天龍寺の北側から約300mに渡って続く“竹林の道”は、嵐山のもう一つの代表的な景観。空に向かって真っすぐ伸びる竹が道の両脇に生い茂り、非日常的な風情を漂わせている。竹林の中に立つ野 [全文を読む]

フォーカス