笠原和夫のニュース

「ノンフィクションW 映画「仁義なき戦い」を書いた男 脚本家・笠原和夫 創作の記録」が映文連アワード2014 優秀企画賞を受賞!

PR TIMES / 2014年09月12日19時20分

映文連アワード2014において、「ノンフィクションW 映画「仁義なき戦い」を書いた男 脚本家・笠原和夫 創作の記録」が高く評価され、優秀企画賞に選出されることが決定いたしました。 映文連アワードは、「プロフェッショナルが選ぶ、プロフェッショナルの仕事にふさわしい作品」を積極的に発掘・顕彰することによって、短編映像業界の活性化を図るとともに、次世代を担う新し [全文を読む]

<追悼・菅原文太>今でもそらんじることができる「仁義なき戦い」広能昌三のセリフ

メディアゴン / 2014年12月03日00時02分

原作はモデルである本物のヤクザ・美能幸三が書いた手記であり、それを、取材してまとめあげた脚本家・笠原和夫の血の出るような綿密なシナリオハンティンッグの成果である。(「昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫」太田出版)監督は言わずと知れた深作欣二。しかし、笠原和夫がホンを書いたのは「仁義なき戦い(1973年)」「仁義なき戦い 広島死闘篇(1973年)」「仁義なき戦い [全文を読む]

文太、松方、千葉、梅宮ほか『仁義なき戦い』シビれる名言集

NEWSポストセブン / 2017年02月23日07時00分

その最大の魅力は、脚本家・笠原和夫が書き、男盛りの役者陣が魂を吹き込んだ「名セリフ」にある。『仁義なき戦い』は、実際に起きた広島ヤクザ戦争の当事者である美能組・美能幸三元組長の獄中手記をもとに映画化された。戦後の日本を震撼させた抗争劇が、謀略や裏切りのエピソードと共に生々しく描かれる。 第1作『仁義なき戦い』(1973年)は、山守組が誕生し、広能昌三(菅原 [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(3)“仁義なき戦い”の脚本に触発されて…

アサ芸プラス / 2014年12月26日09時57分

以前、深作と組んで正面衝突した経験のある脚本担当の笠原和夫など、深作反対派の急先鋒だった。 だが、最後は俊藤の鶴の一声で深作監督に決定、そのとき出した笠原の条件が、 「オレの脚本は絶対に直さないこと」 だった。 そんないきさつがあって、深作は笠原の台本を読んだ。結果、返ってきた答えは、 「いやあ、おもしろい。このままいきます」 というもので、笠原は思わず自 [全文を読む]

千葉真一 『仁義なき』大友役で「芸名を変えてもいいと…」

NEWSポストセブン / 2017年02月25日07時00分

脚本の笠原和夫さんは、その前に『日本暗殺秘録』(1969年)で僕が演じた小沼正のヤクザ版として山中を描いた。だから僕も山中のセリフは完全に入っていた。 それを欣也ちゃんが「大友はできない」と言ったから、クランクイン直前で役が入れ替わった。実は彼とは役柄交代は2回目。そりゃあ、向こうは市川右太衛門さんの御曹司で、こっちは雑草。それでも2回目となると「勝手にし [全文を読む]

追悼・松方弘樹「修羅の74年」烈しすぎる秘話!(2)隠し子発覚でパイプカット

アサ芸プラス / 2017年02月06日12時57分

ラブシーンをやるのでも、何か1つは工夫を入れてくるしね」 高田は、笠原和夫に代わって「仁義なき戦い 完結篇」(74年、東映)を担当する。大友勝利(宍戸錠)と並び、凶暴な“ヤクネタ”として松方に市岡輝吉役を用意。松方は目の下に朱を入れるというアイデアで、市岡の不気味さを表現した。 だが、高田が脚本を書き、松方と高倉健が壮絶な銃撃戦をやった「野性の証明」(78 [全文を読む]

戦争映画で日本を加害者に描くと製作資金が集まらない!『野火』の塚本晋也監督と松江哲明監督が語る日本映画の悲惨な現実

リテラ / 2016年05月13日12時00分

二人は中部、東海地方で出版されている芸術批評誌「REAR no.36」(リア制作室)で対談をしているのだが、そのなかで松江氏はまず、脚本家の笠原和夫氏など実際の戦争体験者がつくった過去の戦争映画と、最近の日本の戦争映画とを比べてこのような苦言を呈している。「最近出てきた体験者じゃない人がつくる、あまりにも現代的な視点が強すぎる戦争映画にすごく違和感を持っ [全文を読む]

<映画「スポットライト」>いかにして「再現ドラマ」にアカデミー賞を受賞させたのか

メディアゴン / 2016年04月23日07時30分

その点で思い出したのは笠原和夫脚本・実録「仁義なき戦い」(深作欣二監督)である。 [全文を読む]

「ただそれだけのこと」テロ行為を爽やかに語る若者 ― 元・封印映画『日本暗殺秘録』が問うたもの

tocana / 2015年02月01日08時00分

監督は「実録ヤクザ路線」の中島貞夫、脚本は「仁義なき戦いシリーズ」の笠原和夫と任侠映画の巨匠コンビ。1860年3月3日に発生した「桜田門外の変」から1936年2月26日の「二・二六事件」まで、幕末から昭和にかけての9大テロ事件を時系列で再現した。わかりやすいように、各事件の配役を列記してみよう。・桜田門外の変(1860年)......大老・井伊直弼を斬首 [全文を読む]

緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(14)東映スターからの転換期

アサ芸プラス / 2015年01月13日09時56分

東映京都のメイン脚本家・笠原和夫は、自分が書いたものの盗作ではないかと東京撮影所の吉田達に怒りをぶつけたのだ。 確かに、高倉とともに敵陣へ斬り込んでゆく「侠客伝」の中村錦之助が、傘を持った「残侠伝」の池部良に変わっただけという見方もされたが──、 「もともと『日本侠客伝』だって、京都撮影所長に戻った岡田茂さんが『忠臣蔵』を下敷きにして作ろうと言い出したもの [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(1)監督と“感覚”が一致

アサ芸プラス / 2014年12月26日09時55分

もっとも、氏の話が、深作欣二監督や脚本を書いた笠原和夫、川谷拓三や室田日出男など、いわゆるピラニア軍団と称された俳優たちに及んだとき、なぜ「仁義なき戦い」という傑作が生まれたのか、その秘密の一端がうかがえるような話になったのはむしろ当然で、興味は尽きなかった。 「仁義なき戦い」は、それまで東京撮影所でしか撮っていなかった深作欣二にとって初めての京都撮影所 [全文を読む]

追悼・菅原文太 「仁義なき戦い」共演俳優たちが明かした秘話(1)松方弘樹が振り返る屈指の名場面

アサ芸プラス / 2014年12月16日09時55分

〈馬の小便いらんならホンマの小便飲ましたろか!〉 〈おお、飲ましてみいや〉 稀代の脚本家・笠原和夫らしい比喩だが、だからこそ文太は伊吹に耳打ちした。 「吾郎よ、お前のセリフで『馬の小便』の例えは際立ってるぞ。いいか、ここが正念場だぞ」 遠慮せずにぶつかってこいというアドバイスだった。 [全文を読む]

深作欣二「仁義なき戦い」の脚本に一目惚れ

アサ芸プラス / 2012年12月25日10時00分

そのシナリオは稀代の脚本家である笠原和夫によって書かれた。日下部と笠原が別件で作家・飯干晃一の家へ寄ったところ、美能幸三元組長の獄中手記を見せられた。実際に起きた「広島ヤクザ戦争」が当事者によって克明に描写され、飯干は手記をもとに週刊誌で連載を始めるという。 一読した日下部は興奮を抑えきれず聞いた。 「これ、連載のタイトルは何ていうんですか?」 「ああ、 [全文を読む]

萩原健一、深作欣二は「めったにいない頼れる監督」

アサ芸プラス / 2012年11月21日10時00分

このタイトルには変遷があり、深作と脚本家・笠原和夫が「仁義──」の直後に準備した「実録・共産党」が出発点だ。同作は諸般の事情により東映では見送られたが、映画界の風雲児となった角川春樹が「角川映画としてやりたい」と申し出る。 「タイトルも決めています。角川文庫で使っている河野典生の『いつか、ギラギラする日々』って小説の題をもらえますから」 この話も立ち消え [全文を読む]

「仁義なき戦い」40年目の壮絶秘話(1)「顔のシワ作り」に励んだ松方

アサ芸プラス / 2012年02月02日10時54分

稀代の脚本家・笠原和夫氏によるシナリオを、深作欣二監督が手持ちカメラを多用したり、ストップモーションやナレーションを効果的に使った演出で昇華される。さらに広能昌三役の菅原文太を筆頭に、ここから大きく飛躍する役者たちのエネルギーが渦巻いた。 坂井役だけでなく、シリーズに別の役で3度登場し、3度とも殺された松方が言う。 「1作目で文太さんと並ぶと、まだ30歳だ [全文を読む]

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