十河信二のニュース

中村雅俊×南果歩 スペシャルドラマ「妻たちの新幹線」NHK名古屋放送局で制作開始!

PR TIMES / 2014年05月29日14時49分

そして、島を技師長に選んだ第4代国鉄総裁、十河信二。 この二人なくして東海道新幹線は実現できなかったと言われています。 戦後の高度経済成長に向け、空前絶後の国家的プロジェクトである新幹線開発に挑む鉄道マンのし烈な闘いを熱く描きながら、“鉄道技術に生きた家族”の絆を浮き彫りにする「涙と感動の物語」を、今秋NHK名古屋放送局からお届けします。ご期待ください。 [全文を読む]

【著者に訊け】牧久氏 国鉄分割・民営化を描いた作品語る

NEWSポストセブン / 2017年04月13日16時00分

元満鉄理事で国鉄第4代総裁を務めた新幹線の父・十河信二の評伝『不屈の春雷』も手がけるなど、鉄道や昭和史とは縁が深い。「私は60年安保の年に上京して、日経の社会部に入ったのが東海道新幹線開業で国鉄が単年度赤字に転じた1964年。自分の記者生活と国鉄解体への20年がちょうど重なるんですね。 特に累積赤字が表面化し、国鉄が5万人の合理化策を打ち出した1967年以 [全文を読む]

1964年東京五輪に学ぶ借金を残さないレガシー五輪とは?

NEWSポストセブン / 2016年11月03日16時00分

旧国鉄内からですら新幹線は不要と言われ、それをひとりで跳ね除け、東京五輪までに絶対開通させると奔走したのが、第4代国鉄総裁の十河信二です。3000億円という国家予算の1割以上のお金が必要と分かり、予算の半分で提示し、閣議決定を先行させた。予算不足で頓挫はいけないので、世界銀行からお金を借り、国家レベルの約束事にして無理やり開通させた伝説の人です。 [全文を読む]

テレビ東京 美の巨人たち

PR TIMES / 2016年09月15日14時35分

1955年、東海道新幹線の計画が持ち上がり、島は時の国鉄総裁・十河信二からプロジェクトリーダーに抜擢される。父との悲願だった「弾丸列車計画」の夢を再生すべく、島は“0系新幹線”の開発に心血を注ぐ。“D51”と“0系新幹線”に共通する島流の“美しきメカニズム”とは? ≪プロデューサー コメント≫ 何十年経っても多くの日本人の心の中から消える事のない、勇ましい [全文を読む]

あの頃の日本は熱気にあふれていた─ 1964年東京オリンピックの壮大な準備譚

ダ・ヴィンチニュース / 2016年05月06日11時00分

オリンピック選手村の食事を任された帝国ホテルの村上信夫さんも大変な活躍をされていますし、東海道新幹線の敷設に力を尽くした元国鉄総裁の十河信二さんも魅力的。衛星中継での放送を実現させたのも、公衆トイレのマークなどのピクトグラムが生まれたのもこの頃です。とはいえ、私が書くなら経済にフォーカスしたものにもしたい。そこで東京オリンピック開催時の首相であり、経済の舵 [全文を読む]

【著者に訊け】牧久氏 新作『満蒙開拓、夢はるかなり』を語る

NEWSポストセブン / 2015年08月18日16時00分

著者・牧久氏には元国鉄総裁・十河信二の生涯を描いた前著『不屈の春雷』があり、本書もその延長にある。同書を読んだ東宮の係累から連絡があり、戦後テロリスト扱いされた東宮の真の姿を書いてほしいと戦前の資料を託されたのだ。同じ頃、加藤の四男・弥進彦(やすひこ)氏からも〈父の実像を先入観なく客観的に書いてくれるなら〉と資料一式を託される。それほど満蒙開拓の実像は今 [全文を読む]

かつての政治家たちが新幹線建設に反対していた理由 ―筋縄ではいかないその歴史

ダ・ヴィンチニュース / 2015年04月08日11時40分

今でこそ、“新幹線=政治の産物”みたいなイメージもあるけれど、当時新幹線建設を推し進めた十河信二国鉄総裁は必死になって反対論をくぐり抜けて新幹線建設にこぎつけたのだ。 なぜ政治家たちは反対したのか。その辺りの事情とその後の動きを、『新幹線の歴史』を参考に追いかけてみよう。 当時の政治家は地元に在来線を通すことに躍起になっていた。「新幹線なんてものにお金と労 [全文を読む]

JRでタブーになった「リニア新幹線」慎重論...「新幹線の父」の意見も封印

リテラ / 2014年09月13日17時30分

1955年に当時の国鉄総裁・十河信二の申し入れで、副総裁格の国鉄技師長となった島は、十河とともに東海道新幹線の実現に尽力した。おそらく彼らがいなければ新幹線は完成しなかっただろうし、大都市間の旅客輸送の主役は鉄道から飛行機や自動車へと完全に移行していたはずだ。それだけに、島が新幹線の進化形ともいうべきリニアに疑念を抱いていたというのは、意外な気すらする。 [全文を読む]

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