人見絹枝のニュース

【プロ野球】《センバツトリビアPart 1!》坂本九×人見絹枝×象×背番号=センバツ?

デイリーニュースオンライン / 2017年03月20日17時05分

これは前年の1928年、アムステルダム五輪に出場して銀メダルを獲得した人見絹枝のアイデアとされている(※人見はセンバツ主催者である毎日新聞社の社員でもあった)。 五輪の舞台で自身が感動した演出方法を参考に、センバツに反映したわけだ。同様に、人見の発案により、この大会から勝利チームによる試合後の校歌斉唱・校旗掲揚も始まった。 また、日本の野球シーンにおいて、 [全文を読む]

リオ五輪・陸上男子400メートルリレーで快挙の理由

経済界 / 2016年11月21日11時24分

オリンピックでの陸上トラック種目での銀は、1928年アムステルダム五輪の人見絹枝(800メートル)にまで遡らなければならない。止まっていた時計を動かしただけでも快挙の名に値する。 大仕事をやってのけた4人とは一走・山縣亮太、二走・飯塚翔太、三走・桐生祥秀、アンカー・ケンブリッジ飛鳥。 この4人の自己ベスト(レース前)は山縣10秒05、飯塚10秒22、桐生 [全文を読む]

女性が参加できるオリンピック競技はテニスとゴルフだけだった! 知られざる五輪の歴史

ウートピ / 2016年08月19日12時51分

この年から始まった女子陸上に人見絹枝選手が唯一の日本人女性として出場。見事、銀メダルを勝ち取りました。 [全文を読む]

北京五輪400mリレーでドーピング疑惑 日本男子は繰り上げで「銀」か

しらべぇ / 2016年06月07日05時29分

黒人選手が本格的に登場する以前は人見絹枝などのメダリストを輩出していたが、今は決勝に進むこと自体が至難の業だ。だが、400メートルリレーでは日本にもメダルのチャンスがある。なぜなら、バトンワーキングは体格では補えない技術を要するからだ。現に日本の男子リレーチームは、2008年の北京オリンピックで銅メダルを獲得した。ところが、そのメダルの色が変わるかもしれな [全文を読む]

澤穂希選手、松井秀喜氏、三浦知良選手からモハメド・アリ氏、アベベ氏まで・・・スポーツ選手やスポーツに関わる人物20人を掲載「10分で読める スポーツで夢をあたえた人の伝記」新発売

PR TIMES / 2015年07月17日12時52分

―本文掲載人物―(敬称略) 澤穂希、松井秀喜、三浦知良、佐藤真海、モハメド・アリ、嘉納治五郎、人見絹枝、アベベ・ビキラ、河合一、ベーブ・ルースほか10人 [画像2: http://prtimes.jp/i/2535/525/resize/d2535-525-600398-0.jpg ] 2.人物のことが「名言」で、よくわかる! [画像3: http:// [全文を読む]

開幕直前! センバツの入場行進曲をクローズアップ

デイリーニュースオンライン / 2015年03月20日10時50分

1929年の第6回大会からで、発案は日本人女性として初のオリンピック金メダリストでもある人見絹枝といわれている。 人見本人が出場してきた数々の国際大会の様式を伝え、プラカードを持った先導者に続いて選手たちが曲に合わせながら行進する「入場行進」は、日本全国に広まった。 流行歌が使用されるセンバツ 夏の甲子園の曲といえば、『栄冠は君に輝く』が有名。しかし、あれ [全文を読む]

釜本邦茂氏 野球は日米限定、サッカーは世界行けると始めた

NEWSポストセブン / 2013年11月05日07時00分

身長も163cmと明治の女性としては大柄で、日本人女性初の五輪メダリストである人見絹枝さんとも競ったといっていた。ちなみに警察官を務めた後、陸軍中佐にまでなった父も、175cmと長身で、剣道3段の腕前だった。 釜本家は長男がテニス、次男は卓球、長女はバスケット、三男の私がサッカーと、皆がアスリートだったが、父母のこのDNAからすれば当然だったのかもしれない [全文を読む]

<迫る「球春」 頑張れ! 高校球児!> 第85回記念選抜高等学校野球大会 「センバツ応援イメージキャラクター」に吉本実憂さんを任命

PR TIMES / 2013年02月28日14時06分

高校野球を代表するシーンの一つになっている「勝利チームの校旗掲揚と校歌吹奏」は、アムステルダム五輪銀メダリストで当時大阪毎日新聞記者だった人見絹枝さんの発案で、第6回センバツ大会から始まりました。また、背番号の着用も第8回センバツ大会で試験的に始まるなど、高校野球には戦前のセンバツ大会から始まったスタイルが数多く残っています。太平洋戦争の影響で1942年か [全文を読む]

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