柳沢吉保のニュース

【江戸のクイズ】旗本と御家人の身分を分ける基準は何か?

NEWSポストセブン / 2015年09月13日16時00分

では、旗本と御家人の身分を分ける基準として、正しいのはどれでしょう? (い)家禄500石以上が旗本で、未満が御家人 (ろ)江戸城内に入れるのが旗本で、入れないのが御家人 (は)将軍に御目見(拝謁)できるのが旗本で、できないのが御家人 (に)関ヶ原の戦い以前からの家臣が旗本で、以後になったのが御家人 【問2】将軍の日常生活や政務の場だった中奥の長官で、おもに [全文を読む]

【書評】通説の虚をついた大胆な推論による徳川家歴史実録

NEWSポストセブン / 2017年04月21日07時00分

「鎖国始末」「大久保忠隣の改易」「釣天井始末」「柳沢吉保」「社界魔」……。タイトルを見ただけでワクワクする。学者には相手にされないが、「実録」というイキのいい語りでしるされ、威勢よく通説に異をとなえているからだ。校注者加藤貴による注記は一六五ページに及び、これだけで独立した一冊としてたのしめる。 鎖国に至る前のイエズス会と時々の権力者とのかかわりは、前近 [全文を読む]

ご存知ですか? 3月20日は赤穂浪士切腹の日です

文春オンライン / 2017年03月20日07時00分

そのなかにあって、あくまで極刑をもって処すつもりでいたのが、綱吉の重臣・柳沢吉保だ。柳沢は、家中の儒者・荻生徂徠(おぎゅうそらい)の提言を参考に、浪士らの面目を立てつつ、助命論を押しつぶせるとの理由から切腹という処置を選ぶことになる。 その日、松平家に預けられた最年少浪士、大石良雄の16歳の長男・主税(ちから)は、家中の者に呼ばれると、そばにいた浪士のひと [全文を読む]

【今週の対決】六義園vs.後楽園、紅葉の庭園の軍配は!?

WEB女性自身 / 2016年12月05日06時00分

六義園は、五代将軍徳川綱吉の重臣・柳沢吉保によって造られた大名庭園だ。めた坊が行った日はなんと東京で初雪、秋と冬が同居した景色のなかでもみじを楽しむことができた。 なかなか風情があると楽しんでいたんだけど、この寒さには勝てずに茶屋を探す。お酒が飲めるところもあり、紅葉&雪見酒を楽しもうとしたんだけど、ここはグッと我慢 。後ろ髪をひかれつつも、抹茶セット(5 [全文を読む]

男色武士道:天下泰平の新キャリア/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年06月23日12時30分

『葉隠』の著者として知られる山本常朝(1659~1719)も、柳沢吉保と同年生まれ。下級藩士老年の子で、9歳で佐賀藩主鍋島光茂(1632~1700、36歳)の小姓となり、その寵愛を受け、晩年まで光茂に仕えた。殉死こそ法令で禁じられたが、その死後も光茂への愛慕の念止まず、愛しい主君様のために命を懸けて恋い焦がれることこそが武士道だと、真顔で言う。男色と朱子 [全文を読む]

ディカプリオ MYカメラ持参で大興奮!お忍び桜巡り2日間

WEB女性自身 / 2016年03月31日06時00分

江戸時代の大名・柳沢吉保が造営した名庭園だ。そう、なんとレオ様が選んだのは、この日もお花見! 正門入口に車が停まると、ハンチング帽にサングラスをかけたレオ様が、降りてきた。どこからどう見ても、オーラ全開のレオ様だが、不思議と他のお客さんは気づかない。六義園の最大の見どころは、有名な「しだれ桜」。ピンク色に近い、濃い薄紅色のしだれ桜は、まだ五分咲きだったが、 [全文を読む]

【書評】赤穂義士の心中に切ないほど同化できる日本人とは

NEWSポストセブン / 2016年02月07日16時00分

執政だった柳沢吉保は伊達に大学者の荻生徂徠を500石で抱えていたわけでない。 徂徠は、義と法、私と公という鮮やかな法概念を駆使して、武士の名誉たる切腹刑で世上の不満を抑え、義士たちの面目も保ち、幕府の権威を守った。読者が驚くのは、義士預かりの大名家が遣わした引き取りの武士数の多さだ。細川家750人、松山松平家300人、長府毛利家200人、岡崎水野家150人 [全文を読む]

【今週の対決】江戸名庭園の紅葉 小石川後楽園VS.六義園

WEB女性自身 / 2015年12月02日06時00分

五代将軍・徳川綱吉の側用人の柳沢吉保が、7年の歳月をかけて造った庭園だ。小石川後楽園と同じく外国人の入場者が多かった。こちらも、茶屋でおにぎりを食べたりして庭園を眺めている人が多かった。吹上茶屋では、上生菓子つきの抹茶や甘酒がいただけると聞いためた坊、甘酒を飲もうと意気込んで茶屋に向かったものの、あまりに混雑していたので断念 。 庭園内の紅葉の色づきは、ま [全文を読む]

銀座と新橋はかつて海だった!東西を結ぶ大動脈は、東海道ではなく中山道だった?

Business Journal / 2015年07月28日23時00分

徳川5代将軍・綱吉の寵臣だった柳沢吉保などの例外を除いて、6代将軍に就任する前の家宣が「甲府宰相」と呼ばれたように、将軍の一族などが襲封するケースが大半で、その治世すらさほど長くはない。ほとんどの期間は直轄領とされ、大名の代わりに幕府直臣の代官や奉行などが甲斐を監督していた。 そうなったのは理由があり、甲斐国は将軍が鎮座する江戸にとって欠かせない、西方から [全文を読む]

石坂浩二 権力者を演じる時は孤独を味わうために挫折を探す

NEWSポストセブン / 2015年03月01日16時00分

* * * 石坂浩二は大河ドラマでは『元禄太平記』の柳沢吉保、『草燃える』の源頼朝、近年では『白い巨塔』の東教授や映画『沈まぬ太陽』の航空会社社長など、権力者の役を演じることが多い。「権力者を演じる時は、彼らが挫折する場所を探すようにしています。観る方は気付かなくとも、演じながら権力者の孤独みたいなものを味わってみたいんですよ。しかも権力のあり方が違うか [全文を読む]

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