石津謙介のニュース

格差の時代を「読書」で生き抜く、ニュータイプ人生論『「ブレない」自分のつくり方~格差時代のサバイバル読書術~』「サヤマ・ペーパーバックス」第二弾・NextPublishingメソッドで発行

PR TIMES / 2015年03月03日10時28分

哲学者森有正(1911-1976)、ファッションプロデューサー石津謙介(1911-2005)の長年にわたる研究者。主著書に半自叙伝『雑誌的人間』(リトルモア)、『デザインと人』(マーブルトロン)、長編バイオグラフィー『VANから遠く離れて 評伝石津謙介』(岩波書店)、本邦初のオール・サッカー本書評集『夢想するサッカー狂の書斎 -ぼくの採点表から-』(カンゼ [全文を読む]

模倣から始まった日本の男性ファッション、逆に欧米を刺激する時代に

まぐまぐニュース! / 2015年12月09日13時00分

1960年代に日本にアイビー・ファッションを広めた石津謙介氏を話題にし、同氏が日本の若者のファッションのベーシックスタイルを、プレッピーと呼ばれる米国アイビーリーグの若い大学生のスタイルに求めたことを紹介している。マルクス氏は、日本人は時を経て、単にアイビーリーグやアメリカンスタイルを模倣した過去から進化し、「アメトラ(アメリカン・トラディショナルの意)」 [全文を読む]

模倣から始まった日本の男性ファッション、逆に本家を刺激する時代に 欧米で高評価

NewSphere / 2015年12月09日06時00分

1960年代に日本にアイビー・ファッションを広めた石津謙介氏を話題にし、同氏が日本の若者のファッションのベーシックスタイルを、プレッピーと呼ばれる米国アイビーリーグの若い大学生のスタイルに求めたことを紹介している。マルクス氏は、日本人は時を経て、単にアイビーリーグやアメリカンスタイルを模倣した過去から進化し、「アメトラ(アメリカン・トラディショナルの意)」 [全文を読む]

こだわり抜いたメイドインジャパン、着ける人の個性を引き出すアイヴァンのサングラス【Today's item】

FASHION HEADLINE / 2015年05月15日20時00分

当時、防塵眼鏡を主に製造していた山本光学(旧・山本眼鏡レンズ製作所)と、石津謙介率いるアパレル会社、ヴァンヂャケット(VAN JACKET INC.)によって「アイヴァン(EYEVAN)」が誕生。 そしてその後、彼らがこだわり抜いたメイドインジャパンの製法、また眼鏡をただの道具ではなく、着用する人のパーソナリティーを引き出す「着る眼鏡=アイウェア」として打 [全文を読む]

神戸ファッション美術館で新春特別展示。阪神・淡路大震災と戦後の阪神、2視点でファッションを読み解く

FASHION HEADLINE / 2014年12月15日21時00分

田中千代や原田和枝、上田安子、石津謙介、コシノヒロコといった、この地を代表するデザイナーの作品にも注目だ。 関連トークイベントは3月28日を予定しており、テーマは「阪神間の洋裁文化の形成」と「大阪から発信したVANの創業期から現在」。ワークショップ「50's-70'sファッションをシルクスクリーンでプリントしよう!」は、2月22日に開催される。 【イベント [全文を読む]

街や発展見つめるNHK「シリーズ東京」、第1回は銀座・サンモトヤマ会長登場

FASHION HEADLINE / 2014年10月08日18時00分

第2回「青山通り」では「ヴァン(VAN)」ブランド創設者の故・石津謙介、第3回「六本木」にはイタリアンレストラン「キャンティ」オーナーを務めた故・川添梶子を特集する。 [全文を読む]

テリー伊藤対談「山本寛斎」(1)「元気が出るテレビ」のタイトル秘話

アサ芸プラス / 2014年10月07日09時58分

テリー 寛斎さんが出てきた時は、デザイナーの石津謙介さんに代表されるような、日本中がアイビールックの全盛期でしたよね。そんな中で、寛斎さんは特別な存在で、誰にも理解されないようなファッションでしたよね。 寛斎 四十数年前、なぜ私が日本ではなく、ロンドンからデビューしたかということにつながっていくんですよね。簡単に言うと、日本じゃモテなかったんですよ(笑) [全文を読む]

【ホテルオークラ東京】完璧を追い求めたフランス料理界の巨人の本格評伝が誕生

PR TIMES / 2014年04月14日19時11分

ホテルオークラ総料理長 小野正吉-フランス料理の鬼と呼ばれた男序章 アメリカを知り、超えようとした伊達男たち1、小野正吉と石津謙介2、大倉喜七郎と野田岩次郎第2章 小野の半生、ホテルオークラ入社まで3、戦前の修業時代4、「東京ニューグランド」とフランス語5、小野と戦争6、戦後の苦労と米軍病院7、「アラスカ」「コックドール」から「日比谷アラスカ」へ8、日本の [全文を読む]

1964年の東京五輪から始まった日本発の「デザイン革命」とは

NEWSポストセブン / 2013年10月09日07時00分

他にも往時の大会では岡本太郎、磯崎新、榮久庵憲司(工業デザイナー)、石津謙介、森英恵といった人々が参加している。 亀倉はまた、記録映画『東京オリンピック』の監督に市川崑を推薦。市川は脚本に谷川俊太郎を起用、キャメラマンに映画『羅生門』などの撮影で知られる宮川一夫ら、当時の一流スタッフが参集した。そうして、できあがった記録映画は1960万人の観客動員を記録し [全文を読む]

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