後楽園球場のニュース

よみがえる名場面。プロ野球・日本シリーズ伝説の瞬間「激闘!昭和編1」

3 / 2016年10月25日06時00分

ちなみに、このシリーズのヤクルト主催試合は、東京六大学のリーグ戦と日程が重複したため、本拠地の神宮球場ではなく後楽園球場で行なわれた。もし神宮での開催なら、疑惑の一打はどうなっていただろうか。 【1971 巨人vs阪急】 若きアンダースロー、山田久志の快投をひと振りで粉砕! 世界の王貞治が逆転サヨナラ3ラン 敗れた若きサブマリンはマウンド上でうずくまり、 [全文を読む]

【西武】80~90年代の黄金カード「LG決戦」の記憶

2 / 2017年06月07日11時00分

舞台を後楽園球場に移した第3戦は、9回ウラ、森繁和(現中日監督)が駒大先輩の中畑清にサヨナラ打を打たれ連敗。試合後の広岡監督は「シゲ(森)は(学生時代に)中畑にボコボコにされていたからでしょう」と。昔の大学野球部のタテ関係を知らしめたここまでの戦いでした。 5試合戦った時点で巨人が3勝2敗と王手。その夜のミーティングで広岡監督はマイクを持つと「カラオケはな [全文を読む]

長嶋茂雄デビュー4三振 金田正一が負けられなかった理由

2 / 2017年03月31日07時00分

長いプロ野球の歴史の中でも、極めつけの伝説として語られるのが、1958年4月5日に後楽園球場で行なわれた巨人対国鉄の開幕戦だ。 東京六大学通算8本塁打という当時の新記録を打ち立てて巨人に入団したゴールデンルーキー・長嶋茂雄のデビュー戦。国鉄のエース・金田正一との直接対決は岸信介首相も観戦に訪れ、日本中の注目を集めた。 4万5000人の観衆の前で、長嶋は4打 [全文を読む]

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

2 / 2017年03月10日20時00分

6月25日、後楽園球場で行われた大阪タイガースとの一戦。昭和天皇が観戦する中、長嶋はチームメイトの王貞治と共にホームランを放った。ON(オーエヌ)砲第1号である。さらに9回裏、村山実投手からサヨナラ本塁打。劇的な幕切れに、国民が熱狂した。 かくして、プロ野球の人気は大学野球を凌駕。以後、長きにわたり、巨人戦のナイター中継は日本テレビのドル箱になる。■ヴァ [全文を読む]

【プロ野球】「球場へ足を運んでもらうため」 野球のベストパートナー、テレビ中継繁栄史

2 / 2016年11月21日17時05分

翌29日には早くも後楽園球場から巨人対阪神のナイターを生中継。都内29カ所、神奈川など周辺13カ所に街頭テレビを設置して、野球ファンを喜ばせたという。 ■1976年4月1日……フジテレビ系『プロ野球ニュース』放送スタート 前身番組である『きょうのプロ野球から』(のちに『プロ野球ニュース』に改題)が始まったのは1961年4月1日。だが、12球団全試合のダイジ [全文を読む]

四半世紀ぶりの歓喜!で広島カープ・歴代優勝の瞬間をプレイバック

2 / 2016年09月30日06時00分

それを記念して、過去にカープが優勝した瞬間をプレイバック! * * * 【1975年】後楽園球場で歓喜の胴上げにファンも乱入! 球団創設26年目、ついに歓喜が訪れた。シーズン途中に就任した古葉竹識監督の采配、山本浩二、衣笠祥雄という若きスターの台頭で勢いづいたカープは“赤ヘル旋風”を巻き起こし、中日の猛追を振り切ったのだ。 東京・後楽園球場の優勝決定試合 [全文を読む]

【プロ野球】かつてはラッキーゾーンがあった? 今年で開場90周年。神宮球場トリビア

2 / 2016年09月12日17時05分

だが、東京での試合を神宮球場にするか、後楽園球場にするかはそうとう議論が紛糾。決め手は球場使用料だった。神宮が無料だったの対して、後楽園は入場料の純利益の2割を使用料として請求してきたため、神宮開催に決まったという。 もっとも、1978年にヤクルトが初めて日本一になった日本シリーズは、六大学リーグ優先のため、後楽園球場で代替開催している。 ■《6》蜜月だ [全文を読む]

キャンディーズ、ファン待望の「解散コンサート」初の全編上映イベントが決定!

2 / 2016年02月02日11時55分

このDVD大ヒットの御礼と、キャンディーズファンへの感謝を込めて、1978年4月4日に東京・後楽園球場で行なわれた「ファイナル・カーニバル」を、300インチのビッグスクリーンで楽しむ初の全編上映会が、3月18日(金)東京・赤坂BLITZにて開催されることが発表された。 上映会の参加定員は先着500名様で、DVD『キャンディーズ メモリーズ For Fre [全文を読む]

君は洲崎球場を知っているか ―プロ野球黎明期を支えた伝説の球場の秘められし記録

2 / 2014年12月31日11時30分

1937年に後楽園球場ができると開催試合数は激減。37年には92試合開催されたにも関わらず、38年にはたった3試合しか開催されなかった。海沿いの埋立地に建てられた球場だったため、外野席には蟹が這いずり回り満潮時にはグラウンドにまで海水が浸水するような有り様。スタンドも突貫工事そのもので、バラック造りに毛が生えたようなものだった。そんなわけで、都会の真中に職 [全文を読む]

朝日VS読売「新聞界の覇王争奪」潰し合いの舞台裏!(2)焦った朝日が読売をマネた

2 / 2014年10月01日09時56分

川村氏は東京ドームの前身、後楽園球場があった時代をこう振り返る。 「事件では読売のほうが優勢なんです。朝日は変に左のポーズを取るので、警察に嫌われます。朝日の記者は、『読売は刑事のところに後楽園球場の巨人戦チケットを持っていって関係を作るので、どうにもかなわない』と、よくこぼしていましたね」 読売の社会部はまさに野武士集団。強力な“実弾”を片手に、軍隊式で [全文を読む]

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