力道山のニュース

力道山刺傷男「事件から50年目の“病死”に愛弟子が激怒」

アサ芸プラス / 2013年05月09日10時00分

昭和の国民的スター、力道山の死から間もなく50年を迎えようとしている。その節目の年に、1人のヤクザが死んだ。あの「力道山を刺した男」が、この世を去ったのだ。不世出のレスラーを死に追いやった刺傷事件、当時を知る愛弟子は何を思うのか。 * 4月9日、住吉会系の村田勝志幹部が都内の病院で息を引き取った。享年74。糖尿病を患い、晩年は長らく病床にあった。そして、4 [全文を読む]

アントニオ猪木 入門当時は公の場での日本語禁じられていた

NEWSポストセブン / 2015年05月31日07時01分

今回は、力道山にスカウトされブラジルから帰国した猪木のデビューから苦悩の若手時代のエピソードをつづる。 * * * アントニオ猪木(本名・猪木寛至)は昭和18年2月20日、神奈川県横浜市鶴見区生まれ。昭和32年2月、14歳の誕生日をまえに一家でブラジルに移住。 サンパウロの青果市場で働いていたところをブラジル遠征中の力道山にスカウトされ、昭和35年4月、帰 [全文を読む]

G馬場 渡米した猪木に持っていたドルを全額渡し感謝された

NEWSポストセブン / 2012年07月25日16時02分

力道山亡き後、日本のプロレス界を牽引したのが巨人・ジャイアント馬場(馬場正平)。ここではジャイアント馬場の知られざる米国武者修行時代のエピソードを紹介する。 * * * アトキンス(米国でのマネージャー兼トレーナー)から力道山の訃報を聞かされたのは、急逝して3日後の12月18日だった。馬場は、ガーンというショックの後は呆然自失状態に陥り、数日間はボーッとし [全文を読む]

アサヒ芸能「スクープ大事件史」Vol.3(1)力道山と日航スッチーの恋

アサ芸プラス / 2016年12月29日09時53分

力道山婚約、東京五輪、ビートルズ来日などに国民がわきにわいた。いわばアメリカのおすそ分けの繁栄を国民は謳歌したのだが…。 力道山はルー・テーズとの歴史に残る死闘などで、プロレスのみにとどまらず国民的ヒーローになったが、その結婚問題もマスコミで注目されていた。「40歳までに結婚したい」とほのめかしていた力道山だが、63年1月7日、大野伴睦氏が立ち会い、晴れて [全文を読む]

森本レオ ジャンボ鶴田と前田日明のどちらが強いかを分析

NEWSポストセブン / 2012年04月04日07時00分

私はあの試合を見て、ルー・テーズと力道山の試合を思い出しました。力道山が何を仕掛けても、テーズは全然疲れないんです。だけど、必殺技のバックドロップを脚で引っ掛けて返した場面は、さすが力道山だと思ったなあ。 ――前田日明と鶴田がもし戦っていたら? 有田:前田がガンガン行っても、やっぱり長州と同じで鶴田にのらりくらりとすかされるんじゃないかな。あと、鶴田が天龍 [全文を読む]

「高度成長期のシンボル」ジャイアント馬場が名誉市民に

しらべぇ / 2016年09月08日05時30分

力道山時代から日本のマット界は三菱電機がスポンサーを務めていたが、その理由はプロレスとテレビの極めて高い親和性である。オフシーズンがなく、室内で試合ができ、なおかつ放送時間内に確実に終わる競技。それはプロレスしかない。だからこそ当時のプロレスラーは、家電製品の広告塔をも担っていたのだ。誰よりも大きな身体を持つ馬場は、まさにうってつけの広告塔。■莫大な収入を [全文を読む]

1ドルも持たずに渡米した人物 国賓級VIP以外はG馬場のみか

NEWSポストセブン / 2012年06月20日16時02分

同時デビューの猪木は1年先輩の大木金太郎に7分16秒逆腕固めで敗れ、馬場は力道山の付き人頭でもあった桂浜(田中米太郎)に5分15秒股裂きでギブアップ勝ちを奪った。 その後、馬場は苦手だった芳の里を除く中堅・若手選手のほとんどに勝ち越すという好成績を上げ、デビュー1年足らずで初渡米武者修行に出されるという大抜擢を受けた。同行するのは6年先輩の芳の里と2年先輩 [全文を読む]

日本プロレス界の父・力道山 大変貴重なリング上カラー写真

NEWSポストセブン / 2012年04月02日16時00分

大相撲から転身し、日本にプロレスを根付かせたのが力道山。 「力道山はメディアを味方にしなければプロレスは成功しないと考え、テレビ局と手を組んだ。さらに、米国最大のプロレス団体NWAのプロモーターライセンスを取得し、NWAの優秀な外国人を独占した。偉大なレスラーであるとともに、優秀な実業家でもあったんです」(プロレス評論家の菊池孝氏) 正力松太郎(日本テレビ [全文を読む]

真のレジェンドレスラーは?アントニオ猪木がまさかの○位

しらべぇ / 2016年06月03日05時30分

候補にあがってくるのは、プロレスの父・力道山や、ジャイアント馬場、アントニオ猪木あたりだろうか。最近のレスラーは強さよりもタレント性が重視される傾向があり、「強さ」を語られることはあまりない。それだけにゴールデンタイム時代や90年代前半に巻きおこった「プロレスブーム」の際に活躍したレスラーは、いまだに「レジェンド」として崇めたてまつられている。■真のレジェ [全文を読む]

日本を創った“荒ぶる男”たち<プロレス・格闘技編>「“力道山・ジャイアント馬場・アントニオ猪木”3巨頭の衝撃事件をグレート小鹿が激白」

アサ芸プラス / 2015年08月23日09時56分

人々は街頭テレビに熱狂し、力道山の空手チョップに声援を送った。そしてジャイアント馬場、アントニオ猪木と続く繁栄の裏面史を、最年長レスラー、グレート小鹿が証言する。── 日本プロレスに入門されたのは、まだ力道山が存命の頃ですか。小鹿 そう、俺が相撲を辞めて面接を受けたら、力道山先生がいたよ。入門したいと言ったら「どこの部屋だ?」と聞かれ、俺が「出羽海部屋です [全文を読む]

2団体同時に所属契約の快挙、プロレスラー飯伏幸太って何者?「ももクロの赤がリングに立ったような...」

東京ブレイキングニュース / 2013年10月10日19時00分

プロレスというと、おそらく大多数の方は 「昔は流行ってたよね~」 と、今はもう廃れたジャンルとして認識しているのではなかろうか? 事実、力道山~馬場~猪木......と続いた日本のプロレス業界は、総合格闘技ブームによって一度滅んだと考えてもいいだろう。 ところが、滅亡の淵にあったはずの日本のプロレスはしぶとく生きながらえ、それまでの業界の格・序列とはまっ [全文を読む]

AKB新曲の『シュートサイン』じつはプロレスを破壊する隠語だった

しらべぇ / 2017年02月15日10時00分

この時、日本マット界のボスである力道山はグレート・アントニオを「興行の主軸」として抜擢していた。アントニオは怪物ギミックのレスラーで、連結させた4台のバスを引っ張るなどのパフォーマンスも披露した。もちろん、力道山からは莫大なギャラももらっている。だがそれに味を占めたアントニオは、他の来日レスラーを差し置いてギャラの増額を要求。協調性のないその態度に、真のア [全文を読む]

格闘マンガ以上にバイオレンス! 豪胆すぎる梶原一騎の人生劇場『男の星座』

日刊サイゾー / 2016年08月23日15時00分

キーワードは「力道山」「大山倍達」「ケンカ」「女」「酒」の、ほぼ5つのみ。本業のマンガ原作の話は、わりとそっちのけです。 本作における重要人物となる2人の格闘家、力道山と大山倍達についてですが、力道山はご存じ、必殺「空手チョップ」を武器に、戦後のプロレスブームを牽引した「日本プロレス界の父」であり、ジャイアント馬場、アントニオ猪木といった、プロレス界のレジ [全文を読む]

夭逝が多い?昭和時代の「あの」ヒーローたち

メディアゴン / 2016年03月07日07時40分

プロレスラー・力道山は満91歳のはずだし、ジョン・F・ケネディは生誕99年を迎える。いずれも筆者の幼い頃のヒーローたちである。もしも、彼らが生きていたら・・・と今でも残念でならない。ジェームス・ディーンは、1955年9月30日に24歳で交通事故で亡くなっている。筆者は一歳半だから、知る由もない。ジェームス・ディーンの存在を知ったのは、赤木圭一郎が亡くなって [全文を読む]

徳光和夫氏「猪木さんが長嶋茂雄で馬場さんは王貞治だった」

NEWSポストセブン / 2015年06月13日16時00分

* * * 国内最初の民放として開局(昭和28年)した日本テレビは、昭和29年2月、日本のプロレス史のプロローグである力道山&木村政彦対シャープ兄弟の一戦を中継。プロレスとは古くから密接な関係にあった。 プロレス中継番組の実況アナウンサーは、佐土一正氏と清水一郎氏の2人で、佐土氏は力道山の現役時代のほとんどの試合の実況を担当、清水氏は力道山時代の昭和32 [全文を読む]

異色過ぎる声優プロレスラー・清水愛、デビュー前から現在までを語る!【インタビュー前編】

ダ・ヴィンチニュース / 2015年03月27日11時30分

【画像あり】清水愛さんの他の写真はこちら【プロレス原体験は力道山!?】――プロレスデビューから1年3か月ほどですが、率直な感想は?清水:何度も試合に出て経験をじわじわと積んできましたが、本当にここ2、3試合でようやく開眼した感じです。今まで「難しいなぁ、何をやったらいいのかなぁ」と悩むことも多かったんですが、最近はすごく頭が冴えてきたというか。試合のプレッ [全文を読む]

デビュー50周年の“東洋の神秘”ザ・グレート・カブキに独占直撃、プロレス裏面史から毒霧秘話まで語った!

週プレNEWS / 2014年12月07日06時00分

カブキ 俺は当時中学校3年生で愛知県に住んでいて、力道山に入門を直訴するために単身上京するところだった。俺が乗ってた夜行列車の前の電車が事故に遭ってね、結局、東京駅までたどり着かず、新橋で降ろされた。赤坂の道場まで道を聞きながら歩いて、着いたのは朝5時半くらいかな。まだ合宿所は開いてないから、脇の石段でお袋がつくってくれたオニギリをほお張りながら待ってね [全文を読む]

北朝鮮で“闘魂”再び! 1995年、伝説の「平和の祭典」とはなんだったのか?

週プレNEWS / 2014年08月29日06時00分

寅さんを北朝鮮国内でテレビ放送したいけれど、あの映画には思想がないから悩んでいるんだとおっしゃってましたね」 ――北朝鮮で寅さん! ところで、力道山はホントに北朝鮮でも英雄なんですかね? 「力道山物語という映画も作られたし、連続ドラマにもなって毎週テレビ放送していたこともありますから。それから、将軍の側近だった朴明哲(パク・ミンチョル)氏の奥さんが力道山[全文を読む]

プロレス中継の60年は日本のテレビ発展史だった

アサ芸プラス / 2014年02月28日09時59分

1954年2月19日、蔵前国技館で行われた力道山&木村政彦VSシャープ兄弟の一戦は、日本のプロレス史上初の国際試合であり、NHKと日本テレビによって2局同時に中継された。さらに毎日新聞など一般紙においても、その結果が報じられたというのだから驚かされる。 初の中継といってもテレビの歴史が始まってから1年で、受信機の普及率は1割にも満たない。そこで日本テレビの [全文を読む]

参議院議員・アントニオ猪木を直撃「あなたはなぜ、北朝鮮にこだわるのですか?」

週プレNEWS / 2013年11月21日06時00分

私は17歳のときにブラジルで力道山(りきどうざん)師匠にスカウトされて以来、しばらく彼の付き人をやっていました。日朝関係の改善を望むようになったのはその頃からなんです。 ―ご存じだろうが、力道山とは日本中を熱狂させた超人気プロレスラーで、歌手の美空ひばりと並び称される昭和の大スターだ。彼は日本統治下の朝鮮半島出身で、出生地が現在の北朝鮮にあたる。 猪木 師 [全文を読む]

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