高句麗のニュース

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人」~若光(前編)

Wow!Korea / 2016年08月24日19時19分

朝鮮半島の高句麗(コグリョ)から外交使節が来日して、日本の朝廷に依頼書を差し出した。彼らは、何のために日本に来たのか。救援の軍勢を送ってほしいと頼みに来たのである。■高句麗の滅亡7世紀の朝鮮半島。長く三国(新羅〔シルラ〕、百済〔ペクチェ〕、高句麗)が覇権を争っていたが、新羅は中国大陸の唐と連合して、660年に百済を滅ぼした。矛先は次に高句麗に向けられ、新羅 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓古代史が面白い」渡来人の足跡(中編)

Wow!Korea / 2016年07月19日23時50分

彼は高句麗の王族で、666年に来日した。当時、新羅と唐の連合軍が高句麗を攻めていた。若光は日本に援軍を要請しに来たのであった。■帰る母国がなくなった必死の思いで若光は来日したのだが、日本の朝廷は高句麗の依頼に応じなかった。663年に白村江の戦いで大敗して、新羅・唐と関わるのはもうコリゴリだった。若光が日本で失意の日々を過ごしている間に、高句麗は668年に滅 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「簡潔に読む! 韓国の歴史」~百済の歴史(前編)

Wow!Korea / 2016年09月02日22時28分

古代の朝鮮半島において、激しく覇権を争った高句麗(コグリョ)、新羅(シルラ)、百済(ペクチェ)。この3つの国は歴史上で名高い三国時代を形成したが、韓国の時代劇でよく取り上げられているのは高句麗と新羅の2つである。■忘れられた国韓国時代劇で高句麗と新羅がよく取り上げられる理由は何か。高句麗は朝鮮半島の歴史の中で最大の領地を獲得した伝説の強国だったし、新羅は最 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「簡潔に読む! 韓国の歴史」~高句麗の滅亡(前編)

Wow!Korea / 2016年09月20日22時59分

高句麗(コグリョ)は、百済(ペクチェ)や新羅(シルラ)と並ぶ古代の大国として知られている。特に、伝統的に騎馬軍団が強く、ドラマ『太王四神記』の主人公だった広開土大王(クァンゲトデワン)が統治した時代(391~412年)には朝鮮半島の歴史の中で最大の領土を誇った。それゆえに、今でも韓国で広開土大王は圧倒的に尊敬されてる。■高句麗最後の英雄広開土大王の全盛期か [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓古代史が面白い」渡来人の足跡(後編)

Wow!Korea / 2016年07月19日23時59分

・687年、高句麗人56人を常陸に、新羅人14人を下野に、新羅人22人を武蔵に移した。・689年、下野へ新羅人を移住させた。・690年、新羅人12人が武蔵に、さらに新羅人の若干が下野に移った。このように、日本に来ても渡来人は故国ごとに分類されて「百済人」、「高句麗人」、「新羅人」と呼ばれていたが、彼らは次々に武蔵(現在の東京都と埼玉県)、常陸(茨城県)、下 [全文を読む]

ワカタケル大王の正体③ (全3回) 小林 耕

クオリティ埼玉 / 2014年05月13日14時39分

そして武内宿禰と日本武尊の祭神を親子とみると、日高見国が高句麗系蘇我氏の国であるとみてきたから、日本武尊は蘇賀石河宿禰に比定できよう。そうなると倭武天皇は、倭武大王であったと考えられる。 「大王」の称号は、古代東アジア諸国において用いたのは高句麗だけである。それも高句麗王歴代28人中3人以外使用されていないのである。 6代大祖大王(在位53-146年)・ [全文を読む]

韓国 渤海を確固たる韓国史にしようと「官民総動員体制」に

NEWSポストセブン / 2013年03月07日07時00分

* * * 高句麗(紀元前37~668年)、渤海(698~926年)、万里の長城現在の中韓が真っ向からぶつかりあう歴史問題の3点セットだ。特に高句麗と渤海は、中国が進める歴史研究「東北工程」において中国史のなかの「地方政権」だと宣言され、韓国側から激烈な抗議が噴出した。 「東北工程」は、神話時代から現代まで満洲の歴史を中国史の文脈で読み込むため、中国政府 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「簡潔に読む! 韓国の歴史」~新羅の歴史(後編)

Wow!Korea / 2016年09月06日23時37分

■676年に朝鮮半島を統一7世紀前半、軍事的に高句麗や百済より優勢となった新羅。そうなると新羅は、高句麗と百済の両方から激しく攻撃を受けるようになった。やはり、一国で2つの国と戦いを繰り広げるのは辛い。そこで新羅は、中国大陸の巨大王朝との連携を図ろうとした。これは中国大陸を支配していた唐にとっても渡りに舟だった。当時、唐は何度も高句麗を攻めていたが、その度 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「簡潔に読む! 韓国の歴史」~新羅の歴史(前編)

Wow!Korea / 2016年09月05日19時39分

当時は、朝鮮半島北部に高句麗(コグリョ)、西南部に百済(ペクチェ)が誕生しており、新羅は三国の中では中央集権国家の制度作りが最も遅れていた。とはいえ、神話が混在した記録によると、新羅もそれなりに由緒正しき王制を持っていた。■中央集権的な国家に変貌もともと、新羅という国は、紀元前57年に朴赫居世(パク・ヒョッコセ)が王位に就いたときから始まるとされている。当 [全文を読む]

ワカタケル大王の正体① (全3回) 小林 耕

クオリティ埼玉 / 2014年04月16日15時10分

高来(たかく)神社は、高句麗(こうくり)からの渡来人高麗若光(こまのじゃっこう)らが大磯に移り住んだ時に創建されている。江戸時代までは高麗神社と書かれていたが、「麗(らい)」の字が難しいためか「来(らい)」の字に替えられ、以後高来神社と表記され、読みも「たかく」になってしまった。 以上のことから考えて、信太の郡の高来の里も高麗、つまり高句麗人達の移住地で [全文を読む]

国宝金錯銘鉄剣の銘文から古代を読む ③ (全3回) 小林 耕

クオリティ埼玉 / 2014年02月06日15時49分

武は上表文に高句麗が倭国の入朝を妨害している、と宋朝に訴えているが、『三国史記』[高句麗本紀]の第20代長寿王(在位413―491年)の時代に、一文たりとも倭国関連の記述はない。 それに武が高句麗と非難しても、兄興が462年に任命された安東将軍号は外臣の将軍号では11位中下位から2番目の10位の地位である。これに対し翌463年に長寿王が授与された将軍号は車 [全文を読む]

<Wコラム>康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人」~若光(後編)

Wow!Korea / 2016年08月25日17時43分

しかし、本来は若光(じゃっこう)にゆかりがある高句麗系の寺であったことは間違いない。なお、高来神社の裏にある標高168メートルの山は、今でも高麗山(こまやま)と呼ばれる。さすがに山は政治と関係ないので、名称変更を免れたのである。さらに、高来神社の南側には、今も「高麗」という地名がある。その近くにあるのも唐ケ原で、異国を連想させる地名だ。しかも、東に花水川が [全文を読む]

「百済、新羅が日本作った」が韓国の定説 東アジアにも領土

NEWSポストセブン / 2016年02月08日07時00分

朝鮮半島に「高句麗」「百済」「新羅」が鼎立した“三国時代”(4~7世紀)に「百済が日本を植民地支配していた」と、古代史研究家で高麗大学名誉教授のチェ・ジェソク氏が主張するほか、韓国の大学で教鞭をとる日本人教授が「日本列島は古代高句麗領土」と仮説を述べているのだ。さらには、日本の地名や山、峠、島、寺院など27の名称に高句麗・百済・新羅・伽耶の地名が使われて [全文を読む]

似ているのか似ていないのか――7年ぶり2度目の「ヨン様岩」拝観

日刊サイゾー / 2015年10月12日16時00分

そのすぐそばには、ヨン様が出演したドラマ『太王四神記』の撮影現場となった「高句麗鍛冶屋村」というテーマパークがあり、ファンは合わせて観光することに。かくいう私も、08年のオープン当時に訪れたことがあり、今回は7年ぶり2度目のヨン様岩拝観となった。 ソウル市内から地下鉄とバスを乗り継ぎ、1時間ほどで高句麗鍛冶屋村へ。ここはドラマ撮影時のセットが保存されており [全文を読む]

ワカタケル大王の正体② (全3回) 小林 耕

クオリティ埼玉 / 2014年05月02日00時52分

日高見国の住民が高句麗からの渡来人であるとするならば、アイヌ人が彼らをカイ(蝦夷)と呼んだのも納得がいく。 江戸時代の1783年に工藤平助が書いた「赤蝦夷風説考(あかえぞふうせつこう)」によると、アイヌ人達は、ロシアのカムチャッカ半島地方を赤蝦夷、千島列島からサハリン[カラフト]地方を奥蝦夷といっていたとある。実際には赤蝦夷は、アイヌ語でフレ・カイ、奥蝦夷 [全文を読む]

<Wコラム>夏休みに初めて韓国に行く人のための「韓国なるほど入門」(前編)

Wow!Korea / 2016年07月28日21時36分

〔5.朝鮮半島の歴史〕有史以来、小国が割拠する状態だった朝鮮半島も、4世紀以降には北部の高句麗(コグリョ)、南西部の百済(ペクチェ)、南東部の新羅(シルラ)という三国が鼎立する三国時代を迎えた。軍事的には高句麗が最も強力だったが、6世紀末に中国を統一した隋に度重なる侵略を受け、これを撃退したものの国力を疲弊させた。隋を滅ぼして中国の覇者となった唐も朝鮮半島 [全文を読む]

奈良は百済人が建国? 韓国語で国を意味するナラが語源説

NEWSポストセブン / 2016年02月13日07時00分

韓国の大学で教鞭をとる日本人教授が、韓国誌『週刊京郷』に「日本列島は古代高句麗領土」との自説を掲載、韓国人ネチズン(ネットユーザー)のナショナリズムに火をつけた。これはただの仮説に過ぎないが、韓国メディアは現在も「古代日本は朝鮮の領土説」を裏付ける根拠として“利用”し続けている。 一方、朝鮮半島に「高句麗」「百済」「新羅」が鼎立した“三国時代”(4~7世 [全文を読む]

日本列島も朝鮮の領土 史上最凶ウリジナルの理屈

NEWSポストセブン / 2016年02月06日07時00分

今年1月7日、韓国ネットメディアの『共感ニュース』に「日本人は高句麗語で数を数える」という見出しの記事が掲載された。記事は、戦前の日本人学者による研究を引き合いに、日本の数詞「3(みっつ)、5(いつつ)、7(ななつ)、10(とお)」が、古代高句麗語の「3(ミル)、5(ウジャ)、7(ナヌン)、10(トォク)」と同語源だとした。 また、「5000を超える韓国 [全文を読む]

日本も外交は得意だった 最初は聖徳太子の時代と井沢元彦氏

NEWSポストセブン / 2015年11月04日07時00分

7世紀に中国大陸で最盛期を迎えた超大国・唐は、当時3国に分かれていた朝鮮半島の「三国志」に強い影響を与え、結局唐の軍門に下った新羅が、高句麗、百済を倒して朝鮮半島を統一した。しかしその統一には高い代償を払わねばならなかった。これ以後、朝鮮半島の国家は常に国王が統治する王国となった。 しかし東アジアにおける国王とは「中国皇帝の臣下である周辺国家の首長」を意味 [全文を読む]

【都塚古墳】ピラミッド型の大型古墳、古代日本に伝わった最新建築技術の物証か!?

tocana / 2014年08月28日19時30分

高句麗と密接な関係があった蘇我氏 もしこの都塚古墳に葬られているのが蘇我稲目だとすれば、天皇陵に迫る大きさの斬新なピラミッド型陵墓に埋葬された蘇我稲目とはいったいどんな人物なのか? 古墳時代から飛鳥時代にかけて栄えた地方豪族の蘇我氏は、この時代に朝鮮半島の内奥部で繁栄していた高句麗(こうくり)と密接な関係があるとされている。蘇我稲目の父・蘇我高麗(そがの [全文を読む]

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