会津藩のニュース

隠し子から大出世。江戸の知られざる名君・保科正之の数奇な運命

まぐまぐニュース! / 2016年12月14日04時45分

さらに寛永20(1643)年にはさらに加増されて会津藩23万石に移された。この地で、正之の仁政が花開いていく。 正之は豊作の年に、年貢米とは別に米を7,000俵ほど買い上げて「社倉」を設けた。これは飢饉の時に、民を飢餓から救うための備蓄である。また火事で焼け出されたものや、領外からきた農民、新田を開発した農民にも、社倉米を分け与えた。社倉が充実してからは、 [全文を読む]

横浜流星が白虎隊士役で舞台初主演!

Smartザテレビジョン / 2015年05月07日12時00分

本作は、戊辰戦争のさなか、会津藩(現・福島県会津若松市)で壮絶な死を遂げた白虎隊 士中二番隊(びゃっこたい・しちゅうにばんたい)の史実を基に、少年たちの友情と人間ドラマを描く。江戸末期、幕府軍を最後まで支えた会津藩は新政府軍の標的になり、会津城での籠城戦ののちに降伏する。 白虎隊は16~17歳の会津藩士による少年兵部隊。戦いのさなか、会津城下が燃えている [全文を読む]

大河ドラマ『八重の桜』次週ついに最終回! 襄の死後、看護婦となった八重の生き様を先取り!! コミックス『凛々と咲く 八重の桜』1、2巻絶賛発売中!!

PR TIMES / 2013年12月09日09時43分

幕末、自ら鉄砲を手に最前線で奮戦するも虚しく、逆賊の汚名を着せられたまま祖国の会津藩が消滅し、亡国の民となった山本八重。その後、会津藩が守護職として赴任していた京都で兄が生き延びていたことを知り新天地へ移り住んだ彼女は、新島 襄と出会い結婚。襄との夢である大学設立に向けて、立ちはだかる様々な困難を乗り越えていく。夢かなったあと、最愛の襄を病で突然失ってか [全文を読む]

京都の魔窟:朱子学から古学へ/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2016年07月22日06時00分

山鹿素行の危難 家光の死後、その異母弟で会津藩主の保科正之(51歳)が、四代将軍家綱(1641~80)の補佐に尽力していた。そして、まるで自分自身の失われた実父(将軍秀忠)とのつながりを取り戻そうとするかのように、62年、羅山を継いだ鵞峰を長に、明暦大火以後、中断していた歴史編纂を、幕府主導で再開させる。かつての羅山のものと違って、『本朝通鑑(つがん)』は [全文を読む]

紅葉は旅の入り口にすぎない。「そうだ京都、行こう」歴代ロケ地めぐり

まぐまぐニュース! / 2015年11月27日07時30分

幕末には、会津藩主・松平容保が京都守護職(きょうとしゅごしき)に就任すると会津藩の本陣になりました。その後、会津藩士のみならず守護職御預かりとして新選組をその支配下に置き京都の治安維持にあたりました。金戒光明寺は、鳥羽・伏見の戦いで戦死した会津藩士の菩提を弔い今も供養塔が立っています。 境内には塔頭(たっちゅう)の一つ西翁院(さいおういん)があり、茶人・藤 [全文を読む]

福島在住70代男性 会津藩に肩入りできるなら『花燃ゆ』観る

NEWSポストセブン / 2015年03月01日07時00分

会津藩は長州藩が中核を担う新政府軍から「賊軍」の汚名を受け、会津戦争では「白虎隊の悲劇」などで多くの犠牲者を出した。 新政府軍は会津戦争において犠牲者の埋葬を禁じたため、会津の人々は家族の遺体が野に晒され、鳥や獣に食い散らかされる悲惨な状況を目の当たりにしたとも伝えられる(異説もある)。遺恨は現代にも残っており、安倍首相が2007年に会津若松市を訪れた際に [全文を読む]

現代版「八重の桜」がコミックに!? 幕末のジャンヌ・ダルク! 山本八重の人生が、女子大生を救う!? コミックス「凛々と咲く 八重の桜」(壱)、発売中!!

PR TIMES / 2013年09月09日15時15分

角川書店 NHK大河ドラマ『八重の桜』を独自の切り口でコミック化! ハンサムウーマン・八重の生き様を学んで成長する、今を生きる女子大生の物語!!「凛々と咲く 八重の桜」(壱)、発売中!! 「ならぬことはならぬもの」―江戸時代の会津藩で、士族の男の子たちが最初に学ぶ掟として有名なのがこの言葉。ときは幕末、国内最後の争乱に巻き込まれ、賊軍の汚名を着せられた会津 [全文を読む]

『八重の桜』の長州藩描写 山口県民は受け入れ難いの意見多し

NEWSポストセブン / 2013年03月31日07時00分

このドラマは、明治維新を「敗者」である会津藩の視点から描いたものだ。 綾瀬演じる山本八重の故郷・会津藩は、旧幕府勢力の中核と見なされ、長州藩・薩摩藩を中心とする新政府軍の仇敵となる。 特に、長州藩との遺恨は根深い。会津藩主・松平容保が1862年から京都守護職となり、新撰組を麾下において尊王攘夷派志士たちの徹底的な取り締まりを行なう。さらに蛤御門の変では、 [全文を読む]

『ならぬことはならぬ』第1回会津幕末歴史検定 2013年3月開催決定!

@Press / 2012年11月13日15時00分

幕末の会津藩の歴史を題材とした本格的な検定試験「会津幕末歴史検定」が、2013年3月17日(日)に会津若松市など全国3エリアで開催されることが決定致しました。当検定は、会津幕末歴史検定運営事務局(日本出版販売株式会社、本社:東京都千代田区、代表取締役社長:古屋 文明、略称:日販)と福島民報社(本社:福島県福島市)が共催する検定試験です。日販が取り組む幕末歴 [全文を読む]

鈴木聖奈がアメリカへ!‟女性移民第一号”の少女に迫る

Smartザテレビジョン / 2017年02月13日14時35分

戊辰戦争(1868-1869年)で敗戦し活気を失っていた会津藩。終戦を迎え、会津藩の軍事顧問を務めていたドイツ人は藩主・松平容保に対し、当時ゴールドラッシュに沸いていたアメリカ・カリフォルニアで未来を開拓するという計画を提案した。その計画により‟開拓移民団”の一人としてアメリカへ渡ったのが当時17歳の「おけい」だったといわれる。そのわずか2年後、「おけい [全文を読む]

マリー・アントワネットも虜に。伝統工芸「漆」は日本を救うか

まぐまぐニュース! / 2017年01月26日16時20分

会津は江戸時代後期から漆器の海外輸出で知られており、会津藩は現在価値で数億円規模の外貨を獲得していたと伝えられている。マリー・アントワネットの注文を受けたのは会津藩かもしれない。 18世紀には日本の漆を取り入れた新しい装飾文化がヨーロッパで花開いた。フランスの家具職人がヨーロッパ調の家具に、日本から輸入した蒔絵などをはめ込む技法を流行させた。蒔絵以外の部 [全文を読む]

会津藩士の兜も特別公開!幕末の武人たちが拠った城構えの名刹「金戒光明寺」【京の冬の旅 特別公開その1】

サライ.jp / 2017年01月17日11時30分

そのなかで、今回紹介するのは、幕末に会津藩士たちが拠り所にした、浄土宗の名刹「金戒光明寺」である。 [caption id="attachment_124931" align="alignnone" width="700"] 浄土宗七大本山のひとつにふさわしい堂々とした御影堂(みえいどう)。伝運慶作の文殊菩薩像と中国伝来の香木でつくられた吉備観音像も特別公 [全文を読む]

お土地柄は人柄から。郷土愛の遺伝子が歴史上の偉人を生み出している

まぐまぐニュース! / 2016年09月14日00時50分

報恩の美しい逸話かずかず 幕末の戊辰戦争では、酒井家は徳川恩顧の譜代大名として、会津藩とともに奥羽越列藩同盟を結んで、新政府軍と戦う。会津藩は見事な武士道を見せたが、悲惨な戦いの末に降伏する。 しかし、庄内藩は連戦連勝、新政府軍を領内に一歩も入れなかった。これは酒田の豪商・本間家が庄内藩を全力をあげて支援して、世界の最新兵器を供給していたからだ。 本間家 [全文を読む]

「近代戦の目覚め」戊辰戦争 あなたはどちらに味方する?

しらべぇ / 2016年09月07日05時30分

彼女だけが最新の装備で身を固めることを、他の会津藩士(とくに上級武士)は苦々しく思わなかったのか疑問が浮かぶだろう。意外だが、位の高い武士ほど「銃は卑しい武器」と考えており、八重のことなど気にかけなかったという。銃は足軽が持つものであり、武士は槍と刀を持って勇ましく敵陣に突撃する。だから会津藩の郷土防衛組織である婦女隊も、銃ではなく薙刀を選ぶ。誇り高い武士 [全文を読む]

4年連続日本一。会津・喜多方の金賞受賞の酒蔵を巡る

IGNITE / 2016年07月16日10時00分

飯豊山脈からの美味しい水、そして会津藩下における江戸時代からの技が光るのだろう。 今回はその中の3つの受賞蔵を訪ね歩く。 郡山で新幹線から磐越西線に乗り換え、会津若松へ。駅から歩いて20分程度、七日町という素敵な街並みの中に「鶴乃江酒造(つるのえしゅぞう)」がある。 歴史を感じさせる木造の建物と軒下に吊るした酒林が我々を誘う。会津藩御用達頭取を務めたという [全文を読む]

山本五十六、東条英機、近藤勇 歴史上の偉人たちの懐事情

NEWSポストセブン / 2016年03月18日16時00分

「隊士だった永倉新八が残した『新撰組顛末記』によれば局長は年収600両(約600万円)、副長480両、ヒラの隊士は120両となっています(初期は会津藩から、後に幕府から給料が出た)。他に、大きな手柄をあげると褒賞金が出ていました。 例えば、長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を襲撃した『池田屋事件』では、その功績により会津藩から総額500両(約500万円) [全文を読む]

横浜流星、主演舞台に「美しい殺陣に注目して下さい」

Smartザテレビジョン / 2015年09月18日00時25分

「武士百虎―」は、戊辰戦争のさなか、会津藩(現・福島県会津若松市)で壮絶な死を遂げた白虎士中二番隊の史実をもとに、少年たちの友情と人間ドラマを描いた作品。横浜白虎隊は16~17歳の会津藩士による少年兵部隊。本作では、やがて白虎隊士となる少年たちが藩校・日新館で学び、“壬生狼(みぶろ)”と呼ばれた新撰組との出会いを通して、命懸けで会津を守ろうと誓う姿を描く [全文を読む]

長州舞台の低視聴率大河ドラマ『花燃ゆ』 会津の怨念発動説

NEWSポストセブン / 2015年02月14日07時00分

ところが、この余市町というのは、かつて旧会津藩士が入植し開拓した場所なんです。業界では、冗談交じりに会津の恨みが発動して、長州が舞台である『花燃ゆ』は低視聴率なんじゃないか? なんて言われています(笑)」(前出・放送作家) 1871年、旧会津藩士約200戸が余市に入植し、その一人、赤羽源八が79年に民間では国内初となる西洋リンゴの現存品種の栽培と商品化に成 [全文を読む]

会津VS長州だけじゃない日本の郷土紛争 彦根VS薩摩の争点

NEWSポストセブン / 2013年08月28日07時00分

NHK大河ドラマ『八重の桜』は、明治維新を「敗者」である会津藩の視点から描いたものだ。だからこそ、新政府軍の中核である長州藩が会津藩に対して行なった仕打ちは、非常に残酷なものとして描写された。 驚くべきは、長州(山口県)と会津(福島県)の遺恨が、約150年の時を経た現在に至ってもまだ続いているということである。 2007年には山口選出の安倍晋三首相(前任 [全文を読む]

「新島八重 心の支え 会津の武士道」特別展にて、第3期「戊辰戦争」展を開催

PR TIMES / 2013年08月23日16時19分

京都守護職を務めた会津藩はいやおうなく幕府軍の主力として戦争に巻き込まれていきます。 そして慶応4年8月23日、新政府軍は会津城下に侵入。藩主・松平容保以下藩士たちは籠城戦に持ち込みます。 新島八重は、鳥羽で戦死した弟・三郎の装束で男装し、元込め7連発のスペンサー銃で奮戦しますが、ひと月後の慶応4年9月22日、会津藩はついに降伏・開城します。 第3期の「戊 [全文を読む]

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