唐招提寺のニュース

延べ83mの絵巻を完全デジタル化--唐招提寺が特別公開を実施

インターネットコム / 2015年10月22日17時00分

律宗総本山 唐招提寺と凸版印刷は、唐招提寺の開祖 鑑真和上の半生を描いた「東征伝絵巻」の完全デジタル化を実施。製作したデジタル絵巻コンテンツを、唐招提寺境内 新宝蔵にて特別公開する。公開期間は10月21日から11月3日まで。 唐招提寺が所蔵する「東征伝絵巻」(全5巻)は、延べ83メートルにおよぶ重要文化財の絵巻(2004年から2010年に修復)。日本に仏教 [全文を読む]

幕末ファンの聖地!新選組隊員が眠る「壬生寺」で貴重な本尊が特別公開中【京の冬の旅 特別公開その5】

サライ.jp / 2017年03月04日19時00分

総本山は、中国の名僧・鑑真和上(687~763)が開いた奈良の名刹・唐招提寺(とうしょうだいじ)。京都の律宗寺院は、ここ壬生寺と洛西の法金剛院などごくわずかしかない。 公開されている本尊の延命地蔵菩薩立像(重文)壬生寺は昭和37年(1962)に本堂が全焼し、本尊の地蔵菩薩など多くの寺宝を失った。その後唐招提寺から延命地蔵菩薩立像(重文)が本尊として移された [全文を読む]

鑑真和上の故郷・揚州の名花「瓊花」、日本の唐招提寺で見頃に―中国メディア

Record China / 2017年05月06日22時30分

人民網は5日、日本メディアの報道を引用し、鑑真和上が建立した唐招提寺(奈良市)で瓊花が見頃を迎えたと伝えた。鑑真和上没後1200年の1963年に中国仏教協会から1株が贈られ、いまは10株ほどが咲くという。 中国では日本より半月余り前に見頃を迎えたようだ。揚州晩報は先月13日、北宋の時代の名臣、韓キ(キは王へんに奇)が「維揚(揚州の旧称)一枝花、四海無同類 [全文を読む]

奈良の古寺に現代アートがお目見え!1300年の時空を超える「八社寺アートプロジェクト」

サライ.jp / 2016年09月09日11時30分

たとえば、今や世界的美術家となった中国の蔡国強の造る船が、突如東大寺の池に出現したり、えっと思わせる現代アートが薬師寺や唐招提寺の庭に出現するのだ。 私も見に行ったのだが、最初は「えっ」と絶句するばかりだった。しかし、一週間後にまた訪れてみると、「おっ、まだいるな」「なかなか馴染んできたじゃないか」と、作品に声をかけたくなるから不思議だ。 文化も芸術も、 [全文を読む]

株式会社ティー・ゲート(本社:東京都千代田区、社長:甲斐 聖一)が運営するトラベルサイト「旅の発見」では、2016年4月8日(金)、「奈良うまし夏めぐり」の販売を開始しました。

DreamNews / 2016年04月11日11時00分

プラン一例:奈良市~蓮とご朱印巡りを楽しむ旅~奈良・西ノ京ロータスロード三ヶ寺(喜光寺・唐招提寺・薬師寺)共通拝観券開催日: 2016年6月16日(木)~2016年8月16日(火)の毎日プラン内容:境内に蓮の花が咲き誇る時期に利用できる三ヶ寺共通拝観券です。喜光寺、唐招提寺、薬師寺の拝観料と、季節限定の三ヶ寺特別ご朱印納経料、特別ご朱印帳(1冊)が含まれ、 [全文を読む]

横浜の「絹の道」が繋ぐアジアと西洋音楽の融合『二胡・沈琳(シェン・リン)コンサート』

PR TIMES / 2015年09月17日10時27分

TBS唐招提寺プロジェクトで奈良唐招提寺の落慶法要にて独奏。現在、横浜を活動の拠点とし、財団法人あーすフェスタが主催する「あーすフェスタかながわ」や横浜華僑総会主催の「国慶聯歓会」、また「第一回日中民間文化芸術交流日」では実行委員や審査委員を務める。毎年リサイタルを横浜関内ホール、東神奈川かなっくホールなどで開催。活動の幅も広く、様々なアーティストのレコー [全文を読む]

兵庫県淡路島で和太鼓に取り組む『チューリップの館』の生徒が、国内外で活躍のプロ和太鼓演奏グループ『倭太鼓 飛龍』の演奏会に出演

@Press / 2013年01月31日09時30分

2008年には和太鼓チームを立ち上げ、関西圏のアマチュアグループによる和太鼓演奏会にも数多く出演、「第22回JAL唐招提寺音舞台」や『倭太鼓 飛龍』主催公演に一部出演のほか、広島県高校文化連盟主催の「郷土芸能大会」にも出場しました。 このたび『倭太鼓 飛龍』が「AIE国際高等学校 開校記念 和太鼓演奏会」に出演するにあたり、開校を祝して飛鳥 峯英氏の教え子 [全文を読む]

シカに悩まされるシカの都・奈良=「神鹿」も人を噛む―中国メディア

Record China / 2017年05月27日20時20分

それは、単に東大寺や唐招提寺、春日大社などの名所があるからではなく、奈良は、正真正銘の「シカの都」だからでもある。奈良では人とシカが仲良く共生して1000年以上になる。しかし、日本メディアの最近の報道によると、2016年、シカをめぐるトラブルが増え、奈良公園でシカに噛まれるなどしてけがをした人の数が121人にのぼり、その数は過去最多だったという。国際在線が [全文を読む]

ミカンはどこからやってきた?:古代渡来人の秘宝/純丘曜彰 教授博士

INSIGHT NOW! / 2017年02月15日06時31分

奈良のその後の唐招提寺のすぐ西北のところ。多遅守は、翌年3月12日、縵八縵・矛八矛(かげやかげ・ほこやほこ、八竿八縵(やほこ・やかげ))持ち帰ったが、すでに天皇が亡きことを知って嘆き、半分を皇后に献上し、残りを御陵に供えて、そこで多遅守も死んだという。『古事記」は、わざわざ注をつけて、この実は「今の橘」だ、としている。 神職のくせに、まともに『記紀』も読め [全文を読む]

日中交流をめぐる逸話を再現したオペラが中国で上演、日本公演も予定―中国紙

Record China / 2016年12月19日16時10分

揚州大明寺と日本唐招提寺に安置されている鑑真和上像の前には、今日に至るまで、灯明が絶やさず灯され、暖かな平和の光を放ち続けている。 今回の上演に続き、「鑑真東渡」のキャストとスタッフは、日本公演に赴く予定で、20日に東京で初演を迎える。(提供/人民網日本語版・編集KM) [全文を読む]

なぜ平城京は短命だったのか? 枕詞「あをによし」から読み解く

まぐまぐニュース! / 2016年10月13日18時00分

さらに聖武天皇・光明皇后期に東大寺、法華寺、新薬師寺と続けざまに建立され、後には唐招提寺や西大寺が建立された。 いずれの寺も創建当初は巨大伽藍であった。平城京の規模が大体4.5キロメートル四方だから、それを考えれば巨大寺院の都と言っても過言ではない。 勿論、このような都市と寺院の規模のバランスについては飛鳥の諸宮や平安京においても、或いは同じようなことが言 [全文を読む]

Pen創刊400号記念「ニッポンの世界遺産」特集2/15発売!

@Press / 2016年02月15日10時00分

たとえば白神山地では、ブナの原生林とともに伝わるマタギ伝説とその文化、富岡製糸場では、近代産業を築いた工場から明治時代の建築技術、白川郷・五箇山では、日本の原風景、合掌造りの里で行われる家内制手工業、古都奈良では、鑑真創建の唐招提寺が舞台となった異文化の出合いと創造、紀伊山地の霊場と参詣道では、甦りの聖地へと誘う熊野古道が生み出した神秘性や荘厳さ、明治日本 [全文を読む]

鑑真盲目否定説 直筆手紙に「盲目では無理な芸当」と専門家

NEWSポストセブン / 2013年05月19日07時01分

しかし、鑑真の弟子ら数多くの僧が日本にたどり着く以前に死んでおり、当時の渡航が命懸けであったことに変わりはなく、鑑真が日本で唐招提寺を建立するなど仏教の発展に果たした功績には何の疑問の余地もない。 ※週刊ポスト2013年5月24日号 [全文を読む]

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