川崎球場のニュース

【プロ野球】さまよえる「ジプシー球団」に「大阪近郊密集」の異常な日常…。パ・リーグ本拠地の変遷史

デイリーニュースオンライン / 2017年03月07日16時05分

■本拠地が定まらなかった「ジプシーロッテ」 1972年、それまでのロッテの本拠地であった東京スタジアム(東京都荒川区)が閉鎖されてから、1978年に川崎球場(神奈川県川崎市、現存せず)に移るまでの間、ロッテは特定の本拠地球場を持たずにいた。 高校野球の関係で、阪神が夏の甲子園球場を使用できない時期を「死のロード」と呼ぶが、この時期のロッテは全国の球場を渡 [全文を読む]

DeNAのCS進出 ハマっ子は敢えて話題から避ける傾向

NEWSポストセブン / 2016年10月06日07時00分

「大洋ホエールズは昔、川崎球場を本拠地にしていた時期がありましたが、川崎市を認めようとしないのか、横浜市民は球場に足を運んでくれなかった。1978年に本拠地が川崎球場から新設された横浜スタジアムに移り、チーム名が大洋ホエールズから横浜大洋ホエールズに変更されてからも、横浜市民はなかなか来てくれなかったですね。 球団の努力もあって、応援しようかなというムー [全文を読む]

【プロ野球】あの懐かしの”横浜大洋ホエールズ”時代を振り返る

デイリーニュースオンライン / 2016年05月25日16時04分

本拠地が、川崎球場から当時新設された横浜スタジアムに移り、港町・横浜をイメージしたマリンブルーがチームカラーとなった。 何よりも斬新だったのは、ホーム用ユニフォームに「YOKOHAMA」と、チーム名ではなく地名が入った点だろう。チームは15年間でAクラスがわずか3回、最下位は3回と、決して強いチームではなかった。 しかし今でも、多くのプロ野球ファンには「横 [全文を読む]

【プロ野球】2020年、本拠地なしの「ロマ・ヤクルト」はチャンス到来か?

デイリーニュースオンライン / 2016年04月26日16時05分

この年、ロッテは宮城球場、後楽園球場、神宮球場、川崎球場の4球場をメインに乗り切ることとなる。 ≪1973年ホームゲームの内訳≫ 宮城 26試合 川崎 18試合 神宮 10試合 後楽園 7試合 静岡 2試合 西京極 2試合 当時はナイター設備のある球場は少なく、苦肉ともいえる策であったが、これが大当たりした。 特に実質的な本拠地となった仙台では大フィーバ [全文を読む]

今こそ伝説の80年代パ・リーグを熱く語れ! こんな名言、あんな珍言…「国民栄誉賞もろうたら立ち小便もできない」?

週プレNEWS / 2014年12月21日11時00分

川崎球場で勃発した伝説の「10・19」からも数々の名言が。まずは第1試合、同点の9回表2死、倒れれば優勝を逃す場面で、引退を決めていた代打・梨田昌孝(近鉄)がセンター前に勝ち越しタイムリー。「最後の最後で打撃の極意をつかんだ」と語る梨田のこんにゃく打法は、確かにいつもより柔らかかった。 続く第2試合の9回表2死二塁、一打逆転の場面で近鉄・新井宏昌の打球をロ [全文を読む]

今こそ、80年代パ・リーグを熱く語れ! あの熱気、“珍都市伝説”はなぜ生まれたのか?

週プレNEWS / 2014年12月19日06時00分

大阪球場では「ガラガラすぎて三塁側のスタンドから一塁側にいたビールの売り子を呼べた」、川崎競輪に隣接する川崎球場では「打鐘(じゃん)が鳴るたびにお客が競輪を見にスタンド上部に上っていた」「日曜日にロッテがビックリマンチョコを配布するも、配り終えたら誰もいなくなってしまった」との逸話も。 実際、川崎球場の外野席ではキャッチポールする学生たちすらいたほどだ。 [全文を読む]

大洋ホエールズ 本拠地の巨人戦は客席8割巨人ファンだった

NEWSポストセブン / 2014年02月14日16時00分

川崎球場の巨人戦とか、珍しい現象が起きていましたよ。大洋の本拠地なのに、三塁側の巨人応援席から埋まり、最終的には8割が巨人ファン。後楽園では切符がなくて入れない巨人ファンが、川崎や神宮に来ていたんです。本拠地でも巨人ファンの声援の方が大きいんだから(笑い)。 川崎球場は満員で3万人だったが、巨人戦以外は1万人に届くことがほぼなかった。あの頃は関東の阪神ファ [全文を読む]

近鉄の本拠地・藤井寺球場 観客席で焼肉をする人がいた伝説

NEWSポストセブン / 2013年03月01日16時00分

ここでは、「川崎球場のスタンドで流しそうめん」に対し、藤井寺球場では焼き肉をしていたという伝説の真偽について検証する。 昔は閑古鳥が鳴いていたパ・リーグのスタンド。有名なのは、川崎球場で流しそうめんに興じるファンの姿だ。しかし、これに匹敵する例が藤井寺球場であったという。ある近鉄OBが某雑誌に語ったところでは、 「外野を守っていたら、『こっち来て一緒に食べ [全文を読む]

1988年の阪急身売り時 記者がオリックスをオリコと勘違い

NEWSポストセブン / 2013年02月09日16時01分

報道各社の人員は川崎球場へ集結していたが、急遽このネタを追って東奔西走を始めた。 当時オリエント・リースの本社は浜松町にあったが、記者は池袋に集まった。 「そこには『オリエントファイナンス(現・オリコ)』の本社があった。受付嬢が申し訳なさそうに、“さっきもそういう方が来られましたが、何かあったのですか?”と聞いてきた。今でも思い出すと恥ずかしい(笑い)」( [全文を読む]

村田兆治氏 「川崎球場は今思い出してもとんでもない球場」

NEWSポストセブン / 2012年09月05日07時00分

今回は、かつてロッテ・オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が本拠地を構えていた川崎球場の思い出を、当時のエース・村田兆治氏が振り返る。現在の千葉ロッテの本拠地・QVCマリンフィールドには連日多くの観客が訪れているが、当時の川崎球場は常に閑古鳥状態。村田氏はこう語る。 * * * 大変な球場でしたよ。汚い、(ヤジが)キツイ、(打たれると狭いから)危険という [全文を読む]

巨人・高橋監督 「引退即監督」の弊害はどこまであるか?

NEWSポストセブン / 2017年06月07日16時00分

稲尾は黒い霧事件でチームがダメージを受けている時、広瀬は野村克也選手兼任監督の解任で江夏豊や柏原純一といった主力が抜けた後、ミスターロッテ・有藤通世も川崎球場に閑古鳥が鳴く時代に監督に就任した。 思えば、高橋由伸監督の就任前の巨人には、野球賭博という大問題が横たわっていた。「球団は困った時、スター選手の名声に頼ろうとします。しかし、専任コーチの経験もなけれ [全文を読む]

今度は本当?大仁田厚が7度目のプロレスラー引退宣言も「ネタだろ」の声

しらべぇ / 2017年05月11日22時00分

そして1995年5月5日、川崎球場大会で弟子のハヤブサと一騎打ちを行い、華々しく2度目の現役を引退。感動のフィナーレに多くのファンが涙し、本人も「復帰は絶対にない」と宣言していた。しかし1996年、突如リングに舞い戻る。これに「引退ツアー」を観に行った一部ファンが激怒。「俺の涙を返せ」「金を返せ」などと猛批判を浴びることに。それに対し大仁田は、自分のことを [全文を読む]

【プロ野球】伝説の「10.19」に泣いた佐藤純一(元近鉄)も。「KANSAI CLASSIC」の審判は元選手

デイリーニュースオンライン / 2017年05月07日16時05分

1988年10月19日、川崎球場でのロッテ対近鉄のダブルヘッダー、いわゆる伝説の「10.19」と呼ばれる試合でそのプレーは起きた。 近鉄は2試合とも勝利すれば優勝。それ以外ならば西武が優勝というギリギリの状況でこの日を迎えた。その第1試合の9回表、3対3の同点。1死二塁の場面で、二塁ランナーの代走として佐藤が起用された。 次打者がライト前にヒット。佐藤は三 [全文を読む]

語っていいとも! 第33回ゲスト・倉持明日香「小橋さんより私はいい人を見つけて結婚します」

週プレNEWS / 2016年11月27日12時00分

―まぁお父さんの頃のロッテは川崎球場とかでめっちゃ閑古鳥鳴いてましたけど(笑)。 倉持 そう、ガラガラで有名だったんですよね。父も「カップルがイチャイチャしてるのがずっと聞こえんだよ」って言ってましたけど(笑)。 ―あるいは、西武がクラウンライター・ライオンズだった時なんかは、福岡なんでめっちゃ汚い野次が飛んでくるとか。 倉持 「今の選手は幸せだよ、あん [全文を読む]

サッカー川島永嗣がアンバサダーの英語サッカースクール!川崎に新規開校!!

PR TIMES / 2016年08月19日10時47分

・サッカーが初めてでも英語が話せなくても大丈夫!もちろん英語が話せる子も大歓迎!! ・サッカーを通して楽しく英語を学び、英語もサッカーも好きになります!! ・サッカーで使う英語を学ぶのではなく、日常の英会話をサッカーを通じて学びます!! ・対象は3歳児から小学生 [画像2: http://prtimes.jp/i/17145/7/resize/d1714 [全文を読む]

【プロ野球】大人も子供も夢中になった! 伝説の野球ゲーム「ファミスタ」で振り返る、30年前のプロ野球

デイリーニュースオンライン / 2016年06月17日16時05分

また、当時、川崎球場で年間40試合はプロ野球を観戦していたという野球ファンでもあり、ゲームにおける選手の設定・データ監修も岸本さんが担っていたという。 そんな岸本さんが、この「ファミスタ」に込めたメッセージがある。ひとつは、「友だちや兄弟など、誰かと一緒に遊んでほしい」というもの。キャッチボールから始まる野球とも通じるものがある。そのため、コンピューター対 [全文を読む]

大仁田所属の超戦闘プロレスFMW 公式ファンクラブオープン!

PR TIMES / 2016年04月25日17時50分

ハヤブサ急逝後に解散の危機を噂された超戦闘プロレスFMWでしたが、ハヤブサは来年5月5日(金)の川崎球場での試合で復帰することを目標にしていました。超戦闘プロレスFMWの大将である大仁田厚は、ハヤブサの目標は自分たちの目標でもあり、選手一丸となってその日を目指して活動を続けていくことを宣言しました。2016年4月27日(水)に開催される後楽園ホール大会は、 [全文を読む]

【新刊】 2015年 アメリカンフットボール日本一決定戦「ライスボウル」優勝記念!『富士通フロンティアーズ 優勝までの1万日』(電子版)配信開始

PR TIMES / 2015年04月28日17時45分

・特設サイトURL:http://fujitsu.wook.jp/・開設期間:2015年4月28日(火)~2015年5月31日(日)※富士通株式会社が、野球やアメリカンフットボールの拠点として親しまれてきた川崎富士見球技場(旧川崎球場。http://www.kawasaki-fujimi.com/)のネーミングライツを取得し、4月1日から「富士通スタジアム [全文を読む]

江夏豊を得意にした巨人・末次 甲子園で一升瓶を投げられた

NEWSポストセブン / 2014年10月19日07時00分

もうひとつ嫌だったのは、大洋の本拠地だった川崎球場。右中間の膨らみがなく、ライトスタンドが近いんです。こっちはモノじゃなくて強烈なヤジが飛ぶ。 「スエツグゥー! おまえ調子に乗るなよー!」とか、ワンカップを手にした大洋ファンが叫んでくる。試合では毎回ケンカですよ。まァ、しまいには顔を合わせすぎて仲良くなりましたけどね(笑い)。おおらかないい時代でした。 [全文を読む]

1998年の横浜優勝時の権藤監督が実践した「三無主義」とは

NEWSポストセブン / 2014年05月27日11時00分

幼い頃、父親に連れられて行った川崎球場で見た姿が、「稲尾(和久)さんそっくりだ」と思ったことを記憶しているくらいだ。新人で2年連続30勝という偉業を成し遂げた大投手だということも、薄々しか知らなかった。 何かの記事で、契約金を返してコーチ職を辞した男がいるというのを読み、思わず名古屋の自宅に会いに出かけたのが最初の出会いである。あれは近鉄が優勝した1989 [全文を読む]

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