鶴見俊輔のニュース

「ぼくは流行に先行する流行にしか興味がないんだ」(植草甚一)【漱石と明治人のことば262】

サライ.jp / 2017年09月19日06時00分

評論家の鶴見俊輔が、その人物像をこんなふうに語っている。 「人間は普通に生きていることに価値があるのだ。楽をして生きられればそれでいいじゃないか。そこにどっかと腰をおろしていた。それが戦後になって花ひらいたと思うんだな」 昭和54年(1979)12月10日、植草は心筋梗塞の発作により、世田谷区経堂の自宅で逝去した。71歳だった。4000枚のジャズ・レコード [全文を読む]

共謀罪を可決させたのは「情報発信はメディアがやれ」という空気

まぐまぐニュース! / 2017年05月25日02時08分

1960年代半ばに鶴見俊輔は専門化したマスメディア企業のジャーナリズム以外に、市民のジャーナリズムというものがあるべきで、両者はつながり合うべきとの主張を行っている。 しかし、明治の近代国家建設と共にマスメディアは新聞・テレビを中心に企業ネットワークにより構築化され制度化された一方、市民の入る余地はなかった。結果的に市民の言論活動は停滞したまま現在に至っ [全文を読む]

池田大作・創価学会名誉会長は田中角栄氏とよく似ている

NEWSポストセブン / 2017年02月17日07時00分

哲学者の鶴見俊輔も池田氏を「戦後の民主化を最も体現した人」と評しています。 戦後日本の民主主義は大衆によってダイナミックな動きを見せてきました。中層から上層に上昇した人に嫌われて、底辺の人たちから厚く支持された田中角栄や美空ひばりと、池田氏はよく似ていると私は考えています。 すなわち、学会活動の中で社会の底辺にいる人々を引き上げるシステムを作り上げ、“頑張 [全文を読む]

集英社クオータリー『k o t o b a』第25号 9月6日(火)発売! 特集テーマは「雑誌を哲学する。」

DreamNews / 2016年09月06日16時00分

【特集構成】巻頭言松岡正剛 雑誌の妙 伏せて/開けるPart1 国内の雑誌黒川 創 鶴見俊輔と『思想の科学』中島岳志 論壇誌から読み解く戦後保守思想武田 徹 『文藝春秋』の役割大森 望 もし、日本に『SFマガジン』がなかったら泉 麻人 わが青春の愛読コラム片岡義男 男性誌は"アメリカ文化への憧れ"の教科書だった山崎浩一 『ワンダーランド』のお宝佐藤卓己 「 [全文を読む]

【書評】京都の伝説的喫茶店に集った文化人たちの思い

NEWSポストセブン / 2016年06月25日16時00分

そして、甲斐扶佐義は同志社大学時代に鶴見俊輔に学んだからベ平連系でもある。 例えば北海道大学教授の渡辺浩平は、「私が甲斐さんの名前をはじめて聞いたのは、荻窪にあった叔父の家でした。叔父の室謙二は、母の年の離れた弟です」と述べ、塾講師の飯田朔はいいだももの孫で、二人共、「ほんやら洞」の二階に泊めてもらった経験を懐しそうに「追憶」している。 「ほんやら洞」と並 [全文を読む]

東大正門前『喫茶ルオー』 東大紛争時は負傷学生の避難所に

NEWSポストセブン / 2012年01月25日16時01分

赤門前のルオーは120席もあって、学生、芸術家や劇団員、文学関係者の溜まり場で賑やかでした」(山下さん) 1960年代後半には鶴見俊輔、小田実、開高健などべ平連(ベトナムに平和を!市民連合)のメンバーも立ち寄ったという。 「東大紛争の頃はケガをした学生が店に避難しに来たことも。本郷通りの歩道は石板敷きだったので、学生たちがたたき割って投石したんです。それに [全文を読む]

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