小田部雄次のニュース

小室圭氏 数々の試験をパスし「皇室公認の好青年」の認定

NEWSポストセブン / 2017年05月24日07時00分

だが、何か制約があるわけではなく、いまは本人の意志が尊重される」 だが、「身体検査はある」と語るのは、皇室に関する著書を数多く持つ静岡福祉大学・小田部雄次教授(近現代史)である。 「戦前は婚約者候補の三親等以内の親族の思想、借財、病歴、犯罪歴などを警察が調べ、健康診断などを受けさせられた。このチェックに引っかかり破談になったケースもあったと聞いたことがあり [全文を読む]

御代替わりに向け皇太子はアジア大会、秋篠宮は追悼式に

NEWSポストセブン / 2017年02月02日11時00分

皇室制度に詳しい小田部雄次・静岡福祉大学教授が指摘する。 「皇太子が冬季アジア大会で陛下のご名代を務められるのも、“次の陛下”となられる皇太子の予行演習や国際的な顔見せという意味を含めて、天皇家が退位に向けての“実績”を積み上げようとしているように見えます。しかし、天皇家がそうしなければならないのは、政治が皇室の問題に真剣に向き合おうとしていないからではな [全文を読む]

天皇は「ジミー」で常陸宮は「火星ちゃん」の愛称で呼ばれた

NEWSポストセブン / 2013年05月30日07時00分

その歴史を小田部雄次・静岡福祉大学教授(日本近現代史)が紐解く。ここでは今上天皇と弟の常陸宮の二人三脚について解説する。 * * * 今上天皇と常陸宮は2歳違いである。2人とも成年前に敗戦を迎え、叔父たちのように軍隊に入ることはなく、戦後社会の教育を受けることになった。今上天皇がアメリカの司書で作家であったエリザベス・ヴァイニング夫人から「ジミー」と呼ばれ [全文を読む]

兄に子が生まれた高松宮綴った「重荷のおりた様なうれしさ」

NEWSポストセブン / 2013年05月25日07時00分

その歴史を小田部雄次・静岡福祉大学教授(日本近現代史)が紐解く。ここでは昭和天皇の弟・高松宮の苦悩について解説する。 * * * 海軍兵学校を卒業した高松宮は青年期、弟宮という立場に悩んでいた。昭和4年(29年)ごろの日記では「単にスペアーとして生きておるのが皇族であるとも云へない」と揺れる胸中を明かしている。 この頃、昭和天皇に男子が生まれず、宮中は重苦 [全文を読む]

昭和天皇の弟・高松宮宣仁親王が友達を作らなかった理由とは

NEWSポストセブン / 2013年05月23日07時00分

その歴史を小田部雄次・静岡福祉大学教授(日本近現代史)が紐解く。ここでは昭和天皇の弟・秩父宮と高松宮の人柄について解説する。 * * * 古来、皇位は慣行に基づき天皇や朝廷公家らの意向で決定されるもので、皇長子に限らず皇族から多様に選ばれ、近代以前には兄弟姉妹間での継承が数多くあった。そうした慣行が改まったのは、明治22年(1889年)に制定された旧皇室典 [全文を読む]

日本の皇室の一夫一妻制は昭和天皇がイギリス王室に倣い導入

NEWSポストセブン / 2012年05月24日07時00分

「帰国後、昭和天皇は和装をやめて洋服の生活に切り替え、朝食もハムエッグにトースト、あるいはオートミールという英国流の生活を取り入れられたんです」(静岡福祉大学福祉心理学科・小田部雄次教授) なかでも皇室にとって最も意味深い改革となったのが“一夫一婦制”の確立だった。それまでは男子誕生のため、側室という制度があった。 「万世一系の皇統のなかで昭和天皇が敢え [全文を読む]

天皇皇后両陛下の「火葬検討」は費用抑えるためと専門家指摘

NEWSポストセブン / 2012年05月11日16時00分

皇室に詳しい静岡福祉大学・小田部雄次教授はこう話す。 「葬儀に当たる“大喪の礼”には国家元首をはじめとして、使節、大使など世界164か国の人々が参列したため、警備にも約25億円が割かれました。また棺を“葱華輦(そうかれん)”という巨大な輿(こし)で運び、東京・八王子市に約30億円をかけて造られた武蔵野陵に埋葬されました。結果、葬儀に使われた費用は約100億 [全文を読む]

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