町田勝彦のニュース

苦境続くシャープとパナが陥った、選択と集中の“罠”〜一極集中を突き進んだ誤算

Business Journal / 2013年08月22日06時00分

相談役の町田勝彦は無報酬の特別顧問だが、シャープを離れたわけではない。 株主総会では、主力銀行のみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)と三菱東京UFJ銀行から一人ずつ取締役を受け入れる議案を可決した。シャープは事実上、銀行管理会社になったわけだ。 総会では、相談役の町田が特別顧問にとどまることに対して、株主から「大阪商工会議所の副会頭を続けるために肩書がい [全文を読む]

「液晶テレビ」のシャープは本当に復活できるのか

プレジデントオンライン / 2017年04月11日09時15分

〈解説〉2012年にシャープがホンハイと提携交渉を進めていた時、シャープの町田勝彦会長(当時)は「テリー(郭会長)の周りにいるTシャツにGパンの汚い格好をした若者たちが、話してみるとやたらに優秀でスタンフォードやMIT(マサチューセッツ工科大学)出身だったりするので驚いた」と語っていた。 年齢、国籍に関係なく実力主義で人材を登用するのがホンハイ流であり、 [全文を読む]

シャープの晩節を汚した無能すぎる社長…何もできずリストラ繰り返すのみ、台湾系の傘下に

Business Journal / 2016年12月15日06時00分

4代目社長(1998-2007)町田勝彦氏5代目社長(07-12)片山幹雄氏6代目社長(12-13)奥田隆司氏7代目社長(13-16)高橋興三氏8代目社長(16-)戴正吳氏 [全文を読む]

シャープと東芝をダメにした歴代トップたちの内部抗争 企業の暴走は止められるのか

Business Journal / 2015年06月07日06時00分

よく知られているように、町田勝彦氏は1998年に社長に就任した当時「テレビをすべて液晶に変える」と宣言し、04年に液晶専用工場の亀山工場(三重県)を稼働させるなど「液晶のシャープ」の土台を築いた。07年、次期社長として49歳だった片山幹雄氏を指名。液晶のエキスパートである片山氏は、液晶事業の拡大路線を走り、07年に大阪・堺に液晶の新工場を建設することを発 [全文を読む]

シャープ、裏目に出た「蓄積の戦略」と「まじめな企業文化」 銀行団は救世主となり得るか

Business Journal / 2015年06月06日06時00分

だが、町田勝彦氏が社長に就任し、大きな転機を迎える。 [全文を読む]

一度“挫折した”経営者の登用、なぜ相次ぐのか 他社の経営中枢で失敗経験をフル活用

Business Journal / 2014年09月03日01時00分

また、町田勝彦氏(4代目)の前夫人(故人)は佐伯氏の娘。もっとも、町田氏の場合、前妻は中学校時代の幼なじみで、京都大学農学部時代に偶然にも再会して恋愛結婚する。その後、町田氏は牛乳メーカーから転職し、シャープに入社した。経営危機に陥ってからは町田氏の責任論が浮上してきたが、「液晶のシャープ」と呼ばれるようになり、業績が順調に推移していた頃は「うちは、経営者 [全文を読む]

日本電産、シャープ元社長を招聘の狙いは?挫折体験を評価、ポスト永守体制への布石か

Business Journal / 2014年08月15日01時00分

4代目社長の町田勝彦氏は娘婿だ。5代目社長の片山氏は父が佐伯氏と親交があった。2代目から5代目社長まで全員、佐伯氏と深いつながりを持っていた。●シャープ、栄光と挫折の歴史 営業畑出身の町田氏はテレビが家電の花形商品だった時代に、シャープが自社製ブラウン管を持っていなかった悔しさをバネに、「2005年までに国内のカラーテレビをブラウン管から液晶に置き換える」 [全文を読む]

鴻海社長、シャープとの提携破談の裏側と不誠実な対応を怒りの激白「だまされた」

Business Journal / 2014年06月26日14時00分

当初の提携交渉の相手は町田勝彦会長、片山幹雄社長(いずれも12年3月当時)だったが、実際の業務資本提携交渉が始まると3日目からは奥田隆司(12年4月より13年6月まで社長)が加わった。「非常に急がされたので、私たちはデューデリジェンス(事前調査)をしませんでした。1週間しかありませんでしたから。ですから私たちは、後日にデューデリをするという条件を(合意書に [全文を読む]

「大手家電メーカーは経営の“内ゲバ”が起きている」と大前氏

NEWSポストセブン / 2013年06月21日07時00分

シャープは経営再建に向けた提携戦略で、まず町田勝彦相談役(当時会長)が世界最大のEMS(電子製品受託生産サービス)である台湾の鴻海精密工業との資本・業務提携をまとめた。 それが暗礁に乗り上げると、次は片山幹雄会長が米半導体大手のクアルコム、韓国のサムスン電子と交渉した。奥田隆司社長は町田相談役と片山会長の動きを見守るだけで、シャープの経営は迷走を続けた。結 [全文を読む]

ローソン新浪剛史氏はなぜ社長からCEOに肩書きを変えたのか

NEWSポストセブン / 2013年05月23日07時00分

しかし、当時の町田勝彦会長と片山幹雄社長がCEOとCOOの役職に分かれてもお互い経営の意思決定をしてきたため、反りが合わず2年後に廃止。その後も両者は相談役、会長として取締役会に影響力を持ち続けたのは有名な話だ。 日本の経営史に詳しい一橋大学大学院商学研究科教授の橘川武郎氏は、こう警鐘を鳴らす。 「経営学の金言の中に、『組織は戦略に従う』という言葉がありま [全文を読む]

シャープ 会長・社長の同時退任は反体制派の“悲願”だった

NEWSポストセブン / 2013年05月22日16時00分

さらに問題なのは、片山氏の前任社長の町田勝彦氏が相談役として、さらにその前任である辻晴雄氏が特別顧問として、取締役会での影響力を持ち続けたままだった。 現場が経営再建のために動こうとしても、口を出してくる。奥田さんは先輩の3人に逆らえないので、現場で決まったはずのことが、3人の意見でひっくり返ったことが何度もあった。奥田さんの求心力は低下していくばかりで、 [全文を読む]

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