長岡和弘のニュース

聖子・明菜・キョンキョン…あの<黄金アイドル>の蔵出し秘話をプレイバック!(2)

アサ芸プラス / 2016年03月30日09時57分

ディレクターを務めた長岡和弘氏は言う。「作詞・松本隆、作曲・筒美京平という、これ以上ないゴールデンコンビに依頼しました。ただ依頼しただけではなく、由貴さんがオーディションで歌った5曲を録音して、それを2人に聴いてもらったんです」 松田聖子の「夏の扉」に「SWEET MEMORIES」、原田知世の「時をかける少女」、あみんの「待つわ」、そして中島みゆきの「 [全文を読む]

“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<最終回>甲斐バンド(1)

アサ芸プラス / 2014年02月19日09時58分

79年に甲斐バンドを脱退するまでベースを担当した長岡和弘が言う。 「博多という街は東京からプロのアーティストが来ても満杯にならない。むしろ僕らアマチュアのほうが動員力もあったし、自分たちでライブも運営していた」 井上陽水、チューリップ、海援隊に続く“博多発”のスターとして甲斐が注目されたのは、文化放送主催の「第3回ハッピー・フォーク・コンテスト」で優勝して [全文を読む]

“日本のリバプール”博多スーパースター列伝<第6回>チャゲ&飛鳥(3)

アサ芸プラス / 2014年02月14日09時58分

さてチャゲアスがデビューした79年8月、入れ替わるようにプレイヤーを辞したのが「甲斐バンド」のベースだった長岡和弘である。博多の先輩でありながらミュージシャンとしての接点はなかったが、長岡はディレクターに転身してからチャゲアスを担当。 「彼らがワーナーからキャニオンに移籍することになり、それまで谷山浩子とかヤマハの担当が多かった僕が見ることになった」 長 [全文を読む]

78年の石野真子と石川ひとみ(3)ひとみちゃんは学級委員みたいな存在

アサ芸プラス / 2013年07月31日10時00分

デビューから3年後の81年、起死回生を賭けてディレクターの長岡和弘が提案したのは「カバー曲」であった。 「当時は現役のアイドルがカバーシングルという慣例はなかった。渡辺晋社長にも『何で昔の曲をやるんだ。自信がないのか?』と言われたくらいです」 その曲とは、同じ渡辺プロの三木聖子が5年前に出していた「まちぶせ」である。ユーミンの作詞作曲で隠れた名曲とされてい [全文を読む]

86年の斉藤由貴と浅香唯(1)由貴のはつらつとした笑顔が絶大な支持を集めた

アサ芸プラス / 2013年07月19日10時00分

ただし、いわゆるCMソングではなかったとディレクターを務めた長岡和弘は言う。 「さすがにラーメンのための曲作りはできない。こちらはデビュー曲をとにかくいいものにしたいと懸命で、その結果、彼女のCMに使いたいという形になりました」 かつて甲斐バンドのベーシストだった長岡は、ディレクターに転身して石川ひとみや中島みゆき、後にはチャゲ&飛鳥も手掛けるが、デビュ [全文を読む]

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