吉田茂 鳩山一郎に関するニュース

鳩山・安倍…戦後の歴代総理大臣 33人中13人が親戚だった

NEWSポストセブン / 2016年07月12日11時00分

安倍家と麻生家の両家を軸に系図を辿ると、吉田茂、鳩山一郎をはじめ、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、三木武夫、鈴木善幸、宮沢喜一、細川護煕、橋本龍太郎、鳩山由紀夫と、戦後の総理大臣のうち13人が繋がり、まさに日本政界のエスタブリッシュメント(支配階級)を構成する閨閥が構成されている。 この閨閥は皇室ともつながり、住友財閥、森コンツェルン(昭和電工)、日産コンツ [全文を読む]

安倍首相の真珠湾慰霊、海外メディアはその狙いと成果をどう見たのか?

NewSphere / 2016年12月28日19時01分

しかし実際には、1951年に吉田茂氏、1956年には鳩山一郎氏、1957年には岸信介氏が訪問していることが判明し、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)、ブルームバーグ、ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)などの大手メディアが、「初」ではなかったと報じている。 それでも「いまだかつてない」訪問とするため、日本政府は、米大統領とともに真珠湾の慰霊施設を訪れる初の現 [全文を読む]

田中角栄よりスゴイ! 歴代総理大臣「豪快秘話」

日刊大衆 / 2016年08月31日15時00分

戦後、1億人超の日本国民を牽引した歴代宰相たちは、皆、人間的魅力に溢れていた! 終戦後の混乱が続く1945年5月に第1次吉田内閣を発足させた吉田茂元首相。“ワンマン宰相”として知られる彼は、豪快なエピソードには事欠かない。「真冬に都内で選挙演説していた吉田首相に、聴衆から“話を聞いてやっているのに上着を着たままとは失礼だ。脱げ!”と野次が飛んだときのことで [全文を読む]

民主と維新の合流にシラケた空気。「新党結成」なぜ盛り上がらない?

まぐまぐニュース! / 2016年03月02日19時30分

一方、自由党には吉田茂氏を筆頭とする官僚政治家勢で、池田勇人氏、佐藤栄作氏らが名を連ねていた。この2つの党が一緒になって、「保守合同」が出来た。社会党も負けじとほぼ同じ時期に右派と左派が一緒(55年10月)になり、この2つの党(自由民主党と日本社会党)が戦後ずっと闘ってきた。 戦後日本は、「護憲・革新・反安保」の社会党路線と「改憲・保守・安保護持」の保守路 [全文を読む]

[岩田太郎]【“声なき多数派”、安倍政権支持に傾くか?】~安保可決後の民意はどこへ 1~

Japan In-depth / 2015年07月17日19時00分

サイレント・マジョリティは当時の吉田茂首相に軍配を上げたことになる」と主張する。しかし現実には、1952年8月28日に行われた衆議院の抜き打ち解散で争われた466議席中、自由党吉田派は過半数に届かない199議席、そのライバルの自由党鳩山一郎派は35議席と、自由党そのものは大きく議席を減らし、呉越同舟でかろうじて過半数を確保したにすぎない。その後、鳩山派は吉 [全文を読む]

マドンナ旋風から民主党政権誕生まで 激震走った選挙を回顧

NEWSポストセブン / 2012年12月11日07時00分

「バカヤロー」解散後の1953年4月の衆院選では、吉田茂氏と鳩山一郎氏が袂をわかった。また、ロッキード事件で田中角栄氏の逮捕後、三木武夫政権下で行なわれた1976年12月の衆院選では、自民党は結党後、初めて衆院で過半数を割り込んだ──。 このように、歴史を振り返れば、日本の政治に激震を与えた選挙は数多い。ここでは1980年代以降、日本の政治の転換点となった [全文を読む]

日本のキリスト教徒率は1% 首相経験者の13%はキリスト教徒

NEWSポストセブン / 2012年06月04日16時00分

判明しているだけでも、戦前では原敬、戦後では吉田茂、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、細川護熙、麻生太郎、鳩山由紀夫。戦前、戦後を通して首相の数は計62人。約13%の割合であり、日本全体の対人口比1%弱に比べるとかなり高い。 宗教学者の島田裕巳氏が解説する。 「キリスト教が入ってきた時には上流階級の人たちが関心を持った。内村鑑三が勢力を広げた『無教会派』も東大系 [全文を読む]

フォーカス