永六輔 大橋巨泉に関するニュース

大橋巨泉さん死去の報道でファン悲しみ「テレビが終わった」との声多数

しらべぇ / 2016年07月20日10時00分

■Twitterで見られるファンからの悲しみの声#大橋巨泉 #永六輔 昭和のテレビを作ってきた人達が相次いで、、、— 守護戦士Lv.10(鎧:怪しい着ぐるみ) (@shin_zooo) July 20, 2016大橋巨泉さん、亡くなられたか...。クイズダービーみてたよ。— 神楽 (@kaa_gura) July 20, 2016大橋巨泉と言えば、クイズダ [全文を読む]

昭和は遠くなりにけり。永六輔にあって、大橋巨泉になかったもの

まぐまぐニュース! / 2016年09月20日21時00分

7月7日に83歳で亡くなった永六輔さんは、幅広い交友関係をお持ちだったことでも有名です。今回の『佐高信の筆刀両断』では、著者で評論家の佐高信さんが、赤坂BLITZで開かれた「永六輔お別れの会」で意気投合した世界的な舞踏家・田中泯さんとのエピソードを交えながら、永六輔さんの偉大さを振り返ります。さらに、永さんと同時期に活躍し、親交も深かった大橋巨泉さんについ [全文を読む]

永六輔さん×大橋巨泉さん、娘が明かした「父の姿、別れ…」

WEB女性自身 / 2016年12月15日12時00分

私も安心したというか、『パパ、やっと楽になれたね』と思いました」 日本の放送界の 盟友 として親交も深かった故・永六輔さん(享年83)と、故・大橋巨泉さん(享年82)はくしくも同じ 16年7月に永眠した。故・永六輔さんは2005年にパーキンソン病を患い闘病生活を続けたが、7月7日に逝去。そして、故・大橋巨泉さんは 05年に胃がんを発症。その後、中咽頭、リン [全文を読む]

ピーコがNHKに戦争批判コメントをカットされたと告白!「放送を見て力が抜けた」...永六輔追悼番組で

リテラ / 2016年08月21日12時00分

放送作家の永六輔、そして大物司会者の大橋巨泉と、今年の夏はラジオ・テレビという放送メディアをつくり上げてきた巨星が立て続けにこの世を去った。そして、このふたりはともに一貫して戦争に反対してきた人物でもあった。──安倍政権という戦後もっとも危険な男が総理の座に就くいま、警鐘を鳴らしてきた著名人がひとり、またひとりと鬼籍に入る現状に不安を覚えている人も少なくな [全文を読む]

追悼 大橋巨泉さん。はっぱふみふみと男性ホルモンに深い関係−英研究

まぐまぐニュース! / 2016年07月21日19時00分

ちょっと前には、永六輔さん。残念です。巨泉さんも六輔さんも、ウイットに富んだ冗談が面白かったですね。巨泉さんの方がやや攻撃的な冗談だったかも。 さて、そのよう攻撃的な冗談を言うのは、男性ホルモンが関係しているとの研究を思い出しましたので、お知らせします。 Norfolk and Norwich大学病院のSam Shuster教授が、英国医学誌British [全文を読む]

【訃報】大橋巨泉さん、 死去。「テレビの先駆者が」ネットでも悲しみの声

秒刊SUNDAY / 2016年07月20日09時41分

永六輔さんに続いて、残念です。昭和のTVを築いた巨人。・ 倍率ドン! さらに倍!・ 巨泉と言えばゲバゲバ90分なんだよな・ 大橋巨泉のすごいとこは、出演者をことごとくスターにしちまうところ。 ・ 心からご冥福をお祈りします。・ 永六輔さんが亡くなってすぐに大橋巨泉さんも旅立ったのは不思議な繋がりのようなものを感じますね。・ 永さんいなくなって寂しかった [全文を読む]

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

もう一人が、同番組の構成作家を務めた永六輔サンである。 秋元サンは『光子の窓』の終了後、同じ日曜夕方の枠で、ディレクターとして『シャボン玉ホリデー』を開始する。時に1961年。ご存知、ザ・ピーナッツやハナ肇とクレージーキャッツらナベプロ(渡辺プロダクション)所属の歌手たちを一躍スターダムに押し上げたヴァラエティ・ショーの金字塔である。最高視聴率32.4%。 [全文を読む]

24年半の軌跡、永六輔と戦争を語る巨星たち

Smartザテレビジョン / 2017年02月28日13時33分

2016年7月に83歳で亡くなった永六輔が、TBSラジオで1991年4月から2015年9月まで24年半にわたりパーソナリティーを務めた生放送番組「土曜ワイドラジオTOKYO永六輔その新世界」。放送終了後にそのエッセンスをCDの形にしようと、第1弾「泣いて笑って旅物語篇」に続き、第2弾「出会えば花咲く交遊録篇」がリリースされた。そして2017年2月、永六輔[全文を読む]

永六輔さんと大橋巨泉さん 巨額遺産に表れていた生きざま

WEB女性自身 / 2016年08月11日06時00分

家族ぐるみの付き合いがあった故・永六輔さん(享年83)と故・大橋巨泉さん(享年82)だが、生き方は違った。それは遺産の内容にも表れている。 「永さんは一年のほとんどを旅に出ていました。夫の長旅の間に奥さんが『転居先は○○です』と張り紙をして引っ越したこともあったとか(笑)」(前出・テレビ局関係者) 巨泉さんに先立つこと5日、先月7日に永さんが亡くなった後、 [全文を読む]

<巨星、堕つ>大橋巨泉さんとの想い出

メディアゴン / 2016年07月21日07時40分

【参考】<永六輔さんの思い出>白髪で背の高いワケの分からないことを喋っているじいさん?本番になった。いよいよ、問題のVTRを出す時刻がやって来た。精いっぱい直したが、理想には遠い。巨泉さんは当然事前にそのVTRは見ていない。そして、番組で巨泉さんがそのVTRを出す直前に、こう紹介したのである。 「次は、僕が一番気に入った今日最高の出来のVTRです」通常、あ [全文を読む]

故・永六輔さん 60年来の仕事仲間と泣き合った最期の日々

NEWSポストセブン / 2016年07月14日07時00分

その日、「お先に失礼!」というように、永六輔さんが息を引き取った。享年83。七夕の日だった。 優しく巧みに言葉を操る才能。昭和芸能界の生き字引ともいわれる幅広い人脈。永さんは今日の娯楽メディアの基礎を作りあげた人物だった。 1933年に東京・浅草に生まれた永さんは、中学校時代からラジオへの投稿を始め、早稲田大学在学中の19才のときにラジオの放送作家としての [全文を読む]

合計245才 黒柳徹子が泣いた永六輔と大橋巨泉の3ショット

NEWSポストセブン / 2016年02月16日16時00分

「こちらラジオの巨人・永六輔さん(82才)。そしてこちら、テレビの巨人・大橋巨泉さん(81才)です」 そんな黒柳徹子(82才)の紹介で始まった2月4日の放送は、年齢の合計245才、同級生3人によるテレビ史に残る伝説的鼎談となった。 永は2010年にパーキンソン病と診断され、歩行困難のため車椅子で出演。口は大きく開いたままで、膝の上にはブランケットが重ねら [全文を読む]

永六輔氏 46年続いたラジオ終了後も小劇場で話すことに意欲

NEWSポストセブン / 2013年10月20日07時00分

46年間、1万2629回にわたり続いたTBSラジオ『永六輔の誰かとどこかで』が、9月27日に最終回を迎えたが、その翌日、何事もなかったかのように、もうひとつの冠番組の生放送に臨んだ永六輔氏(80)。永氏にとってのラジオとはどういうものか──吉田豪氏(プロインタビュアー)が深掘りインタビューした。──素朴な疑問で、永さんって昔からいろんな人と喧嘩して、すぐ番 [全文を読む]

鈴木清順の弟が明かす、清順美学の根底に流れる戦争の影響「兄は戦争から帰ってきて人が変わった」

リテラ / 2017年02月25日19時00分

私も大仰なメッセージを伝えようなどとは思っていない」(「週刊朝日」2002年4月11日/朝日新聞出版)と本人が語っている通り、鈴木清順は同じ戦中派の文化人でも、永六輔、大橋巨泉、水木しげる、野坂昭如ほどには戦争や平和についてメッセージを発信することはなかった。『春婦伝』という従軍慰安婦を主人公にした作品を撮ったりもしているが、作風も基本的には娯楽性・芸術性 [全文を読む]

故蜷川幸雄さん「灰皿を投げたのは1回なのに困っちゃう」

NEWSポストセブン / 2016年12月14日16時00分

大橋巨泉さん、永六輔さんなど、テレビ・ラジオ界の大物が天国に旅立った2016年。そして、舞台界の巨匠・蜷川幸雄さんは5月12日、肺炎による多臓器不全のため亡くなった。80才だった。 舞台に懸ける情熱は最後まで衰えることはなかった。蜷川さんは、昨年12月に体調を崩してからも、車椅子に酸素チューブをつけて稽古場に姿を見せていた。「応援団」を自認する俳優の妹尾和 [全文を読む]

『建設的』に見る日本語ラップ、ヒップホップの夜明けと、多くのフォロワーを生み出した、いとうせいこうのマルチな才能

okmusic UP's / 2016年10月05日18時00分

そのベクトルはラジオを中心に活動しつつ、随筆家や作詞家としても活躍した永六輔氏、あるいはTVタレントでありながら、エッセイスト、評論家でもあった大橋巨泉氏といった昭和の巨匠たちに近い印象もあり、間違いなく氏の名前は歴史に残るものとなると思う。その意味でも、今改めて氏の音源が再発されたのは意義深いし、個人的にはこの機会に“いとうせいこう祭り”に乗らないのはも [全文を読む]

蜷川幸雄が小栗旬を語った未公開秘話を初放送

Smartザテレビジョン / 2016年08月25日18時10分

8月28日(日)のフジテレビ系「ボクらの時代」(毎週日曜朝7:00-7:30)は、ことし亡くなった蜷川幸雄、大橋巨泉、永六輔をしのび、3人の出演を振り返る追悼特集。 蜷川については、まだ若手だった小栗旬の才能をいち早く見いだして主役に抜てきしたエピソードや、綾野剛との意外な出会い、これからの若い役者へのメッセージなど、未公開秘話を含めたエピソードを紹介する [全文を読む]

黒柳徹子 激太り、ロレツ回らず、歩行困難…「撮影禁止」が通達された厳戒イベント

アサ芸プラス / 2016年08月06日09時57分

あるいは、体を動かせないストレスが食欲に火をつけたのかも」 さらに7月には永六輔、大橋巨泉と、黒柳にとって悲しい別れが相次いだ。「特に、永さんとは『2人で長生きして、同じタイミングで逝きたいね』と話すほど仲がよかった。悲しみが深いことは間違いありません」(ベテラン芸能記者) 名誉村民賞授与式後の記者会見でも、「(そのことについては)もういろいろお話ししたし [全文を読む]

矢作直樹氏提言 「寿命を気にしなければ若返る」

NEWSポストセブン / 2016年07月29日16時00分

長い間、闘病生活を続けていた永六輔さん(享年83)、大橋巨泉さん(享年82)の訃報が続き、改めて「死に方」に関心を抱く高齢者が増えているという。東大病院の救急現場で長年、「命」と向き合ってきた矢作直樹・東大名誉教授は、不安を払拭するためには死生観の転換が必要だと説く。 「そもそも、死に方に上下をつけたがるのは、私たちの悪い癖です。死に上下などありません。病 [全文を読む]

巨星墜つ…気になる大物の訃報

NewsCafe / 2016年07月22日15時30分

1990年、56歳でセミリタイアを宣言してますから、デスクも知らないんじゃないですか」 デスク「今の現役芸能記者で、巨泉さんの全盛期…つまり40年前に取材したっていうのはいないよね」 記者「セミリタイアと言いながら、時々番組に出てたし、一時は政界進出もして…」 デスク「死の直前まで書き続けてきた週刊現代の連載コラムなんかも、編集長が替わって連載が打ち切られ [全文を読む]

フォーカス