ラジオ番組 永六輔に関するニュース

浅草が主戦場のナイツ「最初は浅草も東洋館もイヤイヤだった」

NEWSポストセブン / 2017年01月31日07時00分

「そう言われても、そんなに接点がなかったんで、ピンと来ないんですけどね」(塙)「永さんのラジオ番組にゲストで出たりしましたが、我々からしたら歴史上の人物ですからね。すごすぎて実感が湧きませんでした」(土屋) と、どちらも永氏の評価に浮かれない。この淡々、飄々としたスタンスこそ、ナイツの味である。 ナイツの主戦場は、東京・浅草だ。浅草フランス座演芸場東洋館─ [全文を読む]

『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』(矢崎泰久・編/集英社新書)が8月17日に発売!

DreamNews / 2016年08月16日15時00分

『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」』編者 矢崎泰久(やざき やすひさ)定価:本体740円+税ISBN 978-4-08-720845-0 http://shinsho.shueisha.co.jp/中学生でラジオ番組に投稿を始め、放送作家への道を始めた永六輔は、やがて戦後放送文化のトップランナーとして新しい時代の価値を次々に生み出していく。その道程で出 [全文を読む]

【書評】たけしと走り続けた高田文夫が描く大衆芸能史

NEWSポストセブン / 2017年05月12日07時00分

台本だけでなく、DJ、タレント、作詞家、落語家(立川藤志楼)であり、テレビ、ラジオ番組やイベントの企画立案をする。もひとつおまけにヨイショの達人で、四谷三丁目の料理屋で偶然会ったハマコーこと浜田幸一先生をほめまくり「夜明けは近い」とはげまされた話が痛快だ。 たけしとの出会いでばりばりと表現する力技をみがいた。「足立区のたけちゃん」はいまや「世界の北野」と [全文を読む]

24年半の軌跡、永六輔と戦争を語る巨星たち

Smartザテレビジョン / 2017年02月28日13時33分

永六輔と今は亡き巨星、そして老いてもなお活躍する偉人たちの面影や大切にしていた思いがよみがえる、素敵なラジオ番組の世界に誘われてみてはいかがだろう。 [全文を読む]

TBSラジオの人気パーソナリティーに会いに行こう!

Smartザテレビジョン / 2016年10月26日21時31分

当日は、イベントブースも出店され、TBSラジオのさまざまなグッズや、先日亡くなった永六輔のラジオ番組を収録した第2弾CD「永六輔その新世界特選ベスト 出会えば花咲く交遊録篇」の先行販売も行なわれる。第1弾のCDが大好評だったこともあり、こちらもぜひ注目したい。 ことしも赤坂の「街」との強力タッグは継続中で、赤坂サカス広場に加え、TBSの目の前にある国際赤 [全文を読む]

永六輔さんが伝えたかった「今こそラジオを聴くべき理由」がスゴい!

BizLady / 2016年08月16日18時00分

7月7日に亡くなった永六輔さん(享年83歳)が、ご自身の著書やラジオ番組の中で、何度も繰り返し日常にラジオが必要な理由を語っていたのをご存知でしょうか? これらの言葉がものすごく説得力のある言葉なのです。もしかしたら、仕事で七転八倒しているあなたの心を解きほぐすようなツールとなってくれるのは、ラジオかもしれません!■ラジオで鍛えられるのは、働いたり生活する [全文を読む]

【エンタがビタミン♪】桑田佳祐『ヨシ子さん』2位に歓喜 アナログ盤初披露 あの名曲とかぶせて流すハプニングも!

TechinsightJapan / 2016年07月20日16時00分

桑田佳祐が自身のラジオ番組で、6月29日にリリースしたシングル『ヨシ子さん』がオリコンチャートで初登場で2位となったことについて「スタッフの、ファンの皆さまのおかげであります」と感謝、さらに7月27日発売の同曲アナログ盤をオンエアした。リスナーからもフライングで聴かせて欲しいと要望があったものの、祝福モードからか思わぬ展開となった。 7月16日にTBS系で [全文を読む]

最期までラジオを愛した永六輔さん その理由とは?

NEWSポストセブン / 2016年07月17日07時00分

その関係で20代の頃から永さんには御世話になっていて、その後、放送作家やコラムニストとして活動をするようになってからも、永さんがパーソナリティーをつとめるラジオ番組にゲストとして呼んでいただいた。そんな御縁で鼎談メンバーに加えていただいたのだ。 [全文を読む]

ゆず、「見上げてごらん夜の星を」配信リリース&永六輔追悼コメントも

okmusic UP's / 2016年07月12日13時00分

日本生命CMソングとして現在オンエア中のほか、全国の各ラジオ番組でエンディングテーマ・イチオシ 曲・パワープレイに多数決定。さまざまなプロモーション方法があるなかで、「まずは耳で、曲を聴いてもらいたい」というゆずの想いに賛同し、各ラジオ局でも多くのオンエアがされている。 配信ジャケット写真は、2人が“正装”で参加したレコーディング時のカットに加え、坂本九 [全文を読む]

こども電話の現担当 放送後にも電話する永六輔に感銘受けた

NEWSポストセブン / 2014年08月23日07時00分

ラジオ番組では指折りのご長寿番組だ。 番組が始まったのは東京五輪の年、1964年(昭和39年)7月13日。TBSのプロデューサーが「ラジオ番組の中で子供の疑問、相談を受け付ける番組を作りたい」と思い立ち、番組は生まれた。 当初は『オーナー』(平日午後1時~6時)という番組内のひとコーナーだった。その後、独立番組となり時間帯の変化を重ね、1997年に日曜朝9 [全文を読む]

田中みな実が「ホントはいいコ」な理由3選 ひとりで急に泣き出すほど繊細!?

AOLニュース / 2014年06月12日22時00分

そんな彼女の本音が出たのが、自身のラジオ番組でのこの発言。 永六輔アシスタントとしてのラジオの思い出を語る外山惠理アナウンサーに「テレビとラジオだったらどちらが好きですか?」と直球の質問を投げる田中みな実。そこに間髪入れずに「ラジオ!」と答える外山。 それに対し「ラジオもまたテレビと違う側面でいいですよね」みたいなコメントをするのかと思いきや、「ええっ!? [全文を読む]

永六輔氏のラジオ 話が飛んでも上手くいく理由を本人明かす

NEWSポストセブン / 2013年10月12日16時00分

46年間、1万2629回にわたり続いたラジオ番組の最終回が放送された翌日、何事もなかったかのように、もうひとつの冠番組の生放送に臨んだ永六輔氏(80)。 伝説的番組『夢であいましょう』でテレビバラエティの雛型を作り、作詞を担当した『上を向いて歩こう』は米ビルボード1位を獲得。著書『大往生』は230万部を売り上げた。それでもいま、ラジオという場所で生きる永氏 [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

一方で、ラジオ番組「永六輔の誰かとどこかで」(TBSラジオ)を40年以上続けるなど「僕にとってはラジオが身内」(本書より)という思いは生涯変わらなかったようです。 [全文を読む]

故蜷川幸雄さん「灰皿を投げたのは1回なのに困っちゃう」

NEWSポストセブン / 2016年12月14日16時00分

帰阪して自らがパーソナリティーを務めるラジオ番組で勝手に宣伝するのが常になった。 「灰皿を投げるとか、怖いイメージで言われていましたが、“灰皿を投げたのは1回しかないのに、困っちゃうよ”と笑ってました。たしかに稽古に入ると鬼だけど、あんなに優しくて、愛情にあふれるかたはいません。あるお芝居のリハーサルを見学した時ですが、萩原流行さんだけが噛みまくっているの [全文を読む]

クラスメイト久米宏君

クオリティ埼玉 / 2016年07月24日00時25分

6月末に発売された『緊急復刊 朝日ジャーナル』では舌鋒鋭く、「僕のラジオ番組で、『テレビのニュース番組を斬る』という特集をやったんです。それで普段はあまり見ない各局のニュース番組を見比べてみた。気付いたのは、番組の構成、雰囲気、言葉遣い、何から何まで似ているんですよね。昼のワイドショーは特に同じです」と切り込んでいる。そしてテレビ報道の「自粛」については「 [全文を読む]

もう“ドジっ娘”は通じない!雨宮塔子「報道キャスター」復帰に不安の声

アサ芸プラス / 2016年07月20日17時58分

先日亡くなった永六輔氏のラジオ番組でも活躍していましたが、映画を紹介する場面で『禁じられた遊び』を『禁じられた女遊び』と言ってしまったエピソードは有名です。温厚な永氏にはフォローしてもらったようですが、報道番組でドジな失敗は許されません」(週刊誌記者) そんな雨宮の“健在ぶり”も見たいところだが、今の彼女は当時とは違うらしい。「明るいおっちょこちょいなキャ [全文を読む]

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