長嶋茂雄 広岡達朗に関するニュース

野村克也氏 「ONと同じ時代に生きてつくづく不幸だった」

NEWSポストセブン / 2012年10月31日07時00分

長嶋茂雄と王貞治、両氏との因縁や名勝負を軸に、プロ野球がたどってきた歴史をひもときながら、独自の野球観を語るファン必読の好著である。「長嶋茂雄氏の攻略法は最後まで分からなかった」と語る野村氏。ではもう1人のライバル・王貞治氏の攻略法は? * * * 私は、打者を考える時(すべての打者は変化球への対応をテーマとしている)、大きく4タイプに分類する。ストレート [全文を読む]

長嶋監督はスパルタ方式 体罰も辞さず江川卓氏「怖かった」

NEWSポストセブン / 2012年12月19日16時01分

【書評】『地獄の伊東キャンプ 一九七九年の伝道師たち』鈴木利宗/大修館書店/1470円 【評者】香山リカ(精神科医) * * * 長嶋茂雄のファンは多かろう。私もそうだ。しかし、私たちが知っている「陽気でちょっと天然ボケの天才野球プレイヤー」というのは、彼のほんの一部でしかなかったのだ。本書を一読してそれを思い知らされた。 では、私たちが知らないのはいかな [全文を読む]

王・長嶋は天才的だった故に監督哲学がなかったと野村克也氏

NEWSポストセブン / 2013年01月03日16時00分

選手・監督時代の苛烈な戦いの経験を『オレとO・N』(小社刊)で明かした野村克也氏が、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄への思いと球界の未来について語った。 ――野球人として、選手から監督になって見える世界が変わったか。 野村:現役時代の私は、長嶋より王をライバル視していた。しかし、監督となってからは、今度は長嶋を徹底してライバルとみなし、大いに闘志を燃やすよう [全文を読む]

よみがえる名場面。プロ野球・日本シリーズ伝説の瞬間「激闘!昭和編1」

週プレNEWS / 2016年10月25日06時00分

昭和40年代のプロ野球は、ミスタープロ野球こと長嶋茂雄と、一本足打法の王による「ON砲」が円熟期を迎えていた。 一方のパ・リーグは、闘将・西本幸雄監督率いる阪急がリーグ制覇の常連となるものの、日本シリーズでは3度巨人に敗れていた。そして、これが4度目の挑戦。 だが、1勝1敗で迎えた第3戦、9回裏に起きたドラマが、打倒・巨人に燃える阪急ナインの意欲をそぎ取 [全文を読む]

巨人OB・広岡達朗氏 高橋由伸監督擁立に「軽率で言語道断」

NEWSポストセブン / 2015年10月26日16時00分

あの長嶋茂雄氏をして「21世紀のスター」といわしめ、入団時から輝かしいキャリアを積み上げてきた巨人・高橋由伸(40)。将来的に巨人の監督になることは、自他共に認めるところだっただろう。しかしその時は、あまりにも急に訪れた。 23日に監督就任要請受諾が発表されたが、球団から正式に次期監督の要請を受けた直後、20日の会見では、高橋は揺れる心情を隠すことはなかっ [全文を読む]

広岡達朗氏「原はオレの真似をしろ。勝って勝って嫌われる」

NEWSポストセブン / 2014年05月26日11時00分

ファンサービスのつもりかもしれないが、チャラチャラした部分まで、長嶋茂雄に似せる必要はない。 長嶋がよくなかったのは、それまで巨人は常勝、勝たなければいけなかったのに、長嶋時代には、“長嶋なら負けてもしょうがない”ということになってしまったことです。でもこれは長嶋だから許されたわけで、原では負けてもファンが許してくれない。それに気が付かないと」 そして広岡 [全文を読む]

【プロ野球】過去には最下位→優勝→最下位も。優勝から最下位に急降下 or 最下位から優勝に急上昇した球団は?

デイリーニュースオンライン / 2017年03月10日16時05分

■巨人 1975年:最下位/1976年:優勝 1974年限りで現役を引退し、そのまま監督に就任した長嶋茂雄。大きな話題となったが、1975年は開幕ダッシュに失敗し、まさかの球団史上初となる最下位に。しかし、張本勲、加藤初らを補強し、首脳陣も刷新して臨んだ1976年は、見事優勝を果たした。 ■ヤクルト 2014年:最下位/2015年:優勝 2013年、20 [全文を読む]

合氣道をなぜ世界のアスリートが学ぶのか

プレジデントオンライン / 2016年12月09日15時15分

先代は、巨人軍の黄金時代を築いた広岡達朗さんや王貞治さん、長嶋茂雄さんなど超一流のプロ野球選手も教えていたと伺っています。それほど偉大な父親から後を任されるというのは、どのような気持ちでしたか。責任とともに葛藤のようなものはあったのでしょうか。 【藤平】藤平光一の内弟子になってからは師弟関係ですので「父」と呼ぶことはありませんでしたが、私は父が53歳のとき [全文を読む]

次期G監督候補 吉村禎章氏、篠塚和典氏、由伸、阿部の名も

NEWSポストセブン / 2015年06月21日07時01分

女性問題が報じられてチームを去った経緯がありますが、もう禊(みそぎ)は済んだという声がもっぱらです」(スポーツ紙記者) もう1人は、長嶋茂雄元監督をして天才といわしめた篠塚和典氏。首位打者2回、ベストナイン5回を誇り、引退後は一軍打撃コーチをはじめ、守備走塁、総合コーチなどを歴任した。 「実績やキャリアを考えても、なぜこの人が球界でスポットライトを浴びない [全文を読む]

元助っ人のジョンソン氏とマニエル氏 日本で学んだ共通点は

NEWSポストセブン / 2015年05月19日16時00分

監督をやるようになって広岡(達朗)サンの気持ちがわかるようになったよ(笑い)」 マニエルはヤクルト時代に広岡達朗監督、ジョンソンは長嶋茂雄監督と起用法を巡る確執があった。 「忍耐」──日本で何を学んだかと問うと、2人は申し合わせたようにいう。洋の東西を問わず、監督に強く求められる必須条件だ。日本野球はメジャーに有能な人材を供給するだけでなく、名監督誕生にも [全文を読む]

巨人・原監督を陰で操る黒幕の存在とは?(3)後任は川相ヘッドが適任だが…

アサ芸プラス / 2015年05月05日09時56分

「球団としての本命はあくまで松井となりますが、長嶋茂雄終身名誉監督(79)という存在がいるために、これまで松井も将来的な可能性を含めてはっきりと『ノー』とは伝えていません。もし原監督の次を高橋が継げば、松井監督誕生は事実上なくなりますが、川相ヘッドの昇格であれば、松井待望論は継続されるんです。世代交代の間を埋めるつなぎ役としても、川相監督は適任でしょう」( [全文を読む]

鎌田実のバックハンドトス 吉田義男が相棒だから生まれた

NEWSポストセブン / 2015年03月31日16時00分

巨人の長嶋茂雄&広岡達朗と阪神の三宅秀史&吉田の三遊間が代表的で、少年野球ではチームで一番守備のうまい子供が遊撃手、次が三塁手をやるのが当たり前。僕も高校時代は遊撃手でした。プロで二塁になったのは、吉田さんがいたから仕方なかった(苦笑)。 強肩を活かし、広い守備範囲を動き回る遊撃手は黙っていても目立つポジション。ところが二塁手は地味で目立たない。そこでアピ [全文を読む]

巨人黄金時代の5番手捕手が語る「プロで成功する秘訣」とは

NEWSポストセブン / 2014年06月13日11時00分

例えば1958年のオールスターには、巨人から藤田元司、藤尾茂、川上哲治、長嶋茂雄、広岡達朗、坂崎一彦、宮本敏雄、与那嶺要らが出場した。王貞治がいなくとも(翌年入団)、どこからでも本塁打が打てる迫力がある、まさに巨人の本格的な黄金時代が始まろうとしていた時だった。 この年、島根出身の1人の捕手が巨人でデビューした。名を竹下光郎という。私にとってとても思い出深 [全文を読む]

「原監督は長嶋の欲しい欲しい病を引き継いだ」と広岡達朗氏

NEWSポストセブン / 2014年05月30日07時00分

その意味で、彼は師である長嶋茂雄に似てきたと思いますね」 長嶋氏といえば、“勘ピューター”と揶揄された長嶋采配が有名。確かに日替わりオーダーにはそれに通ずるものがある。 さらに広岡氏がいうには、一番似てほしくなかった長嶋監督の“持病”「欲しい欲しい病」まで引き継いだと語る。 「大竹(寛)に、片岡(治大)に井端(弘和)……、最近の原はよそのチームの選手ばかり [全文を読む]

「前田健太はメジャー移籍狙い火事場の馬鹿力見せる」と識者

NEWSポストセブン / 2014年03月26日16時00分

1985年に阪神が優勝した時、長嶋茂雄さんは「時代の要請であります」といった。 当時全盛だった、広岡達朗監督の西武に代表されるような、緻密な管理野球に飽きたファンに、奔放に打ちまくる阪神の野球が支持されたんです。 これと同じく、カネに物をいわせる大型補強にNOを突きつけ、草の根の球団経営を続ける広島を、世の中が後押ししている気がします。 広島に関する出版 [全文を読む]

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