野村克也 森祇晶に関するニュース

【オリックス】「監督」の仕事とは「ミキシングエンジニア」である?

文春オンライン / 2017年06月08日11時00分

仰木彬監督、野村克也監督、森祇晶監督に星野仙一監督、まして王貞治監督に長嶋茂雄終身名誉監督、大沢啓二親分など「監督」と聞けば誰もが球団オーナー以上のオーラを放っていたイメージだった。 しかし、大人になってプロ野球球団と一緒に仕事を手がけるようになるとそんな考えは一変する。我々が思っている以上にプロ野球球団はずっとずっと大きな組織で戦っているのである。経営を [全文を読む]

野村克也氏 「大学出身のキャッチャーは信用していない」

NEWSポストセブン / 2017年04月07日07時00分

名将・野村克也氏の目から見たペナントレースは、「テレビじゃ言えない」話ばかりだった。野村氏は、FAで3人のスター選手を獲得した巨人について「補強というのは、『その選手がチームの役に立つかどうか』という判断基準がなければならない。ただ単に、スターを獲ればいいというわけじゃないんだ」とチクリ。 だが、巨人に明るい話題がないわけではない。WBC本戦・全7試合でス [全文を読む]

名将対決に舌禍事件。プロ野球・日本シリーズ伝説の瞬間「熱狂!平成編1」

週プレNEWS / 2016年10月27日06時00分

1990年からヤクルトの監督に就任した野村克也は、データを駆使した「ID野球」を掲げて弱小チームの底上げに着手。92年に大混戦のセ・リーグを制して、日本シリーズで王者・西武に挑戦した。 ベテラン杉浦亨(とおる)の代打サヨナラ満塁ホームランや岡林洋一の熱投もあり、第7戦までもつれたものの惜敗。この敗戦で味わった悔しさをもって、翌93年のシリーズに再び挑んだ [全文を読む]

森祇晶氏 優れたキャッチャーをいかに育てるかについて語る

NEWSポストセブン / 2015年08月16日07時00分

古い時代の話だといわれるかもしれないが、ノムさん(野村克也)は凄い眼力だった。スコアラーが存在しなかった時代に自分の目で見て情報を集め分析し、課題を見つけて解決していた。そういう勉強を今の選手たちはしていないでしょう。 相手バッターがいつもは打席のどこに立つか、バットをどのくらいの長さで握るか。それがピンチ、チャンスの時にどう変わるか。人間なのでどこかに [全文を読む]

野村克也氏 育てた指導者の数は王・長嶋に勝ったと自負する

NEWSポストセブン / 2012年11月01日07時00分

10月24日、野村克也氏は新著『オレとO・N』(小学館)を上梓した。長嶋茂雄と王貞治、両氏との因縁や名勝負を軸に、プロ野球がたどってきた歴史をひもときながら、独自の野球観を語るファン必読の好著である。野村氏がONについて語る。 * * * 私は記録でも記憶でもONに敵わなかったかもしれないが、一つだけ勝ったと自負していることがある。「人を遺した」ことだ。「 [全文を読む]

野村克也氏 「長嶋茂雄の攻略法は最後まで分からなかった」

NEWSポストセブン / 2012年10月30日16時00分

10月24日、野村克也氏は新著『オレとO・N』(小学館)を上梓した。長嶋茂雄と王貞治、両氏との因縁や名勝負を軸に、プロ野球がたどってきた歴史をひもときながら、独自の野球観を語るファン必読の好著である。野村氏が語る。 * * * 長嶋との最初の接点は、長嶋が六大学の本塁打新記録をひっさげて、ゴールデンルーキーとして入団した、1957年の巨人とのオープン戦だっ [全文を読む]

【プロ野球】さよなら「ヤギの呪い」。ジンクス・法則・呪いで振り返る日本シリーズとワールドシリーズ

デイリーニュースオンライン / 2016年11月07日17時05分

「外野手出身に名監督なし」といったのは稀代の名将・野村克也氏。そんな野球格言のひとつも、今年を最後に過去のもとになった、と言ってもいいのではないだろうか。 ■「20年ぶり以上のリーグ優勝=日本一」の法則ならず 1980年以降、20年以上リーグ優勝から遠ざかったチームが日本シリーズに進出すると必ず日本一に輝く、という法則があった。 1985年の阪神(21年 [全文を読む]

【プロ野球】投手・イチローに代打・野茂…誰もが驚いたオールスター珍事件

デイリーニュースオンライン / 2016年07月15日17時05分

だがその時、イチローの投球練習を見つめる松井に、セ・リーグの野村克也監督が声をかける。松井はベンチへ戻り、投手の高津臣吾が代打に起用された。高津はショートゴロ。そのままゲームセットとなった。 当時、球界の若きスターとして活躍していた松井とイチロー。「夢の球宴」で2人の対決を狙った仰木監督だったが、「オールスターと言えども真剣勝負」という野村監督はそれを許 [全文を読む]

清原容疑者は西武時代に甘やかされた?球界大御所たちの”キヨハラ論”|プチ鹿島コラム

デイリーニュースオンライン / 2016年02月14日18時00分

野村克也氏である。 《清原が西武1年目か2年目のときに、俺は森(祇晶・元西武監督)に言ったんだよ。清原は野球に対する思想、哲学が何もない奴だ、天性だけでやっている。お前が悪い。ちゃんと教育しろって。野球の指導はコーチがやる。監督の仕事で大事なのは人間教育、社会教育ですよ。》 広岡、野村、森。永遠のライバル関係ここに。今さら責められている森祇晶氏だが、「週刊 [全文を読む]

現役時の野村克也氏 田淵幸一氏を「こいつダメ」と感じた瞬間

NEWSポストセブン / 2015年12月27日07時00分

野村克也氏は外野手出身の監督に名監督はいないと指摘する。外野手は考える習慣を持っていないからだという。それでは他のポジションの出身者はどうのか、野村氏が語る。 * * * まず投手出身者は投手心理が理解でき、継投のタイミングがわかるという利点はあるが、彼らは基本的に「お山の大将」だから視野が狭い。現役中は打者と捕手しか見ていないのだから当然だ。 その点、内 [全文を読む]

【プロ野球】来季は前途多難!? 巨人・高橋監督では”優勝できない”ワケ

デイリーニュースオンライン / 2015年12月21日07時00分

野村克也、森祇晶などの名将と同じく捕手出身監督であり、近鉄時代は打撃力、日本ハム時代は投手力と、戦力面の長所を十分に活かしながら、両球団とも2年目に優勝に導いてきた。 「名コーチ」から監督となったのがオリックスの福良淳一監督。2005~2012年の8年に渡り日本ハムのコーチを務めてきたが、この間、球団は4度も美酒を味わっている。辛口なOBでさえ「いいコーチ [全文を読む]

プロ野球優勝チームの法則 監督と似た選手存在、今年は広島

NEWSポストセブン / 2014年05月03日16時00分

わかりやすくいえば、ヤクルト時代の野村克也監督が古田敦也を育てた例です。いわば、自分の現役時代と似たタイプの選手がいるかどうかが、その監督の命運を握っていると言えます」 プロ野球の歴史を見ると、優勝チームには、その法則が多く当てはまるという。 「V9巨人の名捕手だった森祇晶監督が西武の黄金時代を築いたときには、伊東勤がチームを引っ張った。長嶋茂雄監督が第1 [全文を読む]

野球好きの上司と話を合わせる“ツボ”教えます!

週プレNEWS / 2014年04月04日11時00分

多くの管理職が師と仰ぐのは、ヤクルトで「ID野球」を広めた野村克也、そして常勝・西武を築いた森祇晶(前任の広岡達朗の管理野球に心酔する人も多いので要注意)だろう。また、イチローを登用し「日替わりオーダー」でオリックスを活性化させた仰木彬、存在するだけでカリスマ性を発揮した巨人・長嶋茂雄……。以上の監督と、上司の言動に重なる部分があったら、それは影響を受けた [全文を読む]

中日・谷繁“布石を打って勝つ”新リーダー術(6)「兼任監督が機能する条件」

アサ芸プラス / 2014年03月12日09時57分

かつて捕手の兼任監督といえば、南海時代の野村克也やヤクルトの古田敦也がいた。 野村は“公私混同”による途中解任までの7年間、みずからマスクをかぶり、投手をリードしてきた。ノーコンだった江本孟紀、巨人では1勝もあげていなかった山内新一を20勝投手に育て上げるなど、その手腕は高く評価された。野村はこの時、まだ32歳。故障で休んだ74年以外は、年間120試合以上 [全文を読む]

二宮清純が語る巨人をVに導いた「ノムさんの愛弟子」

アサ芸プラス / 2012年11月21日09時59分

野村克也監督時代の楽天でヘッドコーチを務め、野村流の“配球学”をみっちり学んだ。今季はスコアラー登録だったためユニホームこそ着ていなかったが、チームへの貢献度は計り知れないものがあった。 「たとえ見逃し三振でも、狙ったボールが来なかった結果であればOKという“根拠野球”を巨人に植え付けた。阿部慎之助が2冠王になったのは、その部分での効果が大きい。来季、どの [全文を読む]

プロ野球「師弟の絆」裏物語 第3回 谷繁元信と権藤博の「一意奮闘」(3)

アサ芸プラス / 2012年09月19日10時59分

こうした選手の自立性に任せた“采配”を公然と批判したのは、当時、阪神の監督だった野村克也だった。「バントをしない」「ミーティングはしない」「夜間練習はしない」という権藤流の野球について、厳しく批判していたことがある。 だが、横浜で優勝した98年の暮れ、外国人記者クラブに招かれた講演で、記者の質問にこう答えている。 「ID野球かどうかわかりませんが、来年、 [全文を読む]

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