内閣 細川護煕に関するニュース

マドンナ旋風から民主党政権誕生まで 激震走った選挙を回顧

NEWSポストセブン / 2012年12月11日07時00分

■55年体制崩壊で細川内閣発足(1993年7月衆院選) 宮沢喜一首相が約束していた選挙制度改革を先送りしたため、野党が内閣不信任案を提出。党内からの造反で可決され、解散に。自民離反者が創設した日本新党や新党さきがけら、非自民8党会派連立で細川護煕内閣が誕生。55年体制が崩壊した。 ■トンちゃんブームに陰り 連立3党後退(1995年7月参院選) 非自民の政 [全文を読む]

山口代表「10%消費増税の延期はない」

プレジデントオンライン / 2017年05月26日15時15分

私は93年の細川護煕内閣に防衛政務次官で政権入りしましたが、自民党は野党だったので、接触はなかった。私は次の96年総選挙で落選し、5年のブランクの後、返り咲いたのは参議院議員でした。 【塩田】第2次安倍政権での公明党の役割をどう捉えましたか。 【山口】公明党の特徴を生かして、共に進むべき課題についてはアクセルを踏む。民意とずれが生じたり国民の意見が割れるテ [全文を読む]

古今東西「政治家の大失言」26

プレジデントオンライン / 2017年07月25日15時15分

――宇野宗佑首相●1989私はなりたくて首相になったんじゃない 内閣発足から数日で女性スキャンダルが勃発した首相が、公邸で発言したと報道される。参院選惨敗も手伝い、69日で内閣は退陣。 ――森善朗首相●2000日本は天皇中心の神の国である 神道系団体懇談会での挨拶に、公明党が反発し、野党も「国民主権の憲法に反する」と非難。半月後の衆院解散へ展開していった [全文を読む]

小池百合子 逆境ハネ返し「突破の女王」!!(7)小沢一郎を旗印に掲げる!

アサ芸プラス / 2016年11月28日12時55分

後継は、細川内閣で副総理だった羽田孜だった。 小池百合子は、その羽田政権の命運が今や尽きようという94年6月ごろ、新生党代表幹事の小沢一郎と初めて顔を合わせた。「日本政治の負遺産をすべて背負っている男」それが小池の、小沢に対するそれまでの印象だった。 小池には、日本新党党首の細川護煕前総理が以前言っていた言葉が妙に引っかかっていた。「一番頼りになるのは、小 [全文を読む]

都知事になった小池百合子氏は、古巣「テレ東」で何を語ったのか?

まぐまぐニュース! / 2016年10月06日19時03分

細川内閣の退陣後は、当時の永田町の実力者、小沢一郎氏のもとで新進党や自由党の結党に参加。仲良さげだった小沢氏とも、その後はたもとを分かち、最後は自民党へ。 「あちこちいくのは時の流れでよくあることだと思う。あってもおかしくない。政治的な勘はいいし、今、東京も豊洲の問題とかいろいろなことがありますが、なかなか“ジジ殺し”も上手。バランス感覚もいいし、落し処も [全文を読む]

【維新内紛】執行部vs大阪系…罵り合いのウラに蠢く5億円借金と13億円の交付金

デイリーニュースオンライン / 2015年10月17日16時00分

ちなみに政党交付金は政党に対する企業・団体献金を制限する代償として、細川護煕内閣時代の1994年に「政党助成法」によって制度化された。総額は直近の国勢調査に基づく日本の人口を乗じて算出される。むろん原資は国民の血税だ。2013年の総額は約320億円。そのうち維新の党への配分額は約26億6400万円。4月、7月、10月、12月の4回に分けて交付されるが、残 [全文を読む]

10月22日が試金石。前原代表は小沢一郎の「野党共闘」案を飲むか

まぐまぐニュース! / 2017年09月08日04時30分

この年、宮沢内閣への不信任を成立させて小沢氏は自民党を離党し新生党を旗揚げした。総選挙は7月18日に投開票が行われ、自民党は解散前より1議席増の223議席にとどまった。自民系無所属を加えても過半数を下回るが、それでも自民党首脳部は「勝った」と思っていた。 他党の獲得議席はこうだった。社会党は134議席から70議席へ大幅に後退。小沢氏の新生党は55議席、同 [全文を読む]

自民党分裂なら小池新党軸に“反安倍政権”誕生シナリオも

NEWSポストセブン / 2017年07月04日16時00分

ところが、1年後に8党連立の細川内閣が誕生した。あのとき、自民党の誰も政権を失うとは想像もしていなかった」 当時の政界は自民党が衆院274議席を占め、「万年野党」の社会党(141議席)には政権を奪うだけの国民の支持はなかった。 ドラマの始まりはこの野党第一党の崩壊だった。1993年7月の総選挙で一気に野党連立の細川政権ができたように思われがちだが、あの選挙 [全文を読む]

「自民党」盤石じゃないが優位は崩れない理由 固定票は減っていても他党に比べれば分厚い

東洋経済オンライン / 2017年05月21日10時00分

中曽根康弘内閣の時期、参院選とのダブル選挙で圧勝した1986年の総選挙でも58.6%の議席率であったことを考えると、最近の自民党の強さは歴史的な水準に達しているといえる。しかし、拙著『自民党――「一強」の実像』でも指摘しているが、はたして自民党の強さは盤石といえるのか。総選挙における自民党の絶対得票率の推移を検討したい。相対得票率は、ある政党や候補者の得票 [全文を読む]

赤松良子氏「女性リーダーの足引っ張るやり方はつまらない」

NEWSポストセブン / 2016年10月06日07時00分

私は細川内閣で文部大臣を務めましたが、細川バッシングがすごかった。細川さんのお金の使い方がおかしいのではないかという問題が浮上して(※注)、自民党が毎日お金の使い方の問題の質問ばかり、国会の予算委員会でするわけ。 【※注/細川氏が佐川急便からの借入金を未返済にしているという疑惑が浮上。細川氏は熊本の自宅の門や塀の修理のための借入金だったと説明したが、国会 [全文を読む]

「改憲勢力」って乱暴な表記では?

NewsCafe / 2016年07月08日13時31分

選挙によって、非自民政権ができた細川護煕内閣のときだって、比較第一党は維持していました。選挙を通じて、自民が第二党になったのは民主党政権ができたときだけです。しかも、どちらかといえば、民主党は政権運営で失敗し、自滅してしまいました。「自民党以外の選択肢」としては、政権交代可能な有力な政党でした。が、政権運営の失敗のイメージは付いて回ることになりました。党名 [全文を読む]

舛添氏辞任、でも説明はちゃんとして

NewsCafe / 2016年06月15日20時17分

しかし、舛添氏は参院議員を二期務め、その間、第一次安倍内閣と福田康夫内閣、同改造内閣、麻生内閣では、厚生労働大臣も務めていました。政治家としてはプロ中のプロです。それなのに、今回の政治資金の使い方では、プロとしての納得のいく回答を出すことができなかったのです。第三者とは名ばかりだったかもしれませんが、弁護士に調査させた内容も自己保身のようにも見えました。 [全文を読む]

なぜ今、外国人記者の視点が必要なのか? 討論番組MC・パックンが語る 「日本で100歳を迎えたいから、言っておきたいことがある」

週プレNEWS / 2016年03月24日10時00分

非自民の細川護煕内閣が誕生し、いわゆる“55年体制”が崩壊して日本が大きな曲がり角に直面した年です。その後も日本には幾度かの変革のチャンスがありましたが、パックンが日本に住んで肌で感じた最も劇的な変化は? パックン やはり、自民党の党内派閥が事実上なくなったことは非常に大きな驚きでした。現在も一部に派閥の流れは残っていますが、かつてのような“派閥政治”は見 [全文を読む]

「天皇制反対!」「経済成長など不要、皆で助け合えばよい!」あの男が吠える

Business Journal / 2015年09月30日06時00分

この時、民主、維新、共産、社民、生活の野党5党は協力して参議院に内閣問責決議案、衆議院に内閣不信任決議案を提出するなど激しい抵抗を見せたが、自民・公明をはじめとする多数派に簡単に寄り切られた。 労働組合・東京管理職ユニオンのアドバイザーの設楽清嗣氏は、左翼リベラルが、自公政権に対抗できる勢力をつくることを唱える。最近は、経済界のなかにも新しい動きがあり、「 [全文を読む]

「政界“怪”人プロファイリング」 -小沢一郎-

アサ芸プラス / 2014年11月30日09時56分

「どのオンナと寝たっていいじゃないか」は、小沢氏の名(迷)言のひとつだが、この手でかつて非自民8党派をまとめ上げて細川護煕連立内閣を作り、それまで長く政権を維持してきた自民党を野党に叩き落した「剛腕」ぶりは知られている。小沢氏の「出番」はあるのか。小沢氏と気脈があり、その動きをフォローしているベテラン政治部記者が、次のように言った。 「今年春頃から、他の [全文を読む]

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