レコード 山口百恵に関するニュース

4位は元SMAPの森且行!「復活してほしい」引退・休業芸能人1位は

VenusTap / 2016年08月19日21時40分

驚くべきことに、山口百恵はこの短い年数の間に、シングルレコードを31作品発売し、累計1,630万枚の売り上げ、そしてアルバムは45作品で434万枚の売り上げを達成。当時は“最もレコードの売り上げが高い歌手”と言われていました。人気絶頂で惜しまれながら引退した“伝説の歌姫”だけに、「また復活してほしい!」と誰もが思ってしまうかもしれません。今では2人の息子も [全文を読む]

【ドラマ・CD・書籍】多分野で実績を残した「トリプルスリー芸能人」を考察

しらべぇ / 2015年11月09日06時30分

そこで独断ながら、(1)主演ドラマ/冠番組で最高視聴率:30%(2)自身あるいは所属するグループのシングルCD(レコード):100万枚(3)自身の著書・写真集など:100万部この3条件をすべて達成した芸能人について考察してみたい。テレビ番組で視聴率30%は社会現象とならねば達成不可能な数字であるし、CD・書籍のミリオンセラーは(時代により価値の違いはあるが [全文を読む]

1970年代初頭からのアイドル黎明期をアイドル研究家が解説

NEWSポストセブン / 2015年02月16日11時00分

ただ、現在ではアイドルの厳密な定義はレコードを売ることがメインの「歌謡曲アイドル」と認識され、1971年の小柳ルミ子、南沙織、天地真理のレコードデビューをもってアイドルが誕生したと考えるのが普通だ。 小柳ルミ子は宝塚音楽学校出身で抜群の歌唱力を持ち、『わたしの城下町』はかなり演歌調である。そういう意味では南沙織が正統派アイドルの原型といえるのではないだろ [全文を読む]

大ヒット歌手・力士の増位山 紅白出演オファーあった

NEWSポストセブン / 2017年02月05日16時00分

かつて相撲界では、人気の力士はたいていレコードを出していた。その代表格が、1977年にリリースした『そんな女のひとりごと』が130万枚の売り上げを記録した増位山太志郎だ。角界屈指の歌い手が、当時を振り返る。 * * * 子供の頃はコーラス部に入っていて、小学5年生の時にテレビ番組に出たこともあった。力士になる前は歌手になるのが夢だったね。 昔は福祉相撲やテ [全文を読む]

名プロデューサーが語る70年代のアイドル「原点は近所にいる知り合いの女のコ」

週プレNEWS / 2016年11月07日06時00分

スタ誕は、一般人が応募して曲を歌い、審査員が合否を決めて、決戦大会で芸能プロダクションやレコード会社がそのコをスカウトするという番組です。そして、デビューしたアイドルは今度はプロとして番組に出演したりする。 一方で視聴者は、それまで素人だったコが芸能界に入ってプロになり、活躍していく姿をリアルタイムで見ていくことになる。それは「近所にいる知り合いのコが、 [全文を読む]

知花くららの“裏”を本邦初公開 憧れのアイドルに変身

モデルプレス / 2013年11月29日10時17分

さらに知花たっての希望で、最大のお気に入りである「This is my trial」(1980)のレコードジャケットを再現。「色っぽさともクールさとも少し違う、淡々としつつも寂しい感じ」(知花)という絶妙な表情を表現すべく、当時ジャケット撮影を担当した篠山紀信氏とのスペシャルコラボが実現。「今の自分のすべてを出し尽くした」渾身の一枚で“永遠の心のアイドル [全文を読む]

戦後70年「日本のアイドル近代絵巻」、オールタイムの“神7”は誰になるのか?

アサ芸プラス / 2015年09月07日09時58分

以降、映画・ドラマ・レコードと70年代の女王に成長。キャンディーズ石破茂国務大臣が断言するように、日本のアイドルグループの完成形となった。社会現象となった幕引きの鮮やかさも永遠に名を残す。松田聖子山口百恵の引退と前後して登場した聖子は、80年代を象徴するアイドル像を確立。35周年の今も、現役アイドル然としているのは驚異的。小泉今日子デビュー当初は「聖子フォ [全文を読む]

百恵ちゃん引退! 関係者が明かす真相とは!?

Smartザテレビジョン / 2015年09月02日07時00分

山口は14歳でのデビューから21歳での引退まで、わずか7年の活動期間で2064万枚ものレコードを売り上げた。そして、引退してもなお、当時を知る世代だけでなく当時を知らない世代にも絶大な人気を誇り、唯一無二の存在として君臨し続けている。 今回、番組では多くの楽曲を手掛けた作詞家や構成作家、最後の自伝「蒼い時」に携わったヘアメークなど、“山口百恵”の素顔を知 [全文を読む]

“淳子超え”で、路線変更した百恵の「青い果実」

アサ芸プラス / 2013年01月11日10時00分

レコードの売上げだけでなく、テレビも地方営業も、すべては「歌手ありき」で芸能界が動く。そして73年、渦中にデビューした百恵と淳子は、あっという間に主役の座を射止める。それを支えたのはレコード界の仕事人たちであった。 百恵のデビュー曲は失敗だ! 「あの子だったら自分がプロデュースしてみたい」 73年8月27日、ホリプロの音楽ディレクターだった川瀬泰雄は、担当 [全文を読む]

岡田奈々、アイドル時代は「ハワイ日帰り撮影もありました」

NEWSポストセブン / 2017年01月04日07時00分

山口百恵や桜田淳子の人気が爆発し、アイドルブームが巻き起こっていた1974年、岐阜市内の女子高に通う岡田は通学路にあったレコード店でスカウトされた。「新人歌手の方がキャンペーンで来ていて、その事務所の方に声を掛けられました。最初は、全く知らない世界への不安もあり戸惑っていたのですが、とりあえず東京に芸能界見学に行くことになったんです。そこでドラマの撮影現 [全文を読む]

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