レコード 山口百恵に関するニュース

【ドラマ・CD・書籍】多分野で実績を残した「トリプルスリー芸能人」を考察

しらべぇ / 2015年11月09日06時30分

そこで独断ながら、(1)主演ドラマ/冠番組で最高視聴率:30%(2)自身あるいは所属するグループのシングルCD(レコード):100万枚(3)自身の著書・写真集など:100万部この3条件をすべて達成した芸能人について考察してみたい。テレビ番組で視聴率30%は社会現象とならねば達成不可能な数字であるし、CD・書籍のミリオンセラーは(時代により価値の違いはあるが [全文を読む]

1970年代初頭からのアイドル黎明期をアイドル研究家が解説

NEWSポストセブン / 2015年02月16日11時00分

ただ、現在ではアイドルの厳密な定義はレコードを売ることがメインの「歌謡曲アイドル」と認識され、1971年の小柳ルミ子、南沙織、天地真理のレコードデビューをもってアイドルが誕生したと考えるのが普通だ。 小柳ルミ子は宝塚音楽学校出身で抜群の歌唱力を持ち、『わたしの城下町』はかなり演歌調である。そういう意味では南沙織が正統派アイドルの原型といえるのではないだろ [全文を読む]

大ヒット歌手・力士の増位山 紅白出演オファーあった

NEWSポストセブン / 2017年02月05日16時00分

かつて相撲界では、人気の力士はたいていレコードを出していた。その代表格が、1977年にリリースした『そんな女のひとりごと』が130万枚の売り上げを記録した増位山太志郎だ。角界屈指の歌い手が、当時を振り返る。 * * * 子供の頃はコーラス部に入っていて、小学5年生の時にテレビ番組に出たこともあった。力士になる前は歌手になるのが夢だったね。 昔は福祉相撲やテ [全文を読む]

名プロデューサーが語る70年代のアイドル「原点は近所にいる知り合いの女のコ」

週プレNEWS / 2016年11月07日06時00分

スタ誕は、一般人が応募して曲を歌い、審査員が合否を決めて、決戦大会で芸能プロダクションやレコード会社がそのコをスカウトするという番組です。そして、デビューしたアイドルは今度はプロとして番組に出演したりする。 一方で視聴者は、それまで素人だったコが芸能界に入ってプロになり、活躍していく姿をリアルタイムで見ていくことになる。それは「近所にいる知り合いのコが、 [全文を読む]

戦後70年「日本のアイドル近代絵巻」、オールタイムの“神7”は誰になるのか?

アサ芸プラス / 2015年09月07日09時58分

以降、映画・ドラマ・レコードと70年代の女王に成長。キャンディーズ石破茂国務大臣が断言するように、日本のアイドルグループの完成形となった。社会現象となった幕引きの鮮やかさも永遠に名を残す。松田聖子山口百恵の引退と前後して登場した聖子は、80年代を象徴するアイドル像を確立。35周年の今も、現役アイドル然としているのは驚異的。小泉今日子デビュー当初は「聖子フォ [全文を読む]

百恵ちゃん引退! 関係者が明かす真相とは!?

Smartザテレビジョン / 2015年09月02日07時00分

山口は14歳でのデビューから21歳での引退まで、わずか7年の活動期間で2064万枚ものレコードを売り上げた。そして、引退してもなお、当時を知る世代だけでなく当時を知らない世代にも絶大な人気を誇り、唯一無二の存在として君臨し続けている。 今回、番組では多くの楽曲を手掛けた作詞家や構成作家、最後の自伝「蒼い時」に携わったヘアメークなど、“山口百恵”の素顔を知 [全文を読む]

“淳子超え”で、路線変更した百恵の「青い果実」

アサ芸プラス / 2013年01月11日10時00分

レコードの売上げだけでなく、テレビも地方営業も、すべては「歌手ありき」で芸能界が動く。そして73年、渦中にデビューした百恵と淳子は、あっという間に主役の座を射止める。それを支えたのはレコード界の仕事人たちであった。 百恵のデビュー曲は失敗だ! 「あの子だったら自分がプロデュースしてみたい」 73年8月27日、ホリプロの音楽ディレクターだった川瀬泰雄は、担当 [全文を読む]

岡田奈々、アイドル時代は「ハワイ日帰り撮影もありました」

NEWSポストセブン / 2017年01月04日07時00分

山口百恵や桜田淳子の人気が爆発し、アイドルブームが巻き起こっていた1974年、岐阜市内の女子高に通う岡田は通学路にあったレコード店でスカウトされた。「新人歌手の方がキャンペーンで来ていて、その事務所の方に声を掛けられました。最初は、全く知らない世界への不安もあり戸惑っていたのですが、とりあえず東京に芸能界見学に行くことになったんです。そこでドラマの撮影現 [全文を読む]

有名人とのコミュニケーションアプリ『DMM.yell』 週刊プレイボーイ×DMM.yell STAR CRUISERS「愛しのソーラーガール」Music Videoに出演できる企画始動!

デイリーニュースオンライン / 2016年07月11日12時30分

STAR CRUISERS公式サイト: 【総合プロデューサー】 ・都倉俊一作曲家/編曲家/プロデューサー/JASRAC特別顧問「ピンク・レディー」「山口百恵」他多数のアーティストに曲を提供し「日本レコード大賞作曲賞」をはじめ日本の殆どの主要な音楽賞を受賞した音楽界を代表する作曲家でありプロデューサーである。レコード売上枚数4千万枚以上。日本音楽著作権協会会 [全文を読む]

「紅白歌合戦とジャニーズ事務所」の歴史に田原俊彦が残した功績

ソーシャルトレンドニュース / 2015年12月28日15時00分

3人の先陣を切って、田原俊彦が80年6月に『哀愁でいと』でレコードデビューすると、同年末の紅白にジャニーズ事務所所属タレントとしては4年ぶりの出場を果たしている。当時、アイドルがレコードデビュー年に紅白出場を成し遂げることは非常に困難だった。70年代に“新御三家”と呼ばれた3人も、デビュー年での悲願達成はならなかった。郷ひろみ、野口五郎は2年目、西城秀樹は [全文を読む]

戦後70年「日本のアイドル近代絵巻」、アイドル確立の70年代

アサ芸プラス / 2015年09月08日17時58分

この時代のアイドルは、どんなフィールドであれ、レコードを出すというのが絶対的な帰る場所だった。芸能界の中枢は「歌謡曲」によって支配され、巨額が生み出されていたのである。天地真理雲の上からニコニコと地上を見つめているイメージで、愛称は「白雪姫」だった。一時は国民的なアイドルだったが、急速に人気が下降。小柳ルミ子宝塚音楽学校を首席で卒業し、デビュー曲は135 [全文を読む]

吉永小百合、松田聖子、AKB48‥‥戦後70年「日本のアイドル」を振り返る!

アサ芸プラス / 2015年08月06日09時58分

翌年1月にレコード化され、当時としては異例の12万枚を記録。戦後初の国民的アイドルと呼べる人気を博した。 46年、その「リンゴの唄」で「素人のど自慢」(NHK)に出場したのが美空ひばりだ。のちに江利チエミ、雪村いづみと「三人娘」として人気爆発。日本の経済復興の象徴として昭和の芸能界に君臨し、時代が平成に変わったと同時に没した大スターであった。 そして現在の [全文を読む]

キャンディーズ「春一番」が解禁!「日本の放送禁止歌」70年代編…山口百恵、ピンク・レディー

アサ芸プラス / 2015年04月29日09時57分

レコードで冒頭に使用したモールス信号『SOS』の効果音が、当時の電波法に触れるとして、放送時にその部分がカットされました」(前出・音楽ライター) ブルース・バンドの憂歌団に突きつけられたのは、「職業差別」というレッテル。「デビューアルバムに収録されていた『おそうじオバチャン』がその指摘を受けました。のちに反論ソング『お政治オバチャン』を発表しています」( [全文を読む]

中森明菜 孤高の歌姫の「光と影」(6)仕事を早く切り上げたがる

アサ芸プラス / 2014年08月28日09時58分

ところが明菜は、発売までの約1カ月で、歌詞の意味も楽曲自体のコンセプトも理解して、レコード以上に歌い上げてくれた」 明菜が持つオーラとは、周りの大人たちを本気にさせ、その輪の中に巻き込ませるパワーと同義である。そのため、島田は朝から晩まで明菜のレコードのことだけを考え、急性胃炎で救急車で運ばれたことが何度かあった。 また明菜は、レコーディングには島田以外の [全文を読む]

藤圭子、デビュー当時のトレードマークは“白いギター”と“黒いベルベットの衣装”

アサ芸プラス / 2013年09月04日10時00分

それでも、現場には必ずやって来るんだよ」 藤自身が「トロフィーよりお金」と言おうとも、事務所やレコード会社にとって賞は“金看板”である。藤の歌の才能にほれ、デビューに奔走したRCAレコードの担当ディレクターだった榎本襄氏が言う。 「石坂さんの家で紹介されて、ちょっと歌ってもらったら鳥肌が立った。お人形さんみたいな顔だちなのに、声はダイナミックレンジが効いて [全文を読む]

ザ・ベストテン「視聴率40%の伝説」(1)第一回に山口百恵がいない

アサ芸プラス / 2013年03月22日10時00分

制作サイドの意図を含まないランキング(視聴者ハガキ、レコード売り上げ、有線リクエスト、ラジオリクエストの集計)も信頼を得た。 そして視聴率は急上昇し、常に30%以上を叩き出す「怪物番組」に君臨する。三原はランクインする曲を聴くと、すぐに美術のイメージをこしらえた。特に山口百恵は「プレイバックPart2」(78年5月)や「謝肉祭」(80年3月)が記憶に残る。 [全文を読む]

百恵と淳子、身を削って提供された作品

アサ芸プラス / 2013年02月08日09時58分

78年も「プレイバックPart2」(5月)を筆頭に、立て続けに夫婦で作品を提供しているが─、 「見てよ、ここ、円形脱毛症になってるでしょ?」 宇崎は、百恵のレコードディレクターである川瀬泰雄にそう言いながら後頭部を見せたこともあった。 川瀬はプロデューサー・酒井政利の飛躍した発想─たとえば「口パクで歌わない歌」とか「ケロケロってテープが戻るような曲」を音楽 [全文を読む]

百恵は“哀愁”、淳子は“意外性”

アサ芸プラス / 2013年01月29日09時59分

今のように「分業制」ではなく、70年代のアイドルはレコード、ドラマ、映画、グラビア、バラエティの全てをこなした。そして山口百恵と桜田淳子は、女優というジャンルにおいても非凡な才を発揮する。テレビが一家のものであった時代、2人は「ドラマ」で多くの人々を魅了した。 初ヒロインで淳子が女優開眼 沖縄海洋博を間近に控えた75年6月、そのドラマは格別な期待感を持たせ [全文を読む]

百恵と淳子、このままでは“美空ひばり”になってしまう

アサ芸プラス / 2013年01月15日10時00分

そのためには『天使』というコンセプトを徹底させ、曲のタイトルはもちろん、トレードマークの白い帽子にも『エンゼルハット』とネーミングしました」 アイドル人気は順調な船出だったが、レコードの売上げは今ひとつ飛躍しない。賞レースの勝負曲となる「わたしの青い鳥」(73年8月)でようやく幅広い知名度を得たが、それでもベストテンには入らなかった。 谷田は、百恵が2曲目 [全文を読む]

加藤シゲアキ、亀梨和也と名コンビに! 24時間テレビドラマSP追加キャスト

CinemaCafe.net / 2017年07月24日05時00分

手掛けたシングルレコード・CDの総売上数は6,818万枚にものぼり、日本レコード大賞を5回受賞。稀代のヒットメーカーとして時代の頂点を極めた1人として知られる。「24時間テレビ」のテーマソングといえば、「サライ」(谷村新司×加山雄三)が有名だが、実は、1978年の第1回放送時のテーマソングは、阿久悠が作詞した「ピンク・レディー」の「2001愛の詩」だった。 [全文を読む]

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