俳優 菅原文太に関するニュース

【追悼】2014年に逝去した日本の俳優、映画人

Movie Walker / 2014年12月28日19時05分

2014年に亡くなった日本の俳優・映画人たちの冥福を心から祈りたい。以下、偉大な功績を遺した映画人たちに追悼の意味を込めて、代表作と共に紹介する。【トライワークス】 淡路恵子(女優・享年80)…代表作『女が階段を上る時』(60)『男はつらいよ 知床慕情』(87) 高橋昌也(俳優、演出家・享年83)…代表作「北の国から」『メゾン・ド・ヒミコ』(05) 加藤精 [全文を読む]

東映、Vシネ、アウトレイジ……任侠映画は大物俳優への近道?

日本タレント名鑑 / 2015年11月11日09時55分

日本における任侠映画と時代を彩る俳優たちの歴史をざっと振り返ってみました。 任侠映画の創成期を支えた二人の俳優1950年代、日本映画は「時代劇」ブームでした。 黒沢明監督・三船敏郎主演の映画、『酔いどれ天使』(1948年)など、ヤクザを取り扱ったものはいくつかありましたが、「任侠映画」というジャンルが一般的に浸透することとなったのは、のちに東映の社長とな [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(5)顔が映ることより作品のムードを重視

アサ芸プラス / 2015年01月03日09時56分

深作を「定型のない監督」と評した文太もまた、定型のない俳優といってよかったのではないだろうか。 当時、東映本社宣伝部次長として「仁義なき戦い」の宣伝を担当した小野田啓も、宣伝ポスター用のスチールを撮る段になって、文太から言われたのは、それまでのスターからは考えられない画期的なことだった。 スター中心主義の東映の場合、時代劇黄金期の片岡千恵蔵、市川右太衛門両 [全文を読む]

スターと視聴率

クオリティ埼玉 / 2014年12月24日14時49分

このところ、日本を代表する名俳優が亡くなり、なんとも寂しい気持ちの日本人が多いのではないだろうか。私もその名俳優、高倉健さんや菅原文太さんの若かりし二枚目俳優時代こそ知らないが、年を重ねた彼らの渋さ、色気はまさに圧巻であると痛感する。 近頃の俳優はというと、テレビに多く露出するものが人気の傾向にある。しかし、ドラマでも視聴率がとれないと、テレビから切り捨て [全文を読む]

【エンタがビタミン♪・番外編】菅原文太さんの訃報に坂上忍、篠原ともえがコメント。「仁義なきお仕事はしない方だった」

TechinsightJapan / 2014年12月02日12時15分

坂上忍は、映画俳優の文太さんが連続ドラマの主演に挑んだ『中卒・東大一直線 もう高校はいらない!』で息子役を演じている。また、篠原ともえは草なぎ剛主演のテレビドラマ『先生知らないの?』で校長役だった文太さんの娘役を演じた。 映画『仁義なき戦い』、『トラック野郎』シリーズから『ボクサー』、『青春の門』、『鉄拳』、『わたしのグランパ』など数え切れないほどの作品で [全文を読む]

映画人・菅原文太が溺愛した息子との知られざるエピソード

デイリーニュースオンライン / 2014年12月02日10時57分

「文太さんの晩年は溺愛していた息子の加織さんをいっぱしの俳優にする。そのためだけに俳優業をされていた。そんな感じがします。偉大なる映画界の大先輩ですが、それ以上に子煩悩な1人の父親、私にはその印象があまりにも強くて――」 2001年に事故で亡くなった菅原文太さんの長男で俳優の加織さんのお別れの会に参加した俳優は、今でも父・菅原文太さんから配られた加織さんの [全文を読む]

80代からが人生の黄金期だ「八名信夫」(1)80代にして初めての監督に

アサ芸プラス / 2017年05月30日12時57分

── 悪役俳優のグループ「悪役商会」の主宰者として知られる八名信夫は、1935年、岡山市生まれ。プロ野球の投手として活躍後、俳優に転身し、高倉健の「網走番外地」や菅原文太の「仁義なき戦い」に何度も出演した名脇役である。そんな八名だが、初めて経験する監督業は想像以上に大変だったという。── この作品では、監督と役者の二足のワラジでした。当たり前と言えば当たり [全文を読む]

高倉健・菅原文太が共演した【封印された】任侠映画の決定版とは?

tocana / 2014年12月28日08時00分

日本人のカリスマ的な大俳優が立て続けにこの世を去った。両雄の悲報は、昭和期に映画を娯楽としていた世代に大きな衝撃と落胆を与えた。そんな折、メディア各局で2人の出演作品が次々と追悼特集されているのだが、共演作品となるとなかなか放送してくれない。中でも私が最も観たいのは、東映が製作した『山口組三代目』だ。この作品はかつてビデオで発売されていたのだが、ビデオ時代 [全文を読む]

アサ芸有名人が語る「高倉健と菅原文太」のココに惚れ込んだ!(3)

アサ芸プラス / 2014年12月24日09時57分

文太は「俳優は引退しているから」とやんわり断ったが、脱原発で話が盛り上がり、福島県知事選の応援に行くことになったという。 「福島は中央政府や東京都から植民地のような扱いを受けている。文太さんは原発問題があるのに、結局、原発を容認しかねない自民党の子分のような候補が当選するのは看過できないというのがあって、応援演説に出かけたんです。実はその時、かなり病状も深 [全文を読む]

菅原文太のラストインタビューをいま再び…「だから俺は、土とともに生きる百姓を選んだんだ」

週プレNEWS / 2014年12月17日06時00分

数十年にわたり、日本男児の意気を演じ続けた俳優は、しかし80歳を迎える直前にその道から退いてしまった。 「権力による規制」「デジタル的思考の趨勢(すうせい)」ーー彼の決断の理由は数あれど、現在は農の世界に身を置き、真の豊かさを求め叫び続けている。 「いいんだよ、人間は孤独で。それを愛せたもの勝ちなんだ」彼のその言葉を俺たちはどう受け止めればいいのだろう? [全文を読む]

「武士道精神は日本人よりもある」 故・菅原文太が声優を務めたアニメ『サムライジャック』が放送決定

おたぽる / 2014年12月08日23時45分

アニメ専門チャンネルカートゥーンネットワーク(ターナージャパン株式会社:執行役員GM兼シニアバイスプレジデント:トム・ペリー)は、11月28日に逝去された日本映画界を代表する俳優・菅原文太さん(享年81)を偲び、菅原文太さんが、日本語吹替を担当した、米カートゥーン ネットワークオリジナルのアニメーション「サムライジャック」を放送することが決定いたしました。 [全文を読む]

映画俳優の序列は間違えたら揉めるもの 厄介なのはW主演

NEWSポストセブン / 2015年12月20日07時00分

華やかな「銀幕」の裏には、俳優たちを格付ける明確な序列がある。浮き沈みの激しい人気商売ならではのシビアなしきたりを、映画批評家の前田有一氏が有名作品の事例を通して繙く。 * * * 日本の映画界では、伝統的に俳優の序列が厳しく守られてきた。高倉健や菅原文太が大活躍した1950~1960年代は、東映や松竹などの映画会社に、俳優が所属していた時代。 当時は会社 [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(7)東映への移籍秘話

アサ芸プラス / 2015年01月14日09時55分

松竹のとき、「血と掟」「男の顔は履歴書」などに出演して知りあった同作主演俳優の安藤昇の紹介であったという。 安藤昇が俊藤浩滋プロデューサーにスカウトされ、東映で初めて「懲役十八年」(昭和42年2月、加藤泰監督)を撮ることになったとき、文太は安藤に誘われ、京都撮影所についていったのがきっかけだった。 「安藤さんにくっついていって、俊藤さんから『君はなんちゅう [全文を読む]

追悼・菅原文太 “未公開肉声”ドキュメントから紐解く「反骨の役者人生」(6)深作監督と結びついた「人斬り与太」

アサ芸プラス / 2015年01月03日09時57分

文太と深作が俳優と監督として昭和44年(1969年)7月の鶴田浩二主演の「日本暴力団 組長」で出会い、初めて主役・監督コンビで撮ったのが、昭和45年1月の「血染めの代紋」だった。 が、2人にとって決定的な作品となったのは、「現代や○ざ 人斬り与太」(昭和47年5月)と続けて撮った「人斬り与太 狂犬三兄弟」(同年10月)の2本であった。この「人斬り与太」で両 [全文を読む]

元付き人・宇梶剛士が受け継いだ菅原文太の任侠道

アサ芸プラス / 2014年12月05日09時59分

昭和の日本映画界を牽引してきた俳優・菅原文太さんが11月28日午前3時、東京都内の病院で転移性肝ガンによる肝不全のため亡くなっていたことが分かった。81歳だった。 菅原さんの付き人だった俳優の宇梶剛士(52)は追悼コメントをツイッターで発信。 「今日は東映撮影所で撮影をしています。18歳の半ばすぎに親父に付いて東映撮影所に来たことを思い出していました。菅原 [全文を読む]

菅原文太さん CG映画に「映画ではない」と腹を立てていた

NEWSポストセブン / 2014年12月05日07時00分

11月28日に、肝不全で亡くなった菅原文太さん(享年81)だが、晩年は俳優仕事は激減し、山梨の自宅で農業に精を出す生活を送っていた。 2001年の長男・加織さん(享年31)の死後は、特に仕事量が減っており、その後、10年間で、出演映画はわずか3本、テレビにもほとんど出なくなった。 「あの事故で文太さんの意識は大きく変わりました。人間は誰もがいつか死に、土に [全文を読む]

今や絶滅?松方弘樹さん死去で消えゆく昭和の”豪快役者”

デイリーニュースオンライン / 2017年01月28日12時05分

俳優・松方弘樹(本名・目黒浩樹)が脳リンパ腫で亡くなった。享年七十四。 いま多くの人が松方さんのエピソードを語っている。そのどれもが故人の愉快かつ豪快な生き方を伺わせるものだ。 「20歳のころ間男していたら女のパトロンが帰ってきた。あわてて隠れたタンスの陰から男を見たら、力道山だった」 「祇園で歩くうち、通りすがりまで何十人もついて来て飲み会。その全員に [全文を読む]

「イケメン」よりも「いい男」!映画ファン必見の名著『ボンクラ映画魂』が復刊!

日本タレント名鑑 / 2016年03月30日11時25分

紹介されているのは高倉健や菅原文太、松田優作などの主役級の俳優から、名前を聞いても全くピンとこないが、映画での活躍や死に様を聞いて「あ、あの人!」と思うような脇役の大部屋俳優まで。 田中邦衛が『暴動島根刑務所』(1975)では養豚場の豚をかわいがる気のいい囚人で、飼育を否定され絶望し自殺したことが、大暴動への引き金となっていく……など、おなじみの役者陣の [全文を読む]

菅原文太妻 格闘シーンでも怪我をしない夫は「無事これ名馬」

NEWSポストセブン / 2015年08月13日11時00分

昨年11月、肝不全でこの世を去った、俳優の菅原文太さん(享年81)は、亡くなる直前まで4年間、月刊誌『本の窓』(小学館)で、対談連載を続けてきた。7月から、その誌上で妻の文子さん(73才)が同誌で新しく連載を始めた。 「いつも対談の場につき添っていた私に編集部が書くことを勧めてくれました。思いがけないことでしたが、迷ったときは積極策に出ることにしています。 [全文を読む]

“今はちょっと切ないです”松方弘樹の映画への思い

Smartザテレビジョン / 2015年02月27日10時51分

「子どものころは父親(近衛十四郎)を見ていて、俳優さんってあんまりもうからない職業だと思っていました(笑)。当時は歌手になりたくて上京したんです。東映の社長に会う機会があり、18歳でレコード会社から歌手デビューする前に、17歳で東映からデビューすることになったんです。俳優になるなんて考えていなかったので本当にあわてました(笑)」とデビュー秘話を明かした。 [全文を読む]

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