徳川家康 江戸幕府に関するニュース

惟政と徳川家康の会談が舞台に!演劇「二人の英雄」2月19日に韓国で開演

スポーツソウルメディアジャパン / 2016年01月26日15時52分

そんな中、韓国と日本の民間分野を通じて、相好の文化交流をよりいっそう深める芸術公演のプロジェクトとして、惟政(ユ・ジョン=泗溟大師)と徳川家康の会談を演劇化することが決定した。タイトルは、「二人の英雄:泗溟大師と徳川家康」朝鮮時代の高僧である惟政と江戸幕府の初代征夷大将軍。400年前、二人の英雄の対面は、以後約260年の間に、韓国と日本両国および東洋平和の [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】徳川大御所政治の拠点・静岡県静岡市

GOTRIP! / 2016年10月26日08時00分

関ヶ原の合戦で勝利を収めた徳川家康が、駿府城を拠点に今後の日本の方針を固めていた、僅かの間でした。 そしてその15年間の間、駿府城で練られた江戸幕府の基本政策は、その後2世紀半に及ぶ盤石な体制の基礎になりました。 また、江戸幕府の外交姿勢も駿府大御所時代に決定づけられています。 そう、静岡市はまさに、世界史上稀に見る太平の世を築き上げた土地なのです。 ・ [全文を読む]

戦国最強のケチ!徳川家康を天下人にした原動力は「蓄える力」にあった

サライ.jp / 2017年03月07日17時00分

文/澤田真一かの徳川家康は、近代以降の大衆からは、どちらかというと嫌われていた。それは江戸幕府を倒した明治新政府が印象操作をしたということもあるが、じつは最大の理由は、彼が恐るべき「吝嗇家」つまり「ケチ」だったからだ。便所紙ひとつの紛失も許さず、着物の新調を勧めた女中を叱る。黄ばみが目立たず長く履けるという理由で、薄黄色の褌を着用する。一方でつぎはぎだらけ [全文を読む]

来年の大河ドラマで大注目!「浜松出世の館」が1年限定オープン

Walkerplus / 2016年11月02日14時30分

市内の観光スポットの案内や、ドラマに登場する井伊直虎・井伊直政・徳川家康を紹介する。 また、徳川家康が浜松城に長く住み、やがて江戸幕府初代将軍となったことで“出世の街”としても知られる浜松。出世城・浜松城と徳川家康をめぐる観光ルートの紹介も行う。 ほかにも、「出世」「家康」「直虎」をテーマにした土産品の販売や、カフェ・出世茶屋もオープン。全国の井伊家ゆかり [全文を読む]

「ケチの大君」徳川家康が嫌いな人はどれだけ存在する?

しらべぇ / 2016年09月05日05時30分

Attila Komlos/Hemera/Thinkstock徳川家康は、日本史上極めて盤石な政権だった江戸幕府を築いた大人物だ。混沌の戦国時代を切り抜けた家康が創設した政権は、2世紀半もの長きに渡って存続。しかもこの間に国の根本を揺るがすような内乱や対外戦争は起こらず、まさにミラクル・ピースと表現するにふさわしい光景が繰り広げられた。だが、一方で徳川家康 [全文を読む]

今日の『真田丸』で滅亡する北条氏 でもその後どうなったの?

しらべぇ / 2016年06月19日06時00分

息子で第5代当主の氏直は、徳川家康の娘婿だったこともあって命を助けられ、高野山に流された。氏直はその翌年、1万石を与えられて豊臣大名として復帰したが、同年に病死。遺領の一部を従兄弟の北条氏盛が継ぎ、河内狭山藩(現・大阪府狭山市)として幕末まで存続した。戦国時代の幕を開けたとも言われる北条早雲から続く関東の名門は、小大名とはいえ命脈を保った。(2)今川家→高 [全文を読む]

「理想の社長」対決!秀吉と家康、カリスマ上司はどちら?

しらべぇ / 2016年04月04日05時30分

信長亡き後の日本を率いた二巨頭、豊臣秀吉と徳川家康もまた、人気のある歴史人物である。■「上昇」と「安定」の対決豊臣秀吉は名もなき貧農の生まれながら、己の才覚だけで出世を重ねついに天下を取った男。まさに日本史上最大のサクセス・ストーリーの体現者で、また強大な財力を背にしていたことから「上昇・拡大志向の政治家」と見なされる向きがある。一方、徳川家康は2世紀半存 [全文を読む]

実はメチャクチャ健康オタク 徳川家康に学ぶ健康8カ条

WEB女性自身 / 2015年06月03日06時00分

15年は、江戸幕府の初代将軍・徳川家康の没後400年。そのため、各方面から「江戸時代」が注目されているが、酒井先生によると、江戸の人々はセルフメディケーションの意識をとても高く持っていたという。そしてその筆頭が、自ら薬草を育て、薬を調合するなど「健康オタク」として知られていた家康だった。 19世紀前半になって、江戸幕府が編纂した徳川家の公式記録『徳川実記 [全文を読む]

信長、家康、光秀の「歴史」は、すべて秀吉の捏造だった!嘘だらけの「本能寺の変」

Business Journal / 2015年05月14日06時00分

紙面の関係上、定説と異なる点をすべて網羅することはできないが、大雑把にいえば「光秀の出自も違えば、謀叛の動機も怨恨ではないし、徳川家康も謀叛と無関係どころか実は共犯で、秀吉も事前に謀叛の計画を知っていたから中国大返しも実は神業でもなんでもなかった」というものだ。 定説は時の権力者・秀吉が、自分に都合の良いストーリーを組み立て、それに合わせてさまざまな文献 [全文を読む]

国内世界遺産の検索人気ランキング2017年版をGoogleが発表!

TABIZINE / 2017年06月03日12時00分

10位:京都 二条城|江戸幕府を象徴する歴史の舞台 江戸時代の始まりに、徳川家康により築城された二条城。当時の建物が現存しています。江戸時代が終わる大政奉還もここで執り行われました。京都のど真ん中に位置している広大な敷地。その昔は平安京の中心部だったそうです。 9位:栃木 日光東照宮|徳川家康を祀る荘厳かつ豪華絢爛な建築美 深い緑に包まれひっそりと佇む日 [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】徳川家康元服の神社で初詣

GOTRIP! / 2017年01月20日16時30分

あの徳川家康ですら、青年期までは今川氏の人質という立場に過ぎません。それだけ今川義元という男は強大な力を持っていたのです。 言い換えれば、今川氏の本拠地である駿河府中には常に大きな富が転がり込んでいたということ。 その富の象徴が、今の静岡市葵区に所在する静岡浅間神社です。 ・静岡市の「霊山」 静岡市内中心部にある賤機山は、古来より「聖なる山」と見なされてき [全文を読む]

安部龍太郎が書きたかった「徳川家康」という男

プレジデントオンライン / 2017年01月02日11時15分

(作家 安部龍太郎 構成=岡村繁雄) [全文を読む]

株式会社モニタス「好きな戦国武将ランキング調査」を実施。堂々の1位は「変わり者」で有名なあの人!? そして、2017年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の放送に先立ち、井伊直虎の人気についても公開!

DreamNews / 2016年12月29日12時00分

戦国時代から安土桃山時代に豊臣秀吉の臣下として活躍し、大坂夏の陣では、徳川家康をあと一歩まで追い詰めた猛将ぶりが人気を得たのか、14.5%との高い支持を集めました。3位は、11.7%を獲得した奥羽の独眼竜・伊達政宗。東北の戦国武将として武力も名を馳せましたが、その政治力、さらには慶長遣欧使節を派遣してスペインとの外交まで始めてしまうという先進的な視点をもっ [全文を読む]

【日本人が知らないニッポン】掛川城が豊臣政権の「アキレス腱」だった理由

GOTRIP! / 2016年11月29日04時00分

太平の世を作り上げた江戸幕府の創始者である徳川家康は、天下を治める以前に、豊臣政権時代に「関東移封」というものを経験しています。 それは北条氏を駆逐した関東に、家康を封じ込めるというもの。 もちろん豊臣秀吉は家康に面と向かって「お前を関東に押し込める」とは言っていません。「関東のほうが広いから、そこで悠々自適にやれ」とでも言ったはずです。 ですが当時の関八 [全文を読む]

頭脳明晰だった徳川家康 医者が匙を投げた家光の病を治した

NEWSポストセブン / 2016年06月01日16時00分

江戸幕府の権威の失墜につながったこともあり、コレラがなかったら江戸幕府はもっと続いていたかもしれない」(川口氏) 歴史に名を残す者で病に斃れた人間が多い一方、養生を尽くして長寿を全うした徳川家康のような人物もいる。『薬で読み解く江戸の事件史』などの著作がある歴史作家の山崎光夫氏は、73歳まで生きた家康は医学の知識が医者以上にあったと言う。 「頭脳明晰で好奇 [全文を読む]

400年の美。なぜ狩野派だけが、天下人の心を捉えたか?

まぐまぐニュース! / 2015年12月20日19時00分

画壇に君臨し続けた絵師集団「狩野派」とは 今年は琳派の祖・本阿弥光悦が徳川家康から与えられた洛北・鷹峯の地に芸術村を開いてから400年となる記念の年でした。 京都国立博物館でも琳派展が開催され俵屋宗達、尾形乾山、酒井抱一の「風神雷神図屏風」が一堂に集まり展示されました。琳派や朝廷の絵所預(えどころあずかり)として活躍した土佐派など、日本美術史には京都を起 [全文を読む]

ゆるキャラ(R)グランプリ2015は「出世の街 浜松」で開催決定!

@Press / 2015年01月15日12時00分

◆「出世の街 浜松」とは…徳川家康公は、29歳から45歳の青年期に浜松城の城主を務め、この地において天下統一の礎を築きました。家康公以後も、数々の浜松城主が江戸幕府の要職に登用されるなど、浜松城は「出世城」と呼ばれるようになりました。近代においては、カワイ・スズキ・浜松ホトニクス・ホンダ・ヤマハなどの世界に名だたる企業が浜松から誕生しました。浜松には、「大 [全文を読む]

【新東方見聞録】徳川家康とベトナムの知られざる「蜜月関係」(ベトナム・ホイアン)

GOTRIP! / 2017年05月25日06時30分

徳川家康という人物は、「鎖国」を推し進めた内国主義的な政治家というイメージで語られてきました。 ですが近年の研究では、対外交易に極めて積極的な人物としての側面が浮かび上がっています。たとえば、駿府(現在の静岡県静岡市)の安倍川河口を工事して外国船が停泊できる水路を家康は造らせようとしました。 関ヶ原の戦いで石田三成に勝利し、征夷大将軍となった家康は東南アジ [全文を読む]

東京にかつて存在した「5つの半島」ーー江戸幕府以前に支配した3人の謎とは?

週プレNEWS / 2017年04月25日11時00分

【東京ミステリーツアー(1)前編】 徳川家康が江戸幕府を開く以前に、東京を支配した者が3人いる―。 歴代の統治者たちに共通するのは、東京にかつて存在した「5つの半島」を掌握していたこと。彼らは皆、東京湾に突き出した台東、文京、千代田、港、品川の5半島を支配し、発展させ、そして去っていった。そこには栄枯盛衰のどんなドラマがあったのか。 ロビンソン・クルーソー [全文を読む]

徳川家康 老獪な策士イメージだが「験担ぎ大好き」だった

NEWSポストセブン / 2017年04月02日16時00分

徳川家康」は信長、秀吉に次いで天下を統一し、その後260年余続く江戸幕府の礎を築いた。織田家や今川家の人質となりながら戦国の世を生き抜き、天下人へと成り上がった。敵対する勢力に謀略や政治闘争を仕掛ける策士としてのイメージが強いが、前衆議院議員の村上政俊氏が「素顔」について指摘する。 * * * 私の専門は国際政治であり、代議士として議会にも身を置いていた [全文を読む]

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