行幸 昭和天皇に関するニュース

昭和天皇の戦後巡幸 名士より名もなき住民との交流重んじた

NEWSポストセブン / 2014年10月29日07時00分

皇太子時代を含め、戦前は北海道や沖縄、台湾・南樺太まで行啓・行幸した昭和天皇。しかし、戦後の全国巡幸はそれまでと全く違う意味を持っていた。 国家元首の比較研究を手がける西川秀和氏(大阪大学非常勤講師)が、9月に公表された『昭和天皇実録』では見ることのできない、当時の写真を交えて解説する。 * * * 戦後の全国巡幸は単なる視察に終わらなかった。昭和天皇は訪 [全文を読む]

3000件の資料と格闘した昭和天皇実録 「昭和史」ではない

NEWSポストセブン / 2014年10月08日16時00分

特に、昭和天皇が戦前戦後を通じて盛んに行なった行幸は沖縄を除く全国46都道府県に及ぶ。各地に残る資料を網羅し取材する必要があった。 「まず県庁などに行幸に関する資料はどんなものがあるかを訊ね、実際に行き、昭和天皇と会った方々を教えてもらい、その人たちから話を聞いた。1人の職員が出張から帰ってくると、持ち帰りきれなかった資料がダンボール数箱になって後から届く [全文を読む]

肩書きがなくては己れが何なのかもわからんような阿呆共の仲間になることはない。~南方熊楠【科学者の智慧 vol.09】

FUTURUS / 2016年08月19日10時00分

熊楠は陛下への進講を了承し、田辺湾沖合の神島(かしま)行幸の際に粘菌や海中生物に関する講義を行う。1929年のことだ。 講義を終えた後、熊楠は粘菌の標本を陛下に献上した。 このとき、熊楠はなんと標本をキャラメルの空き箱に入れて陛下に差し出した。 いくら熊楠が反骨の人だからといって、昭和天皇に対して敬意を払わないということはない。事実、この日、熊楠は新調し [全文を読む]

昭和天皇も讃えた功績。海の安全を築いた「掃海部隊」の戦後

まぐまぐニュース! / 2017年05月28日08時00分

15日、行幸の日、御召船が小豆島に向かった時には、24隻の掃海隊がやや離れた播磨灘の掃海を実施していた。隊員たちは、御召船の安全航行を願って、遙拝した。 お召し船の同乗した元掃海部長の池端鉄郎氏は、次のように手記に記している。 高松出港後、陛下は左舷甲板にお出ましになり、私はご前に進み、左舷北方遙かに小豆島北航路掃海中の姫野掃海隊指揮官が率いる24隻8編 [全文を読む]

カニの旨味と香りが溶け合う傑作蕎麦!福井『たからや』の「豆乳蟹そば」【片山虎之介の蕎麦談義 第1回】

サライ.jp / 2016年11月18日11時30分

昭和天皇が福井に行幸された際、せいろ蕎麦を召し上がり、その美味しさにお代わりをご所望された。このとき召し上がった蕎麦は、ありきたりの蕎麦ではない。極上の茶葉を練り込んだ茶蕎麦であった。 さらに、茶蕎麦といえば、さらしなの変わり蕎麦と思いがちだが、さにあらず。この蕎麦は、福井在来の豊かな風味を生かした普通蕎麦をベースにした茶蕎麦だった。 蕎麦の打ち方は、福 [全文を読む]

駄菓子ひとすじ320年!仙台駄菓子の元祖『熊谷屋』の駄菓子【老舗ものがたり】

サライ.jp / 2017年07月04日17時00分

これは、仙台に行幸された昭和天皇・皇后両陛下の御買上げに選ばれるという、最高の栄誉を得た。 昭和天皇・皇后両陛下が御買上げされた『ささら飴』(現在はささらに刺さずに販売)現在、『熊谷屋』が製造している駄菓子は、およそ30種。駄菓子は全国各地にあるが、これほどの種類を揃えているところは、ここくらいなものだろう。「仙台駄菓子の元祖」と一目置かれているゆえんであ [全文を読む]

釜本邦茂氏「『陛下は東京に長い出張中』が京都人の感覚」

NEWSポストセブン / 2017年02月22日16時00分

戻ってきていただければ、とても嬉しいことです」 天皇が行幸先から帰ることは「還幸」と表現される。“150年間の江戸行幸”からの還幸で、新時代の皇室像が描かれていくのか。 ※週刊ポスト2017年3月3日号 [全文を読む]

皇室取材20年以上の元カメラマンが間近で見た昭和天皇の素顔

NEWSポストセブン / 2014年11月02日07時00分

この仕草はカメラマンなら皆知っている、陛下お決まりのアクションです」(瓜生氏) 群馬県に行幸した際は、珍しい植物を観察するために周囲の草花が刈り取られていたことがご不満だった。 「そのときは説明者がいくら話しても、終始憮然とした表情でいらっしゃった。周囲の草花だって同じ植物だから、ということでしょうね。そうしたお人柄に私は魅力を感じました」(瓜生氏) ※S [全文を読む]

昭和天皇の戦後巡幸 国民の熱狂的な歓迎ぶりを専門家が解説

NEWSポストセブン / 2014年10月26日07時00分

皇太子時代を含め、戦前は北海道や沖縄、台湾・南樺太まで行啓・行幸した昭和天皇。しかし、戦後の全国巡幸はそれまでと全く違う意味を持っていた。 国家元首の比較研究を手がける西川秀和氏(大阪大学非常勤講師)が、9月に公表された『昭和天皇実録』ではうかがい知れない当時の巡幸の様子を解説する。 * * * 終戦から半年後の1946年2月19日、3台の御列が静かに皇居 [全文を読む]

「天皇陛下の祈り」の崇高な精神性こそ余人をもって代え難い

NEWSポストセブン / 2012年02月11日07時00分

宮中祭祀は未来永劫、粛々と行なわれるものなのです」 事実、東日本大震災の被災地への御行幸や、宮中祭祀での数々の天皇陛下の祈りが、震災で大きな苦難に陥った日本国民に対し、強い勇気と鼓舞を与えた。いかに周囲が止めようと、日本と日本人を守ろうとする「天皇陛下の祈り」の崇高なる精神性こそ、余人をもって代え難い。日本の歴史と伝統が綿々と続き、永遠に変わることはないは [全文を読む]

この夏絶対食べたい!超ラグジュアリーなふわふわ食感の”エスプーマかき氷”

IGNITE / 2017年08月02日12時30分

戦前に昭和天皇が明治神宮へ参拝されるときの行幸(みゆき)通り、つまり外出するための通りとして造られたことに由来する。 表参道が、ファッションストリートとして有名だか、実はみゆき通りも数多くの個性的なファッションビルが並び人気のスポットである。 みゆき通りの中間地点に位置する「INTERSECT BY LEXUS – TOKYO」(以下、インターセクト)は、 [全文を読む]

さだまさしが「老後の不安」をあおるマスコミに痛烈提言!最新エッセイ『やばい老人になろう』7/24発売

@Press / 2017年07月06日10時30分

戦前・戦中の祖母や父から聞いた剛毅な武勇伝、失明しながら昭和天皇の行幸の御案内役を務めた宮崎康平、作家になることを薦めてくれた作家の安岡章太郎など、人生を変えてくれた「やばい老人」たちに学んだことを、秘蔵エピソードを交えて語ります。 「下流老人」「孤独死」などと煽り、社会のお荷物になりますよ、と警告する世論に待ったをかける、老いてますます元気になれる人生論 [全文を読む]

六甲高山植物園 湿生植物区 リニューアルオープン! ~一部エリアでは、失われつつある六甲山系の湿地を再現~

@Press / 2016年04月20日16時45分

当園のエンコウソウは、昭和56年5月25日、昭和天皇の行幸を賜った際に30株が献上されており、皇居内の吹上御苑に植栽されています。 [全文を読む]

日本最古の肉牛「千屋牛」最高級熟成A5ランクが登場!『鉄板焼grow』でしか食べられない黒毛和牛を新メニューに追加

@Press / 2016年01月07日10時30分

その性格は碁盤に乗せてもじっと静かに動じず、その姿は古来より名物とされ、昭和24年(1949年)に昭和天皇がご行幸されています。 千屋牛の定義として、岡山県新見市内で約18ヶ月間以上肥育されたものとしています。おからと発酵飼料、そして貝化石水を与えて極めて清潔に飼育しており、その脂肪分は、オリーブオイルの主成分としても知られるオレイン酸の割合が約57%と高 [全文を読む]

ケーブルカーで行く「六甲山1000万ドルの夜景ガイドツアー」を12月5日(土)、19日(土)、1月9日(土)に開催!

@Press / 2015年11月24日15時45分

◆コース天覧台 → 六甲ガーデンテラス(エリア内の3か所)→ 自然体感展望台 六甲枝垂れ◆所要時間約2時間 ※多少前後する場合があります◆特典・六甲ガーデンテラスでの飲食代を10%OFF・六甲ガーデンテラスの物販店舗で1,500円以上購入すると150円OFF◆主催六甲山観光株式会社◆問合わせ078-894-2071 平日10:00~17:30◆夜景観賞スポ [全文を読む]

天皇家の食卓Q&A「絶対にお出しできないタブー料理は?」

WEB女性自身 / 2015年07月06日06時00分

また地方への行幸啓の前には生ものは控えられているそうです」(皇室ジャーナリストの松崎敏弥さん) 【一日の摂取カロリーなどの決まり事は?】「私が奉職していたときは、1千800キロカロリーほどで、 腹八分目 の分量です。塩分も8グラムくらいだったと思います。だしを十分にとるから、それほど塩は必要ありません」(元大膳課の矢部金次郎さん) 【プロの料理人もうなる伝 [全文を読む]

天皇家の食卓Q&A「御料牧場の食材は日本一?」

WEB女性自身 / 2015年07月06日06時00分

御料牧場の絶品牛乳で入れた、 ロイヤルミルクティー はその名にふさわしいぜいたくな味わいでした」(工藤さん) 【大膳の料理以外は召し上がらない?】「戦前はそうでしたが、戦後になると地方行幸啓の際にはその土地の名産品をその土地の料理人が調理するようになりました。昭和天皇は麻布の『野田岩』のウナギがお好きで、よく出前をとられていたそうです」(皇室ジャーナリスト [全文を読む]

雅子妃 海外公務決定も国内は消極的で国民との距離開く懸念

NEWSポストセブン / 2015年06月24日16時00分

「昭和天皇は戦禍に苦しむ国民を慰めるために全国を行幸された。平成になり、天皇・皇后両陛下も“国民と共に寄り添い歩む皇室”という考えのもとに公務を続けてこられた。それは皇太子ご夫妻にも引き継がれていくべきものではないでしょうか」 ※週刊ポスト2015年7月3日号 [全文を読む]

東京初上陸、日本最古の肉牛「千屋牛」最高級熟成A5ランクが『鉄板焼grow』全店で新メニューとして登場

@Press / 2015年01月16日10時30分

その性格は碁盤に乗せてもじっと静かに動じず、その姿は古来より名物とされ、昭和24年に昭和天皇がご行幸されています。 千屋牛の定義として、岡山県新見市内で約18ヶ月間以上肥育されたものとしています。おからと発酵飼料、そして貝化石水を与えて極めて清潔に飼育しており、その脂肪分は、オリーブオイルの主成分としても知られるオレイン酸の割合が約57%と高く、口溶けも良 [全文を読む]

昭和天皇の料理番「サンマは小骨までピンセットで取り除く」

NEWSポストセブン / 2014年12月21日07時00分

天皇・皇后は行幸啓を除けば、1年の大半を御所(皇居)で過ごし、一般のレストランなどで外食することはほとんどない。天皇の食事を作るのが、宮内庁管理部大膳課に所属する料理人である。まさに天皇の健康と胃袋を支える彼らは、数少ない「オク(天皇の日常生活)」を知る存在といえる。 かつて昭和天皇に「料理番」として仕えた和食料理人・谷部金次郎氏(68)と、フレンチシェフ [全文を読む]

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