終戦 昭和天皇に関するニュース

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-“劇的な復興”篇-

アサ芸プラス / 2014年11月14日09時56分

終戦後、飛躍的な経済成長を遂げる日本。その基盤は戦争の「終わらせ方」にあった。平和な時代に行われるスポーツイベントや、全国民の前には昭和天皇の笑顔があった。 昭和天皇が復興期に果たした役割とは何か──それを考えるうえで、日本人が見落としがちなことがある。“秩序ある終戦”は昭和天皇なくして成立しなかったという現実だ。ポツダム宣言の受諾による終戦を決断し、一挙 [全文を読む]

昭和の日に考えたい、激動の時代を支えた昭和天皇の「直き心」

まぐまぐニュース! / 2017年04月24日21時00分

終戦の際には、内閣の意見がまとまらず、昭和天皇の御聖断を仰いだ。その時のお気持ちを次のように詠われている。 爆撃にたふれゆく民のうえをおもひいくさとめけり身はいかならむとも 「身はいかならむとも」。国民の安寧のために尽くすのが歴代天皇の使命であった。ここにも「平らけくしろしめせ」という、天照大神の御神勅が息づいている。 「激動の日々を経て、復興を遂げた昭 [全文を読む]

昭和天皇も讃えた功績。海の安全を築いた「掃海部隊」の戦後

まぐまぐニュース! / 2017年05月28日08時00分

終戦後、まだたくさんの機雷が残り、安全とはほど遠かった我が国の海。それらを命がけで除去した掃海部隊員たちの活躍と功績の記録です。 機雷除去に命をかけた男たち 2011年3月28日付け産経新聞は、一面トップに「黙して任務全う自衛隊員 『国民守る最後の砦』胸に」との見出しで、黙々と被災地救援の任務につく自衛隊員たちの活動ぶりを詳細に伝えている。 「我が身顧みず [全文を読む]

田原総一朗が東條英機邸で見たモノは?小林よしのりと『日本のいちばん長い日』トーク

ソーシャルトレンドニュース / 2015年08月01日12時00分

それを受けて、終戦当時小学5年生だったという田原氏が「戦争終わってから高級な缶詰が闇市で出まわっていたのを思い出す。ずっと軍部が食べ物をためていたんだろう」と回想した。■田原総一朗が東条英機宅で見た、衝撃の手紙とは!?松坂桃李が演じた畑中少佐を筆頭に、劇中、不敗の「大日本帝国軍」を率いて本土決戦に持ち込もうと奮闘する若き将校たち。その姿は狂気を孕んでいた。 [全文を読む]

【エンタがビタミン♪】田原総一朗×小林よしのり「民間人が憲法を作った時代もあった」「天皇陛下に決断を下すような時代にしてはいけない」

TechinsightJapan / 2015年07月26日20時32分

冒頭、司会の大谷広太BLOGOS編集長より「1967年に映画化された本作では昭和天皇の後ろ姿しか描かれていなかったが、今回は昭和天皇役の本木雅弘さんがかなり前面に出て終戦の流れの中ではっきりと意志を示している」と本作について説明があった。田原総一朗と小林よしのりの両名は、まず“昭和天皇像”についての意見を求められた。田原が「昭和天皇をよく描いている。時間が [全文を読む]

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-“靖国合祀”と“人間宣言”篇-(2)

アサ芸プラス / 2014年11月14日09時56分

終戦翌年の1月1日、昭和天皇は「新日本建設に関する詔書」を発表。「天皇は現人神でない」と表明したと解釈される部分があり、「人間宣言」の別称でも知られている。 「実録」では、この詔書作成を主導したGHQとの水面下でのせめぎあいを伝えている。神の一族であることを「架空なる観念」とするGHQ案には、こう意見を述べた。 〈朕が神の裔《すえ》でないとすることには反対 [全文を読む]

【書評】昭和天皇は昭和20年にどんな「日常生活」を送ったか

NEWSポストセブン / 2016年02月19日16時00分

本書はその1年に焦点を絞り、終戦前後の時局の推移を追いながら、その中で営まれた天皇の日常生活を描いたノンフィクション。その1年を取り上げた理由は、史料が豊富であることに加え、〈皇室存亡の瀬戸際まで追い詰められた状況の中でも変わらないもの〉こそが〈皇室の皇室たるゆえん〉だからだという。 著者は、天皇や皇族、側近らの膨大な日記、回想録といった1次資料をもとに [全文を読む]

役所広司と原田眞人監督、昭和天皇と戦争について熱弁

Movie Walker / 2015年08月03日22時40分

太平洋戦争末期に、終戦の舞台裏で身を挺して闘った人々の物語が綴られている。役所は陸軍大臣・阿南惟幾役を演じ、本木雅弘が昭和天皇役に扮した。 外国人記者から、劇中の日本政府の優柔不断さについて尋ねられた原田監督は「いまの安倍政権を見てもわかるように、国民性ですね。国立競技場(の問題)を見ていてもそうですし、いまも起きていることです」と、まずは安倍政権について [全文を読む]

日本史上、最大の決断!役所×本木×堤ら豪華キャスト参戦 映画『日本のいちばん長い日』

AOLニュース / 2015年04月10日12時00分

https://youtu.be/QXo1D6tj290 <関連動画はこちら> 舞台は太平洋戦争末期、日本がポツダム宣言を受諾し終戦を迎える1945年。昭和天皇が降伏を決定した8月14日正午から、天皇自ら玉音放送で国民に終戦を知らせた8月15日正午、その24時間にいったい何があったのか―。本作は、日本の歴史上最も重要で、かつ"いちばん長い日"となった激動 [全文を読む]

「戦争に批判的だった」昭和天皇 『実録』公開で、海外メディアは大戦前後の記述に注目

NewSphere / 2014年09月10日17時57分

APは終戦直前のエピソードを取り上げている。天皇が広島への原爆投下を知らされたのは約12時間後で、2日後の8日の晩に「戦争継続は不可能になった」と判断し、「可能な限り早急に戦争を終結するよう望んだ」という。また、戦後、靖国神社がA級戦犯を合祀することを知った際に、不快感を示したとするエピソードも取り上げている。 一方でNYTは、昭和天皇は「自身の名の下に [全文を読む]

終戦当時14あった旧宮家 家屋敷はホテルなどに姿を変え現存

NEWSポストセブン / 2012年08月01日16時00分

皇位継承権を有することで天皇家を支える宮家――現在その数は秋篠宮、常陸宮、三笠宮、桂宮、高円宮の5宮家にとどまるが、終戦当時は14宮家を数えた。 これらの宮家は明治維新を機に天皇の命で京都から東京に移り住み、洋館、和風御殿を問わず日本最高水準の建築技術で本邸を構えた。アール・デコ様式を贅沢に取り入れた朝香宮邸や唐破風屋根の車寄せが見事な久邇宮邸などモダンで [全文を読む]

新聞各紙は、陛下の「深い反省」をどのように理解したか?

まぐまぐニュース! / 2016年08月17日05時00分

去る8月15日、71回目となる終戦の日に、政府主催の「全国戦没者追悼式」が例年通り日本武道館にて行われ、天皇陛下は「お言葉」の中で2年続けて「深い反省」について言及しました。その一方で、安倍晋三首相は「不戦の決意」を表明したものの、4年連続でアジア諸国への「加害と反省」については一言も触れませんでした。追悼式から一夜明け、主要新聞4紙はそれぞれ「天皇陛下の [全文を読む]

【沖縄返還】多くの尊い命と引き換えに叶った「奇跡の祖国復帰」

まぐまぐニュース! / 2016年05月16日01時30分

終戦からこれほど短期間で、しかも平和的な話し合いで返還された例は、世界史上稀に見る出来事だと言います。なぜそんな奇跡が実現したのでしょうか。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で詳しく解説されています。 沖縄の祖国復帰を果たした県民の思い 沖縄は昭和47(1972)年5月15日に返還された。戦争で失った領土が平和的な話 [全文を読む]

本木雅弘、出演映画を「皇室関係者に観てもらいたい」と要望発言 波紋呼ぶ恐れも

Business Journal / 2015年08月23日17時00分

例年以上にテレビ各局が戦争をテーマにした特集やドキュメンタリー番組、ドラマに力を入れているが、終戦記念日のタイミングに合わせて大作映画も封切られている。 8月8日公開の映画『日本のいちばん長い日』(松竹、アスミック・エース)は、役所広司演じる陸軍大臣・阿南惟幾を中心に、日本を終戦に導いた当時の首脳陣たちの苦悩を描いた物語で、公開から5日間で観客動員数25万 [全文を読む]

『八月十五日の真実 大日本帝国が崩壊した運命の日』東條内閣打倒から知られざる和平工作、そして原爆投下、ソ連参戦、ポツダム宣言受諾まで、私たちが絶対に忘れてはいけない敗戦に至る人間ドラマの数々!

DreamNews / 2015年07月17日10時00分

終戦から70年という節目を迎えるにあたり、改めて敗戦までの流れを、太平洋戦争研究の第一人者である著者が描き出した戦争史の決定版が本書です。東條内閣はどのようにして倒されたのか。原爆投下、ソ連参戦は本当に避けられなかったのか。なぜ、ポツダム宣言の受諾が遅れ尊い命がいたずらに失われたのか。そして、昭和天皇の真意はどこにあったのか。そうした未だ残る歴史の謎を、 [全文を読む]

実録・1万2000ページで読み解く「昭和天皇」激動の87年生涯-“靖国合祀”と“人間宣言”篇-(1)

アサ芸プラス / 2014年11月13日09時56分

終戦を選ぶその心には飛鳥時代に日本が陥った危機と復興があった。「人間宣言」と「靖国不参拝」、2つの謎の扉が開く──。 太平洋戦争を終結させた昭和天皇の「ご聖断」について、蜷川正大氏が感想を漏らす。 「『全滅』を『玉砕』、『退却』も『転戦』と言いかえるような軍人は、たとえ戦争をやめようと思っていたとしても口には出せなかったはず。語弊はあるが、もしも昭和天皇を [全文を読む]

映画愛好家の昭和天皇『ミッキーの捕鯨船』で美しい映像堪能

NEWSポストセブン / 2014年11月03日07時00分

当時としてはスムースな動きやカラーの美しさを楽しまれたのでは」 終戦直前の『最後の帰郷』は、特攻隊に志願する兵士の物語で激しい戦闘シーンもあるが、「ギリギリの戦況のなか、陛下がどんな思いでご覧になったのか、考えさせられる」と福田さん。実録には《侍従小出英経の説明をお聞きになる》とあるが、感想などは書き記されていない。 一方、陛下は家族団らんの場でアニメを含 [全文を読む]

昭和天皇実録 国の舵取りしなければならぬ元首の立場を示す

NEWSポストセブン / 2014年10月22日16時00分

* * * 今回の実録で、昭和二十年戦局の悪化のなか終戦に向けて政府が動き出している時期の、七月三十日、八月一日、二日と宇佐神宮、氷川神社、香椎宮などへ勅使を派遣され「敵国撃破」を祈念する「御祭文」が奉告されていた事実があきらかになったが、戦争終結の決断で固まっていた天皇が、この時期になぜ戦勝祈願なのかという疑問が生ずるかも知れない。 しかし祭祀王として [全文を読む]

台湾人は忘れない。命を落としてまで台湾に尽くした5人の日本人

まぐまぐニュース! / 2017年03月30日04時30分

小学校を卒業する前に終戦を迎えたというので、日本語による教育はわずか数年間ということになる。 しかし、両親や兄弟が日本語を常用していたため、家庭内で戦後も日本語との接点が保たれた。老婆は今もNHK衛星放送で大相撲やのど自慢を観るのが何よりもの楽しみだと笑っていたが、突然真顔になって、「一度でいいからのど自慢を台湾でやってくれないものかね」と迫られた。(同上 [全文を読む]

憲法の下、国民が一体となって平和国家を築いた70年が甦る―東京で「憲法と生きた戦後〜施行70年」写真展、12日まで開催

Record China / 2017年03月03日15時20分

1章「再起」〜終戦から新しい憲法制定へ 2章「平和」〜自衛隊発足と新安保闘争 3章「成長」〜高度経済成長の時代と憲法を巡る課題 4章「転期」〜冷戦終結と国際社会の流動化 5章「漂流」〜米中枢同時テロと本格化する自衛隊海外派遣 6章「模索」〜憲法施行70年と改正の議論 この写真展を主催した新聞通信調査会の長谷川和明・会長(元時事通信社編集局長)は次のように [全文を読む]

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