生涯 聖徳太子に関するニュース

聖徳太子か厩戸王か論争 井沢元彦氏が称号の謎に迫る

NEWSポストセブン / 2017年04月12日07時00分

つまり「徳」の字は「無念の生涯」を送った天皇に贈られたものだと考えるべきです。 そこで私は、聖徳太子は自死したのではないかと考えています。 当時、聖徳太子の父親の血筋である天皇家と、母方の蘇我家が対立していた。熱心な仏教徒だった聖徳太子は、その血の争いを断つために仏教の「捨身・しゃしん(※注)」という姿勢を取ったのだと思います。【※注/他の人や生き物のため [全文を読む]

西郷どんは4日後に戦争突入。歴史上の人物は40歳頃ナニしてた?

まぐまぐニュース! / 2017年04月18日17時57分

40代の信長は覇道を突き進んで、天下一統目前の1582年、48歳で本能寺の変を迎え、生涯を終えます。 ◎豊臣秀吉(1537年-1598年9月18日) 戦国一の出世頭、太閤秀吉は遅咲きの印象がありますが、40歳の1577年には、信長から命ぜられた中国攻めの端緒となる播磨平定に道筋をつけて、信長から褒められています。 大河ドラマ『軍師官兵衛』で官兵衛が奔走して [全文を読む]

しば漬けに秘められた哀しい物語。京都三大漬物の歴史を紐解く

まぐまぐニュース! / 2015年10月22日13時00分

このことは建礼門院の父、平清盛の逆鱗に触れ、小督局は清閑寺に出家させられ、この地で生涯を閉じることになります。高倉天皇は遺言により、(皇后・建礼門院ではなく)小督局の墓所近くに葬られ、800年以上経った今も2人は並んで眠っています。 しば漬けを食べる時は、1人寂しくしているであろう建礼門院徳子の事が頭をよぎります。 そのような思いからなのでしょうか、京都御 [全文を読む]

ヘレン・ケラーが支えにした盲目の天才国学者、塙保己一の大偉業

まぐまぐニュース! / 2017年01月04日04時45分

塙先生こそ私の生涯に光明を与えてくださった大偉人です。本日、先生の御像に触れることができましたのは、日本における最も有意義なことと思います。手垢のしみたお机と、頭を傾けておられる敬虔なお姿とには心から尊敬の念を覚えました。先生のお名前は、流れる水のように永遠に伝わることでしょう。 塙保己一は延享3(1746)年に武蔵国保木野村(埼玉県児玉町)に生まれ、幼 [全文を読む]

脚気に悩まされた徳川家 家光、家定、家茂が脚気で死去か

NEWSポストセブン / 2016年05月26日16時00分

太子の看病にあたっていた膳妃が病没し、ほどなく太子も48年の生涯を閉じた。当時の斑鳩宮に急性の天然痘が流行したことは間違いない。 医学が発達していない時代の「医療」は加持祈祷が中心だった。原因解明の術もなく、疫病は天皇の失政に対する神の怒りの現れだと考えられていたのだ。疫病が蔓延したときに必要なのは神を鎮めることであり、全国の神社で国を挙げて祈祷が行われた [全文を読む]

ニセ札造り、朝日新聞にケンカ売る…あの“問題”芸術家はなぜ事件を起こし続けた?

Business Journal / 2014年12月08日06時00分

前衛芸術家として出発し、晩年に至るまで、『老人力』『超芸術トマソン』『路上観察学入門』『ライカ同盟』(以上、すべて筑摩書房)等、さまざまな話題を世にふりまき続けた精力的な生涯であった。 実は同氏は、1960年代にいわゆる「模造千円札裁判」の被告人として権力の本質について重い問いかけをし、それゆえ日本の「表現の自由史」にその名前が刻み込まれているということは [全文を読む]

世界文化遺産に登録された秀峰の多様な横顔を浮き彫りにする 『知られざる富士山 秘話 逸話 不思議な話』を刊行

PR TIMES / 2013年12月20日11時45分

【もくじ】 第1章 日本人と富士山 富士山のおいたちは? なぜ各地にふるさと富士が? 第2章 自然・動植物 崩れ続ける山? 春に現われる豆薪小僧とは? 第3章 霊山・富士の伝説 聖徳太子も富士に登った? 第4章 歴史と民俗 富士講とは? 富士登山を広めた人物は? 第5章 外国人が見た富士山 開国直後、外国人初の登山者は? 第6章 最高峰に魅了された人々 [全文を読む]

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