永六輔 黒柳徹子に関するニュース

第18回「王者日テレの歴史」(前編)

ソーシャルトレンドニュース / 2017年03月10日20時00分

もう一人が、同番組の構成作家を務めた永六輔サンである。 秋元サンは『光子の窓』の終了後、同じ日曜夕方の枠で、ディレクターとして『シャボン玉ホリデー』を開始する。時に1961年。ご存知、ザ・ピーナッツやハナ肇とクレージーキャッツらナベプロ(渡辺プロダクション)所属の歌手たちを一躍スターダムに押し上げたヴァラエティ・ショーの金字塔である。最高視聴率32.4%。 [全文を読む]

永六輔さんお別れ会 黒柳徹子「心からの友だちだった」

WEB女性自身 / 2016年08月30日19時00分

放送作家や作詞家、タレントとして活躍し、7月7日に肺炎で亡くなった永六輔さん(享年83)のお別れの会が30日、東京・青山葬儀所で行われ、タレントの黒柳徹子(82)ら各界の著名人が参列した。 祭壇には20代、50代、70代後半の永さんの遺影が並べられ、記帳の代わりに参列者がメッセージをポストに投函できる「お便りコーナー」も設けられた。 永さんと60年以上の親 [全文を読む]

最期までラジオを愛した永六輔さん その理由とは?

NEWSポストセブン / 2016年07月17日07時00分

今回は、訃報が伝えられた永六輔さんの“ラジオ愛”を振り返る。 * * * この一週間は、7月7日に亡くなった永六輔さん(享年83)について長尺で伝える番組がとても多かった。『上を向いて歩こう』や『いい湯だな』『こんにちは赤ちゃん』など大ヒット曲の作詞家として、『夢であいましょう』(NHK)の放送作家や出演者として、大ベストセラー『大往生』執筆者として、そし [全文を読む]

理想のお相手はタモリ?黒柳徹子が「来年7月に結婚する」と衝撃の告白!?

アサ芸プラス / 2016年07月15日09時59分

「7月7日に永六輔が亡くなった時も黒柳は『永さんとの結婚話があった』と明かしています。彼女の中で急に結婚が盛り上がってきているのかもしれません。とはいえ本当に結婚したら驚きですが‥‥」(マスコミ関係者) もし仮に結婚となれば気になるのはお相手だが、同番組の中で黒柳は理想の結婚相手を「尊敬できて知的で面白い人」と答えている。すると思い当たるのはタモリしかいな [全文を読む]

合計245才 黒柳徹子が泣いた永六輔と大橋巨泉の3ショット

NEWSポストセブン / 2016年02月16日16時00分

「こちらラジオの巨人・永六輔さん(82才)。そしてこちら、テレビの巨人・大橋巨泉さん(81才)です」 そんな黒柳徹子(82才)の紹介で始まった2月4日の放送は、年齢の合計245才、同級生3人によるテレビ史に残る伝説的鼎談となった。 永は2010年にパーキンソン病と診断され、歩行困難のため車椅子で出演。口は大きく開いたままで、膝の上にはブランケットが重ねら [全文を読む]

初期のテレビは●●だからおもしろかった!永六輔が気付いたテレビの極意とは【昭和のテレビ王たちの証言1】

サライ.jp / 2017年05月03日19時00分

今回は同書から、放送作家・司会者・作詞家・語り手・歌手などさまざまな立場でテレビに携わった永六輔さんの言葉をご紹介します。■1:「まったくのアマチュアが司会をする、僕はそれがテレビだろうと思ったんです」実験放送の台本づくりに加わるなど、テレビの草創期から深くかかわってきた永さん。その代表作の一つが、構成を担当したNHKのバラエティー・ショー「夢であいましょ [全文を読む]

ピーコ 「片目になって人生の視野が広がった」

NEWSポストセブン / 2017年02月18日07時00分

そしたら永六輔さんや黒柳徹子さんたちが私に義眼をプレゼントする会を結成してくださったの。1口1万円で300人の方が寄付してくれたのよ。 その会の中に私が嫌っていた人の名前を見つけた時に、いかに自分が多くの人に支えられて生きてきたのかを思い知らされた。そこから他人に優しい性格になれたの。闘病は人を変えるのね」 片目を失ったことで「むしろ視野が広くなった」と誇 [全文を読む]

笑ってお別れ!スピードワゴン井戸田が「父の葬儀で漫才披露」を告白

アサジョ / 2016年10月25日09時58分

小沢は『ウケなかったけどやってよかった』とコメントし、2人ともお父さんは喜んでくれたと思うと語っていました」(女性誌記者) 葬儀の場でお笑いというと不謹慎にも聞こえるが、永六輔の「お別れの会」では黒柳徹子が披露したエピソードで笑いが起こったという。「永さんのお別れの会は、楽しいことが好きだった永さんを明るく笑いながら送ろうと、長女の麻理さんが企画したもの。 [全文を読む]

黒柳徹子 激太り、ロレツ回らず、歩行困難…「撮影禁止」が通達された厳戒イベント

アサ芸プラス / 2016年08月06日09時57分

あるいは、体を動かせないストレスが食欲に火をつけたのかも」 さらに7月には永六輔、大橋巨泉と、黒柳にとって悲しい別れが相次いだ。「特に、永さんとは『2人で長生きして、同じタイミングで逝きたいね』と話すほど仲がよかった。悲しみが深いことは間違いありません」(ベテラン芸能記者) 名誉村民賞授与式後の記者会見でも、「(そのことについては)もういろいろお話ししたし [全文を読む]

巨星墜つ…気になる大物の訃報

NewsCafe / 2016年07月22日15時30分

1990年、56歳でセミリタイアを宣言してますから、デスクも知らないんじゃないですか」 デスク「今の現役芸能記者で、巨泉さんの全盛期…つまり40年前に取材したっていうのはいないよね」 記者「セミリタイアと言いながら、時々番組に出てたし、一時は政界進出もして…」 デスク「死の直前まで書き続けてきた週刊現代の連載コラムなんかも、編集長が替わって連載が打ち切られ [全文を読む]

故・永六輔さん 60年来の仕事仲間と泣き合った最期の日々

NEWSポストセブン / 2016年07月14日07時00分

その日、「お先に失礼!」というように、永六輔さんが息を引き取った。享年83。七夕の日だった。 優しく巧みに言葉を操る才能。昭和芸能界の生き字引ともいわれる幅広い人脈。永さんは今日の娯楽メディアの基礎を作りあげた人物だった。 1933年に東京・浅草に生まれた永さんは、中学校時代からラジオへの投稿を始め、早稲田大学在学中の19才のときにラジオの放送作家としての [全文を読む]

満島ひかり「再現ドラマにしたくない」と口説かれ徹子役受諾

NEWSポストセブン / 2016年05月28日07時00分

坂本九が歌い出せば、永六輔が「なんだその歌い方は!」と強烈なダメ出し。周りに女性たちをはべらせた森繁久彌が向田邦子に「一回、どう?」と口説く。生放送中に三木のり平がセリフを忘れると黒柳徹子(82才)が大慌てでアドリブ──。 50年前のテレビがそのまま現代によみがえったかのような錯覚に陥る。団塊世代はもちろん、当時を知らない30代、40代をも釘付けにしている [全文を読む]

「徹子の部屋」40周年を“世界の小澤”親子がお祝い

Smartザテレビジョン / 2016年02月02日00時00分

また、放送40周年ウイークの同週は、2月1日に司葉子、相田翔子が出演したのを皮切りに、2月3日(水)に萩本欽一、関根勤、2月4日(木)に永六輔、大橋巨泉という長年テレビ界を彩ってきたスターが出演し、盛り上げる。 [全文を読む]

美空ひばりに「おばさん」と…近藤真彦ヤンチャ伝説

WEB女性自身 / 2015年07月26日06時00分

そこからすごくかわいがっていただいたんですが、騒動を見ていた永六輔さんが黒柳徹子さんに伝えて、噂が大きくなって広がりました(笑)。○石原裕次郎に言われた…… 映画『嵐を呼ぶ男』をやるにあたり、ご挨拶にうかがったんです。『西部警察』の撮影中のスタジオ前で待たせていただいて。 とにかく存在の大きさにびっくりしました。裕次郎さんは僕を知っていてくださって、肩を抱 [全文を読む]

みのもんた「男の引き際は自分で決めればいい」

アサ芸プラス / 2014年11月15日09時56分

70歳の私が引退なんて言いだしたら、永六輔さんはどうすんだよ(笑)。黒柳徹子さんや秋山ちえ子さんという大先輩もまだまだ現役ですよ。こういう人たちは、話そうが話すまいが、そこにいるだけで存在感を発揮する。私もその域に達したいし、私は体力も充実しているけど、アスリートとは違って話す仕事に体力は関係ないからね。 とにかく、メダリストに限らず、他人の引退を周囲がど [全文を読む]

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