三笠宮 結婚に関するニュース

三笠宮崇仁さま 逝去5日前の「結婚75周年」お祝い

NEWSポストセブン / 2016年11月03日16時00分

10月27日、三笠宮崇仁さまが100才という長い人生に幕を下ろされた。皇室に残っている記録上の最長寿。昭和天皇の末弟は「大殿下」の愛称で親しまれ、天皇皇后両陛下も厚い信頼を寄せられていた。 実は逝去される5日前の10月22日、ご入院先の病室では、ささやかなお祝いが開かれていたという。 「この日は、三笠宮さまと妻・百合子さまの75回目の結婚記念日だったのです [全文を読む]

皇族の買い物事情 百貨店の外商が主流、Amazonもご利用

NEWSポストセブン / 2017年05月27日16時00分

では、宮家の私生活はどういうものなのだろうか? 秋篠宮家、三笠宮家、高円宮家など、宮家のかたがたの多くは東京の赤坂御用地に住んでいる。秋篠宮邸は旧秩父宮邸を改修したもので、敷地面積は1417平方メートル。うち居宅部分は472平方メートルで、皇太子家の敷地面積5460平方メートル、居宅部分870平方メートルと比べると手狭だ。8つある部屋はすべて洋室で、土足で [全文を読む]

佳子さま初参加 皇族が唯一選挙を行う「皇族議員選挙」とは?

NEWSポストセブン / 2015年09月11日07時00分

皇太子ご夫妻をはじめ、秋篠宮ご夫妻、三笠宮ご夫妻など“選挙権”を持つ成年皇族方が次々に“投票所”である皇居内の宮殿を訪ねられた。その中には昨年成人を迎えられ、「選挙」に初参加の佳子さまの姿もあった。「皇族議員」は定数2名。それではその「皇族議員」が参加される「皇室会議」とは──。 皇室会議のメンバーは、2名の皇族議員に加え、首相や衆参両院議長、宮内庁長官な [全文を読む]

眞子さまに続くのは? 皇室“恋の噂”データファイル

WEB女性自身 / 2017年05月26日06時00分

昨年10月に祖父の三笠宮さまが薨去されてからは、三笠宮家の当主的な存在に。オックスフォード大大学院で博士号を取得されるほどの才媛で、皇室プリンセスの長女といった存在。京都にお住まいの時期には、肩を寄せ古都の路地を一緒に歩く恋人の存在が話題になったが、このごろは聞かれなくなった。独身のまま宮家に残られるお気持ちを持たれているという話も出ている。 ■瑶子さま( [全文を読む]

財閥の同族経営で、成否を分けたのは何か?[富豪のトリビア45 -Part9]

Forbes JAPAN / 2016年07月24日17時00分

そして太賀吉と和子の三女・信子が、三笠宮寛仁と結婚。麻生家は皇族との閨閥を結ぶことになる。【麻生家の家系図】ブリヂストンの創業一族である石橋家も政財界に広いつながりをもつことで知られる。福岡県久留米市の仕立屋の次男として生まれた石橋正二郎は、第一次世界大戦の頃、足袋の底にゴムを貼り付けた地下足袋を考案。のちに親戚になる、三井三池炭鉱を経営して三井財閥の総帥 [全文を読む]

故宇津井健さん 亡くなった当日に内縁の妻と入籍していた

NEWSポストセブン / 2014年03月19日05時00分

同店には“ヒゲの殿下”の愛称で親しまれた故・三笠宮三笠宮寛仁さま(享年66)にはじまり、トヨタ自動車の名誉会長から、元参議院議長の扇千景(80才)、松平健(60才)、中村玉緒(74才)、林真理子さん(59才)といった各界の重鎮たちが足を運んでおり、その顔ぶれからも“日本一のクラブ”とも呼ばれている。そんな名門クラブでオーナーを務める彼女は、他にスポーツクラ [全文を読む]

国連女子差別撤廃委が問題視する「皇室典範」、「女系天皇」「女性宮家創設」、安倍政権で白紙に

Record China / 2016年04月03日07時30分

皇太子さま(56)、秋篠宮さま(50)、秋篠宮悠仁さま(9つ)、常陸宮さま(80)、三笠宮さま(100歳)の順となる。 皇位継承権に関しては、秋篠宮さまの後、長く皇室に男子が誕生せず、将来的に皇室典範に定める資格者が存在しなくなる恐れが生じたため、小泉政権下の05年1月、首相の私的諮問機関として「皇室典範に関する有識者会議」が設置された。有識者会議は同年1 [全文を読む]

祝・ジョージ王子ご生誕! 辛酸なめ子が選ぶ、注目のロイヤル本ベスト5

ダ・ヴィンチニュース / 2013年08月07日12時10分

【4位】『悪童殿下 怒って愛して闘って 寛仁親王の波乱万丈』(工藤美代子/幻冬舎) 三笠宮寛仁親王、通称ヒゲの殿下の、やんちゃな青年時代から男気あふれる皇族ライフを綴った本。ずっとご闘病されている方という印象が強く、お人柄についても存じ上げなかったのですが、この本を読んで、ワイルドで大変魅力的な方だったことがわかり、もっと早く知っていればと後悔しきりです [全文を読む]

終戦当時14あった旧宮家 家屋敷はホテルなどに姿を変え現存

NEWSポストセブン / 2012年08月01日16時00分

皇位継承権を有することで天皇家を支える宮家――現在その数は秋篠宮、常陸宮、三笠宮、桂宮、高円宮の5宮家にとどまるが、終戦当時は14宮家を数えた。 これらの宮家は明治維新を機に天皇の命で京都から東京に移り住み、洋館、和風御殿を問わず日本最高水準の建築技術で本邸を構えた。アール・デコ様式を贅沢に取り入れた朝香宮邸や唐破風屋根の車寄せが見事な久邇宮邸などモダンで [全文を読む]

故寛仁親王「皇室が建設会社なら会長は陛下、私は現場監督」

NEWSポストセブン / 2012年06月22日16時00分

先日お亡くなりになられた三笠宮寛人親王殿下との想い出を、櫻井氏が語る。 (※編集部注/文中の寛仁親王の「寛」は、正しくは「寛」に点が付きます) * * * 「おひげの殿下」として親しまれた三笠宮寛人親王殿下が薨去(こうきょ)された。本当に気概ある方だったと思う。2006年に私は『皇室と日本人』という本を、寛仁殿下、加瀬英明氏、小堀桂一郎氏との共著として出版 [全文を読む]

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