【明治維新に学ぶ】「馬関戦争」で長州藩は目を覚ました 2つの戦争が近代化の起爆剤に

夕刊フジ / 2018年7月12日 17時1分

★(2)1863(文久3)年5月、攘夷に燃える長州藩が、馬関海峡(=現在の関門海峡)を航行中の米国船をはじめ、フランス、オランダの船を相次いで砲撃を加えた。攘夷戦争の始まりである。翌月、その報復として米国やフランスの軍艦が現れて、長州藩の軍艦を壊滅させ、砲台も破壊した。「下関事件」である。それでも長州藩は外国船を討ち払う攘夷の姿勢を変えることはなかった。吉田松陰が教えた松下村塾の塾生だった長州藩士、

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