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こうした短命内閣の背景は、大きく三つの要因が挙げられる。一つは、「隈板内閣」としての“二枚看板”への期待の声があったものの、両雄並び立たずで強力な推進力とはならなかった点だ。二つは、大隈は野党政治家としては、「在野の雄」との声があったように一級の人物だったが、宰相としては脇の甘さを露呈した点だった。大隈への当時のアダ名は「ザル碁」、 [全文を読む]

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