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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narxx

アラブ地域での空手の競技人口は200万人にも上る。日本の武道が広まった背景には、シリアに派遣された空手家・岡本秀樹の存在があった。だが、当初集まった生徒は3人だけ。現地の生活に嫌気がさし、帰国を決めた岡本がとった行動とは——。 ※本稿は、小倉孝保『ロレンスになれなかった男空手でアラブを制した岡本秀樹の生涯』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。 ■教えたいのに生徒が集まらない 1970年5月。青年海外協力隊(JOCV)の隊員として岡本秀樹がシリアに派遣され半年近くが過ぎようとしていた。彼はこのとき28歳、 [全文を読む]

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