【「シド・バレット 独りぼっちの狂気」評論】ありがとう、シド。あなたに会えて良かった
映画.com / 2024年5月19日 7時0分
「シド・バレット 独りぼっちの狂気」は公開中 (C)2023 A CAT CALLED ROVER.ALL RIGHTS RESERVED.(C)Syd Barrett Music Ltd(C)Aubrey Powell_Hipgnosis
ロックを少しかじり始めた15歳の頃、1968年から71年にかけて27歳という若さで早逝したミュージシャンたちの伝説を知った。ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ(1969年自宅プールで溺死)、ジミ・ヘンドリックス(1970年ロンドンのホテルで急逝)、ジャニス・ジョプリン(1970年ハリウッドのホテルで遺体を発見)、そしてドアーズのジム・モリスン(1971年パリのアパート浴槽内で死去)が天に召された。
共通するのは没年が27歳ということ。天才と呼ばれた彼らは、純粋に音楽表現を追求し酒とドラッグにぶち当たる。生き急ぐが故に迷宮を彷徨い、我が道を追い求めるが故に命を削った。1994年にはカート・コバーンが27歳で他界、いつしか早逝の天才たちを「27クラブ」として讃える活動が始まった。
その誰もが伝説だ。初期のピンク・フロイドのリーダーで、音楽の求道者たるシド・バレットも同様だ。絵の才能に秀でていた彼の美意識は独特だった。グラムロックやサイケデリックというカテゴリーがまだ見出されていない時代に、突如現れた彗星の如き存在としてフロントランナーとなった。
1967年にメジャーレーベルと契約、ポップカルチャーの寵児となることを求められた。だが、彼の気質はその路線を良しとしない。ボヘミアンのように暮らし、創作のために全身を薬に沈めた。性急な行動と過剰摂取によって日常生活にすら支障をきたすまでに至る。その姿は27歳の早逝者たちの生き様にも重なる。だが、命と引き換えにこの世を去ったレジェンドたちとは決定的に違っていた。ある日突然、シドはショウビズ界から姿を消したのだ。
1968年、シドと訣別したピンク・フロイドにデヴィッド・ギルモアが加入、ロジャー・ウォーターズが才能の開花させていく。複数の実験的なアルバムを発表した後、ロック史上最大のヒットアルバム「狂気」(1973/5000万枚)、「炎〜あなたがここにいてほしい」(1975/2300万枚)、そしてロックオペラとも呼べる2枚組大作「ザ・ウォール」(1979/3300万枚)をリリース、アルバム・トップ3だけで累計1億枚を優に超える、まさにスーパー・バンドとなった。
このドキュメンタリーは、「WISH YOU WERE HERE」の原題でシドに捧げられたアルバム「炎」の楽曲「Shine On You Crazy Diamond」が基調低音となって反復される。エコーを効かせたこの曲では、シド・バレットと入れ替わるかのようにバンドに加わったデヴィッド・ギルモアのギターが複雑なる想いと切なる願いを響かせる。「あなた」とはシド・バレットその人であり、アルバム「炎」は、ピンク・フロイドの過去と未来が交錯した奇跡のアルバムとなっている。
「炎」のレコーディング中のある日、スタジオに謎の人物が姿を見せた。「誰も彼だとは気づかなかった」とメンバーたちは臆することなく振り返る。その日に撮影されたスナップには、シド・バレットその人が写っている。
1968年、22歳でピンク・フロイドを脱退、1970年に2枚のソロアルバムをリリース、1972年に新バンドを結成するも程なく空中分解、その後シドは消息を絶つ。まだ26歳だった。表舞台から忽然と姿を消した後、音楽シーンで煌めいた瞬間の自身に固執することなく60歳まで生きた。27歳という呪縛に囚われることのなかったシド・バレットは2006年7月に膵臓ガンのため逝去、享年60歳。この作品を観終えた時、ある特別な感情が込み上げた。「ありがとう、シド。あなたに会えて良かった」と。
(髙橋直樹)
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