「受信料のためなら手段を選ばない」NHKが採用した未納者を狙い撃つ"ある奇策"
プレジデントオンライン / 2021年9月14日 12時15分
■受取人不詳でも届く「奇策」が考案された
「特別あて所配達郵便」ということばを聞いたことがあるだろうか。
住所を書くだけで郵便物を届けてくれる、通称「宛名なし郵便」と呼ばれるもので、日本郵便が6月からスタートした、いささかいわくつきの特例サービスである。
宛名を書かなくても配達するということは、受取人が誰だかわからなくても、住所又は居所が存在すれば配達されるということになる。
どんな場面で利用されるのか、すぐにピンとくる人はまずいないだろうが、サービス開始とともに、さっそく手を挙げたのがNHKだ。
NHKの受信料は、世帯ごとに徴収するので、未契約世帯には受信契約の案内や請求書が届きさえすればよく、世帯の中での受取人を特定する必要がない。
誰が住んでいるか特定しにくい都市部のマンションや集合住宅でも、未納者の居所さえわかれば受信契約を迫れるが、宛名まで書かなければならない郵便は利用できず、悩みのタネだった。加えて、コロナ禍で直接訪問による営業も難しくなり、NHKは受信料の確保に危機感を募らせていた。
一方、日本郵便も、やはりコロナ禍で業績が低迷、新たな収入源を模索していた。
そこに、総務省の後押しもあって、日本郵便とNHKの思惑が合致した「奇策」が生まれたのである。
■郵便サービスのコペルニクス的転回
通常の郵便物は、受取人の住所と宛名が書いてなければ差出人に返送されるが、「特別あて所配達郵便」は住所さえ書いてあれば、宛名がなくても返送せずに郵便受けに入れてくる。
利用するためには年間1000通以上差し出すことなどが条件とされているうえ、1通あたり200円の特別料金がかかる。定形郵便物の封書(25グラム以内)は通常料金84円に加算されて284円、はがきなら63円+200円で263円と、かなり割高だ。
従来の郵便配達に比べるとコペルニクス的転回ともいえる新サービスだけに、日本郵便は、6月21日の開始から1年間試行し、様子を見て本格サービスに移行するという。
もっとも、利用条件をみれば、一般の人が利用することはほとんど想定されず、企業もダイレクトメール(DM)で使うにはコストがかかりすぎるため二の足を踏みそうだ。市場調査などでの活用は想定されるが費用対効果は微妙で、利用者の広がりは限定されるとみられる。
新サービスの試行開始から2カ月余。NHKは、広報の回答によると、9月初めの時点で「一部地域で、すでに試験的に利用を始めている」ということで、早々に取り組んでいるようだ。
一方、日本郵便は「サービスは開始しているが、差出人は個人情報になるので、差し控えたい」と控えめで、NHKのほかには目立った利用企業の話も聞こえてこない。
テレビ離れや受信料の引き下げ圧力が強まる中、受信料確保のためなら「何でもあり」という貪欲なまでのNHKの前のめりの姿勢だけがクローズアップされている。
■きっかけは武田総務相の一声
新サービスが生まれたきっかけは、武田良太総務相が唱えたNHKの受信料徴収と日本郵便のネットワークの連携。総務省が所管するNHKと日本郵便の間で「何か協力することができないか」との一声から始まった。
武田総務相は2020年12月21日の記者会見で、受信料徴収の営業経費が700億円超にも膨らんでいることを問題視し、「2万4000局の郵便局のノウハウや力を受信料の徴収に活かすことができないか、実務者同士で研究してもらっている」と、自らが新サービスの仕掛け人であることを明かした。
妙案が見つかれば、NHKの膨大な営業経費を抑えられる一方、低迷する日本郵便の業績を押し上げられるという一石二鳥のグッドアイデアというわけだ。
そして、日本郵便が5月28日に試行を発表したのが「特別あて所配達郵便」である。
■総務相が手放しで喜んだサービス試行
武田総務相はすぐさま、「NHKと日本郵便双方にとってプラスの効果をもたらすことを期待したい」と、手放しで喜んだ。
これを受けて、NHKの前田晃伸会長は6月3日の記者会見で「利用したい」と明言。
「費用対効果を検証して、訪問によらない営業活動の一部にあてたい」「今までのように、ものすごい数の文書を(受信契約のない世帯に)限りなく配る方式から、精度が高いものにしたい」と、コスト削減への期待感を示した。
もっとも、いきなり受信料の請求書を送りつけるのではなく、NHKが提供しているサービスの案内から始め、次いで受信契約の方法を説明し、その後に受信契約につなげられるよう、数段構えで臨むという。
■NHKの受信料徴収のために編み出されたサービス
利用地域について、前田会長は、以下のように語っている。
① 支払率の低い都市部からスタートし、徐々に広げていく
② 支払率の非常に高い地域(秋田県や新潟県など)は、利用する必然性がない
③ 極端に支払率が低い沖縄県は、(戦後米国施政下にあったという)歴史的経緯があるため、導入は急がない
これらから類推すると、NHK広報が示した「一部地域」とは支払率の低い東京などの大都市圏を指しているとみられる。
一方、日本郵便が発表するやいなや、間髪を入れずに武田総務相が歓迎のコメントをし、前田会長が利用の方向性を打ち出したところをみれば、事前に入念な打ち合わせがあったことがよくわかる。
つまり、「特別あて所配達郵便」の実態は、NHKの受信料徴収のために設けられたサービスであることは、言わずもがななのである。
■受信料徴収のコストは収入の1割以上
税金でも広告収入でもない受信料は、「公共放送」を標榜(ひょうぼう)するNHKの生命線だ。
このため、NHKは、受信料の徴収に多額の費用と労力を注入し、受信料負担の公平性を確保する観点から受信料の支払率の向上を「NHKの責務」と位置づけてきた。
受信料の現状を見てみよう。
年間の受信料は「地上放送+衛星契約(口座・クレジット払い)」のケースで、月額2170円×12カ月=2万6040円。
2020年度決算では、事業収入7121億円(前年度比3.6%減)のうち受信料収入は6895億円(同3.1%減)と、96.8%を占める。つまり、収入の大半が法的に収入を担保された受信料なのである。
ところが、受信契約対象世帯4610万件のうち支払世帯は3703万件にとどまり、支払率は80.3%(同1.5ポイント減)。逆にいえば、2割に当たる907万件が未納ということになる。
一方、事業支出6870億円(同4.1%減)のうち受信料の徴収にかかわる営業経費(受信契約及び受信料の収納)は710億円(同6.9%減)もかかっている。
コロナ禍の影響で、収入・支出とも前年度より減少したものの、収支の全体構図は毎年ほぼ同じ。受信料徴収の経費が、受信料収入の1割を超えるといういびつな状態がずっと続いている。
したがって、「コストを抑えて、受信料の支払率を高める」ことが課題になるが、実際には永遠のテーマとなっており、なかなか改善できないのが実情だ。
■「昨日の敵は今日の友」か
そこで登場したのが、今回の「宛名なし郵便」。
NHKが受信料の未契約世帯に送る費用を概算してみると、1通当たり907万件×284円=25億7588万円になる。
営業経費の総額に比べれば4%にも満たないが、受信料を支払ってもらうまでに1回の送付では済みそうにないので、総額は数倍になると見込まれる。
ただ、仮に未契約世帯がすべて支払世帯に変われば、単純計算で2300億円超の増収となるため、決して高額な出費とは言えなさそうだ。
一方、日本郵便にしてみれば、新サービスの郵便費用がそっくりそのまま入るのだから、「NHK特需」はおいしい話に違いない。
新サービスが軌道に乗れば、日本郵便とNHKはウィンウィンの関係になるだろう。
日本郵政グループとNHKの間では、かんぽ生命保険の不正販売問題の報道をめぐってトップレベルで遺恨が残りそうなバトルが繰り広げられたが、営業レベルではどうやら「昨日の敵は今日の友」ということのようだ。
■郵便局現場は「NHKの手先」とみなされることを懸念
だが、両者の思惑通りにいくとは限らない。
個別訪問による営業活動でもなかなか受信契約や支払いに結びつかないのに、受取人の書かれていない「ポスティングもどき」の郵便物を受け取って、すんなりと受信契約に応じる未納者がどれほどいるだろうか。
受信料に対する抵抗感は根強く、受信契約を結ばない理由も「支払うカネがない」から「受信料制度に異議」まで多種多様で、たとえ受信契約をしても支払いを拒む人も少なくない。
さらに、新サービスに対する疑義も聞こえてくる。
日本郵便は、信書便法に基づいて、通信の秘密が定められている信書の配達をほぼ独占しているが、住所しか書かれていない郵便物も信書としてOKとなればポスティングと変わらず、投げ込みチラシまで信書になりかねない。住所と宛名が一致している信書を確実に届けることが郵便の信頼の源泉になってきただけに、「違和感」を感じる向きは少なくなく、郵便サービスそのものが根底から揺さぶられそうだ。
さらに、郵便局の現場では、かんぽ不正販売問題で肩身が狭い思いをしているところに、今度は受信料徴収のお先棒を担ぐことにつながる新サービスが導入されて「NHKの手先」とみなされる懸念が高まっているという。
このため、知恵を絞ったはずの新サービスも、取らぬタヌキの皮算用になりかねない。
■受信料確保に“なりふり構わず”の姿勢
NHKが受信料確保に傾ける執念は半端ではない。
最近は、未契約世帯に督促状を送った後、支払いに応じない場合は民事訴訟を起こす強硬手段を取るケースが増えている。
また、ワンセグを受信可能な携帯電話の受信契約の可否や、ホテルやマンスリーマンションでの支払い義務者の特定など、受信料をめぐる訴訟も相次いでいる。
そうした中、2017年12月には、最高裁が、受信契約を義務づける放送法の規定を「国民の知る権利を充足する合理的な仕組み」として初の合憲判断を示し、「テレビ設置時にさかのぼって受信料の支払い義務が生じる」と判示した。
最高裁の「お墨付き」をもらったNHKは、受信料徴収に一段と力が入った。
2020年9月に開かれた総務省の有識者会議では、自治体などに未契約者の居住者情報を照会できるよう要求するまでにエスカレート。さすがにこれは、個人情報の提供には応じられないと反発されて断念したが、未納者に何が何でも請求書を送りつけたいという意識が露骨に表れた一事だった。
NHK問題と言えば真っ先に挙がるのが受信料に絡む問題で、放送界や視聴者を巻き込んで、常に論議の的となってきた。
「郵便によるポスティング」と揶揄される「特別あて所配達郵便」の活用で、NHKのなりふり構わぬ野望が実現に近づくのか、それとも思惑倒れに終わるのか。成否は、未納者、ひいては国民全体の受け止め方にかかっているといえそうだ。
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メディア激動研究所 代表
1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、主に政治、メディア、情報通信を担当。2005年愛知万博で万博協会情報通信部門総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日本大学法学部新聞学科で政治行動論、日本大学大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。
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(メディア激動研究所 代表 水野 泰志)
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