談志師匠から届いた「激辛」FAX 襲名に「お前は三枝の名前を大きくしたじゃないか」 話の肖像画 落語家・桂文枝<19>
産経ニュース / 2024年5月20日 10時3分
《立川談志(たてかわだんし)(1936~2011年)は今もファンに絶大な人気を誇るレジェンド。毒舌、破天荒、孤高、そして圧倒的な高座の魅力…。文枝さんもその魅力のとりこになる》
談志師匠と初めて会ったのは僕が25歳くらいだったかな。テレビの『ヤングおー!おー!』(毎日放送)の司会を僕がしていたとき、その構成作家の方が紹介してくれたのです。
7歳上。初対面で、いきなり「落語のことなら何でも聞きなよ。教えてやるから」って。圧倒されましたよ。カミソリのような切れ味、自信満々に何のてらいもなく「オレは名人」だと言い切る自信…。大阪にはない強烈な個性でしたね。
実際、高座はすごかった。『蔵前駕籠(くらまえかご)』を聴いたときは鳥肌が立ちましたから。それからは、師匠が大阪へ来られるたびに会いに行き、一緒に酒を飲んだり、食事をともにしたり。僕の落語会にもよく出演してくださいました。
《会ったときの談志はずっとしゃべり続けていた。落語のことはもちろん、あらゆることを文枝さんに伝えるように》
いつものように談志師匠がひとりで話し続けた後、僕に向かって「キミは酒を飲むときはあまりしゃべらないのかい?」って。僕にすれば、ずっと師匠が話し続けているので、僕が話すヒマがない(苦笑)。
今から思えば、師匠は(噺(はなし)家としての)僕の生き方に「自分と似た部分」があると感じてくれていた。だからいろんなことを伝えようとしてくださったのではないか? と思うのです。
談志師匠には、「古典落語はこうあるべきだ」という持論と信念がありました。変に〝潰してしまう〟のではなく、今の時代にどうやったら〝生かす〟ことができるのか、と考え抜いた古典落語をつくり上げた。一方の僕は創作落語ですが、次の時代に残る、古典になる落語をつくろうとしていましたから。
談志師匠は僕と会うときに、「これを話そう」「あれも教えておこう」と〝ためて〟いたものをすべて吐き出そうとして、ずっと話し続けていらっしゃったのではないか、とね。
東京・紀伊国屋ホールで『ゴルフ夜明け前』を演じたとき(昭和58年11月)は談志師匠も駆け付けてくださった。そして、「よかったよ。ずっと創作落語を続けろ」って励ましてくださった。師匠にそうやって声をかけてもらったことが、どれだけ自信になったことか(※同作は、58年度の芸術祭の大賞を受賞し、文枝の創作落語の代表作のひとつとなる)。
《三枝から「文枝」を襲名することに談志は反対していたという》
「お前は『三枝』の落語をつくって三枝の名前を十分大きくしたじゃないか」「古いもの(古典落語)を新しいもの(創作落語)にするためにやってきたのに、古い名前(文枝)に戻るのはおかしいじゃないか」ということでしたねぇ。それはよく分かりました。
文枝襲名の記者会見(平成23年7月)をしたとき、談志師匠の体調はすでに相当悪くなっていました。病床にあった師匠に対して、人づてに襲名を伝えると、師匠直筆のFAXが届いたのです。そこには「人生成り行き…仕方がねえ 勝手にしろ、三枝のバカヤロウめ」とミミズがはったような乱れた字で書かれていました。毒舌家の師匠らしい「激辛」の文章でしたけど、僕は「愛」を感じましたね。言葉や態度とは裏腹に、師匠はとても温かくて、気遣いができる人なんですから。
師匠が亡くなったのはそれから約4カ月後。師匠の激励に恥じないよう、文枝の名前を大きくすることを誓ったのです。
(聞き手 喜多由浩)
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