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取材依頼が絶えないスーパー、名物社長の潔い決断 年間300本以上のテレビ取材をこなす青果のプロ

東洋経済オンライン / 2024年5月20日 7時0分

創業から続く関町本店の店頭に立つ秋葉弘道社長。23歳で一念発起し、スーパー「アキダイ」を創業した(撮影:尾形文繁)

後継者不足や事業環境の悪化で廃業リスクが高まる日本の中小企業。一方、M&Aを契機とした業績回復や海外挑戦といった明るい動きも見られる。

『週刊東洋経済』5月25日号の特集は「中小企業 大廃業時代の処方箋」。中小企業の新たな生き方を探る。

テレビ取材は年間300本以上。食品スーパー「アキダイ」社長の秋葉弘道氏(55)は、青果のプロとして全国区の人気者だ。

【年表と写真】スーパー「アキダイ」1992年の創業から30年の大変化。ロピアからの出向社員に青果の仕入れを市場で指導する秋葉社長

その秋葉社長は昨年、自らが持つ株式会社アキダイの全株式を、食品スーパー「ロピア」を展開するOICグループに譲渡した。50代半ばの経営者として脂の乗った時期に事業承継の決断を下した秋葉氏にその真意を聞いた。

──そもそも事業承継をしようと考えたのはなぜですか。

23歳で自分の店を持ったときから、「50歳になったら仕事をやめよう」と思っていたんです。それまでに人一倍、一生分を全部働いてしまおうと。

実際、市場で仕入れをやり、店頭に立ち、閉店後は事務作業もやるので、2時に寝て5時半に起きるような生活をずっと続けています。店を持って以来、丸2日続けて休んだことはありません。

「社長がいなくなったらどうなるのか」

コアな仕事をずっと自分が担っていたので、40歳を過ぎたあたりから、50歳でのリタイアは現実的に無理だ、とわかってきました。

ただ、その頃から、20〜30代の若い従業員が時折「社長がいなくなったらアキダイはどうなるのか」と不安を口にするようになっていたんです。

アキダイの事業は、自分が培ってきた従業員や取引先、地域との信頼関係で成り立っています。自分の娘2人やその夫、あるいはほかから来た知らない人が社長になっても、それを継げるとは考えられない。自分を信頼してくれている従業員が今後も安心して働けるよう、自分が元気なうちに道筋をつくってからやめよう。そう考えて事業承継の検討を始めました。

──実際に事業承継が決まるまでには時間がかかったようですね。

以前からM&Aの話は来ていましたが、黒字経営で順調に成長していましたし、事業を売ってお金を手に入れることには興味がなかったので、すべて断っていました。

承継を考え出してからは、アキダイに、あるいは秋葉社長に興味がある、という話が来たら一度は会って話を聞いてみるように。

すると、アキダイや私を高く評価して声をかけてくださっている話もあるのがわかってきました。

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