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焦点:西側からの資金提供ストップ、苦境に陥るロシア科学界

ロイター / 2022年4月15日 14時44分

 シベリアを流れるコリマ川に面し、人里離れた場所に立つロシアの「北東科学基地」には、2000年以来、毎年数十人の国際的な科学者が訪れていた。写真は、北東科学基地で働く科学者のセルゲイ・ジモフさんが、サハ共和国チェルスキーの永久凍土の地下に保管している素材を確認する様子。2021年9月撮影(2022年 ロイター/Maxim Shemetov)

Gloria Dickie Dasha Afanasieva

[ロンドン 10日 ロイター] - シベリアを流れるコリマ川に面し、人里離れた場所に立つロシアの「北東科学基地」には、2000年以来、毎年数十人の国際的な科学者が訪れていた。目的は北極圏の環境における気候変動の研究だ。

だが、今年は様子が異なる。

ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ドイツのマックス・プランク生化学研究所は北東科学基地に対する資金提供を凍結した。この資金は、研究施設での人件費や計測機材の維持費に使われていた。気候変動により北極圏の永久凍土がどれくらいのペースで融解しているか、また地球温暖化への影響の強いガスであるメタンがどれくらい放出されているかを測定するための機材だ。

資金の凍結により、2013年以来この研究施設で継続的に行われてきた測定が恐らく途絶してしまい、地球温暖化の傾向に対する科学者の理解が損なわれることになる、と語るのは、ドイツ政府の予算で運営されているマックス・プランク協会の広報担当者ペーター・ヘルゲルスバーグ氏。

「北東科学基地で働く(ロシアの)仲間たちは、何とか研究施設を維持しようと努めている」とヘルゲルスバーグ氏。どの程度の資金が凍結されたかについては語ろうとしなかった。

ロイターでは、ウクライナ紛争がロシアの科学に与える影響について、20人以上の科学者に取材した。ロシア政府に対する欧州諸国の制裁を踏まえて西側諸国が提供していた数千万ドルの資金が凍結されたことで、ロシア科学界の将来を危惧する声が多い。

科学者らによれば、ロシアと西側諸国の研究機関によるパートナーシップのうち数百件が、完全な解消には至らずとも中断に陥っているという。1991年のソ連崩壊の後、国際協力構築のために費やされた歳月が、ウクライナ侵攻により巻き戻されてしまった格好だ。

コミュニケーション経路の多くが閉鎖され、現地調査のための出張は無期限で延期されている。

西側からの支援の途絶による影響を受けたプロジェクトには、欧州諸国が2500万ユーロ(約34億円)の資金提供を約束していたイオン衝突型加速器や中性子炉など、ロシア国内のハイテク研究施設の建設も含まれている。

こうしたテクノロジーからは、基礎物理から新素材・燃料の開発、新薬開発に至るまで、あらゆる分野に貢献する新世代の研究が花開く可能性があったと科学者らは言う。

これとは別に、気候変動対策としてのエネルギー移行に必要な低炭素素材の設計や蓄電テクノロジーに向けた1500万ユーロ(約20億5000万円)の拠出も凍結された。欧州連合が先月、ロシア国内の組織との提携全般を停止したことによるものだ。

地球規模の森林被覆を研究するロシアの環境科学者ドミトリー・シュチェパシュチェンコ氏は、「心情としては、こうした凍結は理解できる」と語る。同氏は2007年以来、オーストリアの国際応用システム分析研究所にも名を連ねている。

だがシュチェパシュチェンコ氏は、科学全体のことを考えると「資金提供の停止は共倒れを招く悪手だ。気候変動や生物多様性といったグローバルな問題は、(略)ロシアの領域やロシア科学者の専門的知見なしにはほぼ解決できない」と語る。

<資金凍結の意味>

ソ連崩壊後、ロシアにおける科学への投資は急減した。何千人もの科学者が海外に流出するか、自身の研究分野を完全に放棄してしまった。

「科学者として、自分たちの仕事は評価されていないと感じていた」と語るのは、永久凍土の研究者であるウラジーミル・ロマノフスキー氏。同氏は1990年代にアラスカ州フェアバンクスに研究拠点を移した。「獲得できる研究資金は実質的にゼロだった。何より、フィールドワークの予算がなかった」

その後ロシアの科学予算は回復したが、それでも西側諸国を遙かに下回る水準に留まる。経済開発協力機構(OECD)のデータでは、2019年、ロシアで研究開発に投じられた資金はGDPの1%だった。為替・物価変動の調整後で約390億ドルに相当する。

その資金の大半は、宇宙開発や原子力といった物理科学の分野に投じられた。

これに対し、ドイツや日本、米国ではそれぞれのGDPの約3%を研究開発に投じている。米国の場合、2019年の研究開発投資は6120億ドルに達した。

それでも、ロシア科学界は他国の科学者たちとの提携によるプロジェクトに後押しされてきた。たとえば1998年に国際宇宙ステーションを打ち上げた国際コンソーシアムは、ロシアと米国の主導によるものだ。

ロシアの宇宙開発機関ロスコスモスのトップは今月、ウクライナ侵攻に関係する制裁が解除されるまでは国際宇宙ステーションへの参加は見合わせると述べた。

またロシアの科学者は、スイスの欧州原子核研究機構(CERN)による世界で最も強力な粒子加速器である大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の建設にも協力した。LHCは2012年、観測が困難で理論上の想定にすぎなかったヒッグス粒子の発見という画期的な成果を挙げた。

2014年にロシアがクリミア半島を併合した後も、科学分野での欧州との提携は中断されることなく維持された。だがCERNの運営理事会は先月、ロシアとの新規提携をすべて延期すると発表した。

ドイツだけを見ても、300件以上のロシアとの共同プロジェクトに対し、過去3年間で約1億1000万ユーロ(約150億円)を拠出している。さらに別の18件のプロジェクトに関して、欧州連合(EU)からロシアの研究機関に1260万ユーロの資金が提供された。研究テーマは北極圏の気候監視から動物感染症までさまざまだ。

<闇に閉ざされる北極圏>

緊急性が高いにもかかわらず中断されている取組みの1つが、ロシア領北極圏における気候変動の研究だ。

「永久凍土地帯の3分の2はロシアにある。ロシアからのデータは決定的に重要だ」と永久凍土炭素ネットワークに参加する北アリゾナ大学の環境学者テッド・シュール氏は言う。

「ロシアにおける永久凍土の変化が見えなくなれば、全世界的な永久凍土の変化も理解できなくなる」

これは科学者にとっては憂慮すべき事態だ。はるか昔から凍っていた土壌には、現時点で大気中に存在する量の2倍に当たる推定1.5兆トンもの炭素が有機物の形で存在しているが、地球温暖化による融解が進んでいるからだ。

永久凍土が融解すれば、氷に閉じ込められていた有機物が腐敗し、メタンや二酸化炭素といった地球温暖化ガスをさらに排出する。科学者らは、こうした排出によって気候変動が制御不可能な状態に陥る可能性があると懸念している。

シュール氏によれば、人工衛星を使って融解に伴う地形の変化を観測することは可能だが、地中で何が起きているかは現地調査を行わなければ把握できないという。

ロシアの科学者は長年にわたり永久凍土の現地データを収集・提供してきたが、そうしたコミュニケーション経路が今後も使えるかどうか、西側諸国の研究者らは確信を持てないでいる。また、広大な地域をカバーするには資金が足りず、そうしたデータ群は不完全なものだった。

米ウッドウェル気候研究センターの極地環境学者スー・ナタリー氏は、ロシアにおける観測能力の強化に向けたプロジェクトの計画が中断していると話す。

ナタリー氏は、同僚の出張予定がキャンセルされてしまったせいで「今年現地に送る予定だった機材が足止め状態だ」と語る。

欧州諸国の姿勢とは対照的に、米国政府はロシアの研究機関との交流について明確な指針を示していない。

国務省の広報官はロイターの取材に対し、「ロシア国民に(この戦争の)責任をとらせようとはしていない。ロシアの人々との直接の関係を続けることは不可欠だと考えている。科学やテクノロジーの分野も例外ではない」

<科学を直撃する「巻き添え被害」>

ロシア科学基金の2021年度国家予算である229億ルーブル(約340億円)によるプロジェクトは、インド、中国、日本、フランス、オーストリア、ドイツなどの国との協力に依拠していた。

同基金の広報担当者は、欧州との提携関係の中断が研究に与えた影響に関するロイターの質問には回答せず、同基金が「先進的な研究者チームとその研究プロジェクトへのサポートを続けていく」と述べるに留まった。

欧州の科学者らはサンクトペテルブルク近郊の中性子炉やイオン衝突型加速器などロシア国内の研究施設の構築に協力してきたと語るのは、「クレムリンプラス」と呼ばれるEU予算による取組みでコーディネーターを務めるマーティン・サンドホップ氏。

これらの研究施設は、高エネルギー物理学、生化学、材料科学と行った分野での研究の原動力になる。

だが、2500万ユーロを投じたプロジェクト拡張計画は現時点では中断されており、サンドホップ氏のチームは、専門家や機器類を欧州内の研究機関に再配置している。

たとえば、計画中の中性子炉で必要とされた「クレムリンプラス」の中性子検出装置は、いまスウェーデンのルンドの施設に向けて運ばれている。

ロシア側がプロジェクト拡張計画をどうにか完了できたとしても、西側研究機関のデータ分析ツール群がなければ、そこでの研究がどれだけ価値あるものになるかは不明だ。

モスクワに近いニジニ・ノブゴロドの応用物理研究所の物理学者エフィム・カザノフ氏は、自分の研究においても、欧州諸国の機器類を利用できなければ悪影響が出るだろうと語る。カザノフ氏は、高エネルギーレーザーを用いて、真空状態での時空構造といった人類の宇宙理解を深めることにつながるテーマを研究している。

カザノフ氏を含む数千人のロシア科学者は、独立系のオンライン科学メディア「トロイツキー・バリアント」に掲載された、ウクライナ侵攻によって「ロシアの国際的な孤立は避けがたいものになってしまった」と主張する公開書簡に署名している。

ロシアのインタファクス通信によれば、ロシア科学アカデミーのアレクサンダー・セルゲエフ総裁は、多くのロシア人科学者が母国を離れたと述べている。

ロシアが3月4日、ウクライナ侵攻作戦に関する「フェイクニュース」を犯罪とする法律を成立させた後、上述の科学者らによる抗議の公開書簡は一時的にサイトから削除された。

同じ日、ロシア大学総長連合のウェブサイトでは、ロシアによるウクライナ侵攻を支持する書簡が発表された。この書簡には有力な科学者300人以上の署名があったが、彼らはその後、欧州大学協会の会員資格を停止されている。

外国から提供される資金はロシアの科学関連投資の一部にすぎないとはいえ、ロシアの科学者にとっては、プロジェクトの存続や自身のキャリア維持に欠かせない資金だ。

米国のジョージ・ワシントン大学に所属するロシア出身の地理学者ドミトリー・ストレレツキー氏は、「共同研究への補助金は多くのロシア人科学者を支えてきた」と嘆く。「EUが科学者を標的にするとは驚くしかない。制裁対象としてふさわしくない人々なのに」

(翻訳:エァクレーレン)

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