「僕がいなくてもだれも困らない」 失意の若者が、田舎への転職で知った「働く喜び」(2)
J-CASTニュース / 2024年3月5日 12時0分
確かな働きがいとは
上司の言葉がけひとつで、モチベーションが高まった経験はありませんか?
会社の中で実際に起きた困ったエピソード、感動的なエピソードを取り上げ、人材育成支援企業代表の前川孝雄さんが上司としてどうふるまうべきか――「上司力」を発揮するヒントを解説していきます。
今回のエピソードを踏まえ、前川さんは「自分の存在や仕事が誰かの役に立っていることを実感できた時に、確かな働きがいを感じることができる」といいます――。
「助かるよ!」と感謝で迎えられる日々
<「僕がいなくてもだれも困らない」 失意の若者が、田舎への転職で知った「働く喜び」(1)>の続きです。
冬場に着任したSさん。
毎日、集落の家々を見周ります。住民のお年寄りが雪下ろしや薪割りに難渋しているのを見て、手伝いをかってでると、とても喜んで迎えられました。おじいさん、おばあさんからの感謝の声掛けが嬉しく、毎日のように手伝いをするようになっていきます。
「新しい孫が、1人増えたようだね~」
「助かるよ、いつも来てもらって!」
お年寄りたちからとても感謝され、声をかけられる日々。Sさんも、明るい笑顔で応えます。
「Sさん、ありがとうね。うちで作ったいぶりがっこ、食べるかい」
「おーい、Sくんよ。お昼ごはんまだだろ。うちで食べてけよ」
雪おろしのお礼に自家製の漬物をいただいたり、手作りの郷土料理をいただいたりと、村人の温かい気持ちが伝わってきます。最初は、嬉しくて涙が出たほどでした。
Sさんはこう語ります。
「みなさんが笑顔になってもらえるようなことを、仕事にさせてもらえている。誰かのために一生懸命働けることが、すごく有難いんです。こんな仕事ができるなんて、僕はこの上なく恵まれているんじゃないかなと感じています」
その後、Sさんは孫のようにかわいがってくれるお年寄りとのご縁から、集落に江戸時代から続いた伝統行事の山伏神楽(やまぶしかぐら)の復活に挑戦し始めました。
過疎化で担い手が不足し、20年前に途絶えたといわれる伝統行事です。お年寄りから演目や舞い方を教わりながら、Sさんはこう語ります。
「神楽を教わり、復活に向けた活動は、休日にしようと考えていた日に重なることも多いんです。でも、全然苦になりません。むしろ楽しい。なんといっても、この村に縁もゆかりもなかった僕を、こんなにも温かく迎え入れてくれたおじいさん、おばあさんたちに恩返しがしたいんです」
Sさんは、お年寄りの指導を受けながら伝統の踊りを懸命に覚えようと、とても真剣で充実した様子。指導するお年寄りたちの顔にも、充実感がみなぎります。
「僕ができることはちっぽけかもしれないけど、こんなにも役に立てているって思えるのは幸せです。本当にみなさんが支えてくれるから頑張れるんだなぁって。就活の時は働くイメージがわかなかったし、工場のアルバイトでは働きがいを感じられなかった。でもこの村に来てから、仕事って何なのかが、なんとなくわかってきたような気がします」
Sさんはすっかり村に馴染み、今では「いなくてはならない存在」になっているのです。
「あなたならでは」の仕事を任せているか
Sさんのエピソードから読みとれることは、人は働くことで絆ができ、その絆が広がり深まることで、新しい希望をみいだしていくものだということです。
そして、自分の存在や仕事が誰かの役に立っていることを実感できた時に、確かな働きがいを感じることができるのです。
私は、Sさんのエピソードの意味を考える時、ある中小企業経営者から受けた、悩み相談のことを想起します。
その経営者は、自分が雇う若手社員がすぐに辞めてしまい、何度補充採用しても次々と辞めてしまうことに悩んでいました。つい先ごろも、「この子は」と見込んだ女性社員が辞めてしまったというのです。
そこで、私が、社員に日々どう接しているかを尋ねてみると――。
「いやあ、辞めた子に任せていた仕事は、誰にでもできる簡単な仕事なんだよ。それなのに、なぜすぐに辞めてしまうのか?」とのこと。
「オフィスワークだし、給料も悪くないはず。年の離れた上司のもとで緊張もするだろうから、気遣って、優しく声掛けもしているんだよ。ハードで難しい仕事で辞めてしまうならともかく、近頃の若者は本当にわからない」と嘆いています。
私は「上司のあなたが『誰にでもできる簡単な仕事だ』と思い、本人にもそう伝えているから辞めるんでしょう」と話しましたが、経営者本人はポカンとして理解できない様子です。
「誰にでもできるというのは『別に、あなたでなくてもいい』と言っているのと同じなんですよ。それで誰が頑張り続けられますか」
長年厳しい環境下で会社を潰すことなく経営の舵取りをしてきたものの、ここまで説明しても、働く社員の気持ちをまだ理解しきれない様子でした。
Sさんのエピソードにあるように、自分の仕事が「私(Sさん)ならでは」と期待をされ、任されていること。それが人や社会の役に立っていると日々実感がもてることが大切なのです。
経営者や上司のみなさんは、大切な部下一人ひとりを理解し、気持ちを尊重しながら、「あなたならでは」の仕事を任せているでしょうか? ぜひ問い直してみてください。
(紹介するエピソードは実際にあったものですが、プライバシー等に配慮し一部変更を加えています。)
【筆者プロフィール】
前川 孝雄(まえかわ・たかお):株式会社FeelWorks代表取締役。青山学院大学兼任講師、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者。リクルートを経て、2008年に管理職・リーダー育成・研修企業のFeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力研修」「50代からの働き方研修」「新入社員のはたらく心得」などで、400社以上を支援。近著に、『部下を活かすマネジメント「新作法」』(労務行政、2023年9月)。
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