量子ビームで「漆黒の闇」に潜む謎を解明―縄文から始まった"漆技術"を最先端活用へ―
Digital PR Platform / 2024年3月5日 2時5分
当初、生漆膜と黒漆膜のナノ構造はほぼ同様の組成なのではないかと予想していました。しかし、興味深いことに生漆膜は中性子よりもX線を非常に強く散乱しました。生漆膜と黒漆膜から散乱されたX線および中性子線の強度比(ISAXS/ISANS)を計算すると、表1のように生漆は黒漆より非常に大きな値となります。この結果は、生漆膜と黒漆膜に含まれるナノ構造の組成が全く異なることを示しています。これは初めての発見です。それぞれの膜でどのような成分がナノ構造を形成しているかを理論値をもとに計算した結果、生漆膜ではウルシオールのアルキル鎖[12]が配列していることが分かりました(図5(上))。一方で、黒漆膜では鉄イオンまたはウルシオールのベンゼン環の部位が配列していることが示唆されました(図5(下))。
以上のように、黒漆膜中の鉄イオンの化学状態やナノ構造の解析に成功しました。これらの結果より、黒漆が黒色をつくるメカニズムとして、以下の一つの仮説が示されました。生漆に鉄イオンが添加されると、ウルシオールのベンゼン環の部分が活性化され、そこの部分で反応が進みます。このような反応により、ベンゼン環[13]部位が連なっていきます。この部分が連なることで可視光が吸収されやすくなり、黒色になると考えられます。(図5(下))。
【今後の展望】
漆は実用性や装飾性に優れた塗料として古来利用されてきましたが、本研究により興味深い化学反応で形成され、さらに特殊なナノ構造を持つことが明らかになりました。性質の異なる量子ビームを利用することで、長年にわたって謎であった漆膜の構造解析が非破壊で測定可能であることが示されました。今後、本手法を歴史的な資料に適用することで、今まで明らかになっていなかった歴史の謎も解明できるかもしれません。また、漆の優れた物性がどのよう構造から発現しているのかを明らかにすることで、今後自然に優しい優れた次世代材料の開発が期待できます。
<付記>
・南川、関根(日本原子力研究開発機構):漆の分析及び構造を解析するための実験のデザイン
・南川、関根、松村、廣井、高田(日本原子力研究開発機構)、神谷、本多(明治大学):本研究にかかるデータの収集と実験データの解析
・南川、関根(日本原子力研究開発機構):黒漆の構造についての理論に基づいた説明
・神谷、本多(明治大学):本研究に関わる漆取り扱い手法に関する指導、歴史的背景の解説
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